2022.12.10
「人類最強の痛み」尿路結石症治療に新たな可能性|糖尿病治療薬に「結石の形成抑制作用」明らかに
糖尿病治療薬から尿路結石症の治療薬の可能性を見つけた阿南剛医師(写真:四谷メディカルキューブ提供)
腎臓から尿道の間にできた「石」が原因で生じる尿路結石症。わが国の尿路結石症患者は増え続けており、生涯でかかる人の割合は男性で7人に1人、女性で15人に1人に達している。
主な症状は背中やわき腹の急な痛みと血尿で、その痛みは群発頭痛、心筋梗塞に並ぶ3大激痛の1つとされる。“人が感じる最強の痛み”ともいわれており、最近ではテレビのバラエティー番組で、尿路結石症の痛みを経験したお笑い芸人やタレントが、自身の体験を赤裸々に告白していた。
そんな尿路結石症に、「薬」という新しい治療手段が生まれるかもしれない。東北医科薬科大学医学部の阿南剛(現・四谷メディカルキューブ泌尿器科長)らの研究グループがこのほど、ある糖尿病治療薬に結石が作られるのを抑える働きがあることを、見つけたのだ。
小さな結石は尿で自然排泄される
まず尿路結石症とはどんな病気か、おさらいしておきたい。
尿路結石症は腎臓から尿道までの尿路に結石ができる病気だ。小さな結石なら尿によって自然に排泄されるが、大きいものだと腎臓などにいつまでもとどまっている。
尿管の直径は通常だと5ミリ程度で、蠕動(ぜんどう)運動によって尿を腎蔵から膀胱へと押し出している。結石は腎臓にとどまっているうちは痛みがないが、尿管に結石が降りてくると激痛が生じる。初めて経験した人は、その激痛に「体に何かの異変が起きたのでは?」と驚くほどだ。
結石にもいくつかの種類があり、大部分はシュウ酸カルシウム結石だが、それがなぜできるのか、詳細なメカニズムはわかっていない。また、一度できてしまった結石は外科的に除去する方法(これは後述する)はあるものの、これを溶かす薬や、できないようにする薬は現時点では存在せず、タンパク質や脂肪、炭水化物、ビタミン、ミネラルなどをバランスよく摂ること、そして十分な水分摂取をすることぐらいしか、防ぐ手段がない。
例えば、カルシウムは体に必要なミネラルだが、シュウ酸を過剰に摂取するとシュウ酸カルシウム結石ができやすい。シュウ酸を多く含んでいる食品はホウレンソウやタケノコ、玉露、抹茶などで、それらを過剰に食べている場合は控える必要がある。
結石は痛みを訴えて医療機関を受診すること(救急搬送されることも)で診断がつくが、健康診断時の腹部エコー(超音波)検査で発見されることも少なくない。要精密検査となったあと、医師の診察やCT(コンピュータ断層撮影)などの画像診断などから、尿路結石症と確定診断される。
「尿路結石症診療ガイドライン」では、尿路結石(腎結石、尿管結石)のうち、10ミリ以上の腎結石や、自然に排泄されない尿管結石、もしくは水腎症(尿の流れが悪い状態)を伴うときに治療が必要としている。
結石を破砕する治療が有効
有効な治療が結石を粉々にする破砕術で、体の表面から衝撃波を当てて石を破砕する「体外衝撃波結石破砕術(ESWL: Extracorporeal Shock Wave Lithotripsy)」と、尿道から内視鏡を挿入し、患部を観察しながらレーザーで石を破砕する「経尿道的尿路結石破砕術(TUL: Trans Urethral Lithotripsy)」がある。現在、増えているのが後者のTULで、阿南氏のこれまでの実績はすでに700例を超える。
TULは、直径3ミリ程度の内視鏡を尿道から挿入し、尿路をたどって約50センチ先にある腎臓に到達させる。そこで内視鏡の先端を大きく曲げるなどの巧みな操作をし、結石を探す。見つかった結石はレーザーで砕いて、粉々になった破片をバスケット状のカテーテルで回収するのが一連の流れだ。TULは全身麻酔で、治療時間は1時間から1時間半ぐらいだ。
腎臓内には、作られた尿を集める漏斗状の「腎杯」と、腎杯で集められた尿をまとめて尿管に運ぶ「腎盂」という場所があり、腎結石はこの腎杯や腎盂にできる。阿南氏は尿路結石症の患者を診察して治療方針を決める際、患者には腎臓を6LDKの家に例えて説明する。
(イラスト:メディカル・データ・ビジョン作成)
「腎臓に結石が見つかったからといっても、できた場所によっては緊急に取り除かなくてもいいものがあります。 6LDKのリビングにあたる腎盂の結石は緊急性が高く、患者さんには“尿管にいつ落ちて激痛を生じるかわかりませんので、レーザーで砕きましょう”と説明します」
「一方、各部屋にあたる下腎杯、その上にある中腎杯、最上部の上腎杯の結石も、腎盂から尿管に落ちていく可能性がありますが、こちらはCTによって腎結石の詳細な位置を確認することで、治療の緊急性が決まってきます。結石の大きさだけでなく、年齢や併存疾患を考慮しつつ、患者さんと相談して、治療するかどうかを決めていきます」
