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2022.12.05

36歳で希少がん発症「仕事を失った会社員」の今|「がん患者と仕事」病院や会社の取り組み


面会謝絶の入院を終え、ようやく会えた家族との写真(横山光恒さん提供)

面会謝絶の入院を終え、ようやく会えた家族との写真(横山光恒さん提供)

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がんは、「2人に1人が罹る」と言われるほど身近な病だ。かつては「不治の病」の印象が強かったが、現在がん種によっては5年生存率が9割を超えるものもあり、治る病になりつつある。

一方、国立がん研究センターによると、がん患者の3割が就労世代で、がん診断時に働いていた人のうち5人に1人は、がん診断後に退職・廃業している。「がんになったら働けない」というイメージから退職してしまうと、がん克服後の生活がままならなくなる。また、企業にとっても貴重な人材を失うのは大きな痛手だ。

がんで職を失った男性と、がんに罹った社員のサポートに注力する企業、そして医師に話を聞いた。

がんを理由に退職勧奨を受けた男性の体験談

横山光恒さんは、36歳のときに希少がんを発症した。長年SEとして昼夜問わず働いていたが、命も危ぶまれる状態で、急遽入院を余儀なくされた。1年2カ月に及んだ入院期間中は、「治療費と家族の生活費の捻出に追われた」(横山さん)という。

「有給休暇や傷病手当、医療保険を駆使したが、何年もかけて貯めたお金がとんでもない速さで消えていった」(横山さん)

現在は、限度額適用認定証があれば、窓口での支払いは自己負担限度額までで済む。しかし、当時は高額療養費の支給まで、かかった治療費はすべて患者が立て替えなければならなかった。

「入院中は、『あと数カ月で破綻するから、子どもにお金を残すには何月まで生きていたらやばいな』と考えていた」(横山さん)

「治療をやめて、家族に生命保険金を」と思い悩んだが、奇跡的に退院が決まった。体調は万全ではなかったが、「働かなければ、家族が生きていけない」と考え、すぐに復職。しかし、横山さんを待っていたのは、思わぬ配置転換だった。

「復職後、可愛がっていた10歳下の後輩の部下になりました。降格理由は『がんだから』。職を失いたくないなら、受け入れるしかなかった」(横山さん)

その後、部署を転々とさせられるうち、がんの後遺症であるリンパ浮腫を発症。激しい痛みに耐えながら勤務し、帰りに部分麻酔の注射を打つため通院した。そんなある日、上司から退職の宣告を受ける。

「上司からは『君にさせる仕事がない』、『会社都合にはしたくないので、自己都合で辞めてくれ』と言われました。でも、自己都合か会社都合かによって、失業給付の扱いが変わってしまう。そこで、退職勧奨という形で辞めることになりました」(横山さん)

退職後はフリーランスのSEとして、かつての仕事仲間に頭を下げて仕事をもらったが、「明日の食費にも困る生活が5年ほど続いた」(横山さん)という。

日本対がん協会でがん患者と家族の支援を行う現在の横山さん(本人提供)

日本対がん協会でがん患者と家族の支援を行う現在の横山さん(本人提供)

「家族を抱えながら、通帳の残高が0になるのは恐怖だった。『自分が死んだほうが、家族は保険金で裕福に暮らせるのでは』と考えました。体も無理はきかず、『生かされるのは辛い』と何度も思いました」(横山さん)

「再発したら、治療せずに人生を終えよう」と決めていたと言うが、何とか仕事が軌道に乗ってきたころ、公益財団法人日本対がん協会から声がかかり、現在、同協会で勤務し、がん患者や家族の支援を行っている。

がん治療と就業を両立させる人も増えている

「医療の進歩により、がん治療中に社会生活を送れる人も増えている。企業は少し配慮するだけで、貴重な人材を失わずに済むはずだ」と話すのは、国立がん研究センター がん対策研究所 事業統括の若尾文彦氏だ。

国立がん研究センター若尾文彦氏(本人提供)

国立がん研究センター若尾文彦氏(本人提供)

がん種や個人差はあるものの、現在、がん治療における入院期間はおよそ10日前後と短期化している。

手術前の検査や、術後の抗がん剤治療や放射線治療も外来で行うのが主流だ。外来での治療中は、「本人の体調によるが、仕事との両立も可能だ」(若尾氏)という。

がんに罹患した社員に対して、企業はどんなサポートができるのだろうか。

若尾氏は、国立がん研究センターが運営する『がん情報サービス』など正確な情報を活用して、「まず、企業も社員もがんの現状を知り、『不治の病』という印象を一新してほしい」と話す。

『がん情報サービス』 ※外部サイトに遷移します

がん情報サービスでは、最新のがん統計だけでなく、医療費の助成制度や相談窓口についても情報提供を行っている

がん情報サービスでは、最新のがん統計だけでなく、医療費の助成制度や相談窓口についても情報提供を行っている

次に、働き方に関する制度の点検をしてほしいという。若尾氏は、すでに在宅勤務や時差出勤などの制度がある企業はそれを活用しつつ、「短時間の通院が必要となるので、半日もしくは時間単位有休があると便利」だと言う。