このようにTULなどの治療をするかどうかは、患者の状態を総合的に考慮して判断される。結石を除去しても結石ができやすい状態は変わらない。そこで阿南氏は、TULなどで結石を除去したあとも患者のフォローアップを実施。外来で定期的に経過観察を継続しながら、再発を予防するための生活習慣の改善法を指導したり、管理栄養士がダイエットのやり方を指導するようにしたりしている。
阿南氏は「たかが尿路結石、されど尿路結石」と強調する。適切な治療で結石を除去しないと腎機能が低下し、最終的に腎不全を招くおそれがあるからだ。
腎臓の主な働きは、尿を作って排泄することだ。結石により腎臓が腫れている状態(水腎症)が長びくほど腎機能の低下をまねきやすい。また、結石によって尿の流れが悪くなると細菌感染が起こりやすく、腎盂腎炎を引き起こすこともある。腎盂腎炎では39~40°の高熱が生じるだけでなく、血流を介して全身に細菌がまわれば、敗血症の危険が生じる。適切な治療をしなければ、生命を脅かすことさえあるのだ。
3年前の医局での会話がきっかけ
この病気がやっかいなのは、激痛が生じることもさることながら、再発率が5年で約45%、10年で約60%と高いという点だ。
食の欧米化や、メタボリックシンドローム(内臓脂肪の蓄積に加えて、脂質異常、高血糖、高血圧のうち2つ以上当てはまった状態)との関係も指摘されており、現代人の多くにとって他人事ではない問題だ。
過去に尿路結石症にかかった人は再発を恐れ、日々を暮らしている。だからこそ、阿南氏らの研究に期待が集まる。
今回、腎結石の形成を抑える作用があることがわかった糖尿病治療薬は、「SGLT2阻害薬」というものだ。
血液中のブドウ糖は腎臓で尿の中にいったん排出された後、再度、血液に取り込まれる。この再吸収を行っているのが、SGLT2というタンパク質で、SGLT2阻害薬はその働きを阻害することで、余分な糖を尿と一緒に体から出して血糖値を下げる。
泌尿器科医の阿南氏がなぜこの薬に着目したのかーー。それは今から約3年前にさかのぼる。
東北医科薬科大学病院の医局で、腎臓内科で各種薬剤の効果の基礎研究をしていた廣瀬卓男氏(東北医科薬科大学医学部非常勤講師/東北大学大学院医学系研究科助教)と交わした会話がきっかけだった。
再発率の高い尿路結石症の治療薬を探しあぐねていた阿南氏は、会話の中で廣瀬氏がSGLT2阻害薬の腎臓保護作用を研究していることを知った。意見交換をするうちに、同薬での尿路結石症治療の可能性を研究しようと意気投合した。
2人は、院内の薬剤部で、RWD(リアルワールドデータ=日常の実臨床の中で得られる医療データの総称)の活用に積極的だった副薬剤師長の菊池大輔氏に声をかけ、研究チームが動き出した。短期間で結果を出すため、RWDを用いた疫学研究と、ラットとマウスによる動物実験、培養細胞実験をほぼ並行して進めた。
疫学研究では、SGLT2阻害薬の処方の有無と尿路結石症の有病率(その病気にかかっている人の割合)を検証した。研究に用いたのは、医療情報会社メディカル・データ・ビジョンが持つ国内最大規模の診療データ。約90万人の男性糖尿病患者のうち、SGLT2阻害薬を処方されていた患者の尿路結石症の有病率は2.28%、処方されていない患者では2.54%となり、統計的に有意な差がみられた。
SGLT2阻害薬には利尿作用と抗炎症作用があり、利尿作用が腎結石の形成を抑制している可能性も残っていたため、研究チームは腎臓結石形成ラット・マウスでSGLT2阻害の効果を調べた。その結果、腎結石の形成を抑制するのは利尿作用ではなく、抗炎症作用によるものだという結論を導き出した。 さらに、ヒトの培養細胞を使った実験でも、SGLT2阻害によりシュウ酸カルシウムの結晶が接着する量が低下し、結石形成や炎症に関わる遺伝子の発現が抑えられたことがわかった。
早期に治療薬を届けられる
一般的に新薬を開発する場合、製品を市場に出すまでに何十年もかかり、創薬の開発費用が膨大となる。そのため、製薬会社もなかなか動けない。そこで阿南氏は、すでにほかの疾患で処方されていて、安全性と有効性が確認されている薬を研究対象にして、他疾患での有効性を検証するのが効率的だと考えた。
阿南氏は、「研究が進展すれば、いつかまた同じ激痛が走るのではないかと、ずっと再発を恐れている患者さんに対して、早期に治療薬を届けることができる」と語る。この後に予定しているヒトを対象にした臨床研究に意欲を示している。
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提供元:「人類最強の痛み」尿路結石症治療に新たな可能性|東洋経済オンライン