加えて重要なのが、制度と相談窓口(人事部や産業保健スタッフなど)を、日頃から社員に周知しておくことだ。社員が「治療と両立して働ける制度がある」と知っていれば、制度活用だけでなく、早まった退職の防止にもつながる。「とくに管理職への周知・教育は重要です。がんや制度の正しい知識があれば、部下に適切なアドバイスをすることができる」(若尾氏)。

万一、社員ががんと診断された場合は、「まず本人の気持ちを受け止めることが一番大切だ」(若尾氏)。企業側ががんの古いイメージに振り回されて、一方的に「楽な部署に異動させよう」と判断するのではなく、本人の希望を聞いたうえで、会社の事情と照らし合わせて話し合うことが重要だという。

がんは個別性が高く、病状や進行によって日々体調が変化する。「想定よりも副作用が辛くなったり、その逆もある。体調の変化に応じて、柔軟に対応してほしい」(若尾氏)。

企業が対応を相談できる場としては、嘱託産業医や、各都道府県の産業保健総合支援センター、そして『がん相談支援センター』がある。若尾氏は、「がん相談支援センターは、がん患者だけでなくご家族や会社の方、誰でも相談できる。困ったことがあればぜひ相談してほしい」と話した。

ポーラの取り組み

従業員ががんになっても働き続けられるよう、サポート制度を充実させている企業も徐々に増えてきている。

化粧品メーカー大手のポーラでは、がん治療と仕事の両立をサポートする「がん共生プログラム」を2018年に始めた。横手喜一社長(当時)が販売現場を訪れた際、乳がん治療と仕事、そしてがん患者向けのボランティアを行う、1人のビジネスパートナーの姿に共感し、「がんは他人事ではない。活動をバックアップしよう」と、本プログラムが生まれた。

ビジネスパートナーとは、オーナー・マネージャー(ショップ運営のマネージャー職)や、ビューティーディレクター(販売員)といった、同社と委託販売契約を結ぶ個人事業主だ。

当プログラムの特徴は、従業員だけでなくビジネスパートナー向けの制度も充実させている点だ。ビジネスパートナーの働き方に応じて、がん検診補助や人間ドック相当の総合健康診断の全額補助、そして治療中の収入の一部支援まで行う。

収入の一部支援について、サステナビリティ推進室の片岡祐子マネージャーは、「ビジネスパートナーは歩合制なので、治療に専念すると収入がなくなる。そこで、収入の一部を支援する制度を作りました」と言う。

従業員向けには、がん検診や産業医の相談体制の拡充をはじめ、1日4時間から働ける傷病短時間勤務や、時間単位有休制度、さらに傷病退職から最長2年までは退職時と同じポジションで再入社できるカムバック制度などを導入した。

制度充実にあたり心がけたのは、「経験者の声を聞くことだった」(片岡氏)という。

「がんを経験した社員に話を聞くと、『通院に半日もかからない』とか『通院のたびに半休を取ると、残りの有給が少なくなる』という声があったので、必要な時間だけ有給が取れるよう制度を整えた」(片岡氏)

制度の充実と並行して、情報発信にも注力した。まず、従業員とビジネスパートナーそれぞれに、制度内容をまとめたプログラムブックを配布。イントラの「がん共生プログラムサイト」では、がん経験者の社員へのインタビューを掲載し、がんへの理解を促している。

サステナビリティ推進室 佐藤幸子室長は、「がんに対する理解を深めることは、がんを自分事化するだけでなく、早期発見やがんによる退職の防止にもつながる」と話す。

がんをきっかけに退職・廃業する人の多くは、診断確定から初回治療が始まるまでに仕事を辞めている。佐藤氏は、「『がんになったら、もう働けない』ではなく、『がんは治る』、『治療と仕事の両立支援制度がある』と知ってもらえば、がんによる退職も防げるのではないか」と話す。

がん共生プログラムをきっかけにさまざまな制度が充実したが、時間単位有給は、がん以外の病気や育児、介護においても利用が可能だ。片岡氏は、「時間単位有給は、家族の通院付き添いや不妊治療にも利用でき、幅広い社員から好評です。ひとつしっかりした制度を作ることが、社員に優しい組織作りにつながる」と話した。

がんは特別な病気ではなくなってきている

がんは、誰もが罹りうる病気だ。ただ、医療は日々進化し「がんになったら働けない」というイメージは、過去のものになりつつある。がんに罹った大切な人が、希望の治療を受けて、安心してがん克服後の人生を送るには、本人の意思や体調に合わせて働き続けられる環境が必要だ。

がんを特別なものと捉えず、個人の能力を可能な限り発揮できるよう、育児や介護と同様にサポートすることが、多様性を受け入れる強靱な組織作りにつながるのではないだろうか。

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