2022.10.20
アニサキス・アレルギー、意外に知らないカラクリ|「アニサキス症とは別物」、発作抑える魚の選び方
さば(右上)、かつお(左上)、にしん(右下)、さんま(左下)などがアニサキス・アレルギーの人には要注意の魚だ(写真:なべすん、youji、kikisoraisido、midori_chan/PIXTA)
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刺身や寿司などを食べたとき、魚の身の中にいた寄生虫のアニサキスが、生きたまま人間の胃の中に入り込んで内側から胃壁にかみつき、激痛に見舞われる。新聞や雑誌の報道で今やすっかり有名になった「アニサキス症」と呼ばれる症状で、病院に行って内視鏡で除去してもらう人が大勢いる。アニサキスによる食中毒である。
これにぶつかった経験はないが、同じアニサキスが原因の「アニサキス・アレルギー」というやつにやられて、過去に約9年間、苦労したことがある。
魚を食べた後、私の体に起きた大異変
三方が海の高知県の生まれで、子供のころから無類の魚好きだった。かつお、さば、ぶりなど、魚ばかり食ってきた。ところが、今から18年前の2004年9月、さばを食べて、1~2時間後に体中に赤いぶつぶつが出た。その後も2~3カ月に1度、魚を食べて、同じことが起きた。さらに翌2005年7月、夕食のひらめの刺身で大異変に遭遇した。
食べ終わって3時間後、体中、あっちもこっちも猛烈にかゆくなる。血の中がかゆいという感じで、ぼりぼりかきむしった。赤みを帯びた湿疹が、5ミリの厚さの赤い皮をかぶったようにはれ上がり、くっつき合って、腹も背中も手足も世界地図みたいになった。
腹痛と吐き気もすごかった。息苦しくなり、ベッドの上でのたうち回った。「下唇が膨れ上がり、2センチくらい突き出ている。あんこうか、おにおこぜみたい」と女房が言う。「救急車、呼ぼうか」という話になったが、その晩は何とか収まった。
放っておけないと思い、都内の大きな病院のアレルギー科を訪ねた。血液検査の結果、1項目だけ異常に高い数値が出ていて、一発でアニサキス・アレルギーと診断された。
アニサキスは海の魚の寄生虫で、魚の中に残ったアニサキスの成分を摂取し過ぎたため、体内に蓄積されたアニサキスのアレルギー源が許容量を超え、さらに摂取したときに反応して発作を引き起こす。呼吸が苦しくなったり、急激に血圧が低下したりするなどのアナフィラキシー・ショック(アレルゲン摂取後に表れる呼吸困難や意識障害)に襲われることも、というのが医師の説明だった。
アニサキス症のほうは、俳優の森繁久彌の体験談などを雑誌で読んでぼんやりと知っていたが、それとは別物だという(「アニサキス症も、アニサキス・アレルギーの人が生きたアニサキスを摂取した場合に起こる」という説も耳にするが、専門家ではないので、その点は判断できない)。
アニサキス・アレルギーの場合、「30分以内に病院に駆け込まなければ危ないというケースも」と言われ、病院に行けない事態に備えて解毒液の「エピペン注射液(0.3mg)」付きの注射器セット「スターターパック」を所持するように、と指示された。突然死の危険があり、アニサキス症よりもこちらのほうがずっとやばいと初めて知った。
熱処理済みでも冷凍でも加工品でも魚を食べるのはNG
アニサキス症は、胃の中で暴れる生きたアニサキスが問題になる。アニサキス・アレルギーは、生きたアニサキスはもちろん、死骸もアレルギー源だから、体に入れてはいけない。熱処理済みの食材も、冷凍も、魚類を原料とする練り物のかまぼこ、ちくわなどの加工品も危ない。死骸が付着しているおそれがある魚卵もNGである。
大変なことになったと思った。魚好きには重大な問題だ。なのに、医師はたった一言、「大丈夫ですよ。海の魚と、それを原料にしたものを食べなければ」とさらりと言った。 気をつければ問題ないとのことだが、海の魚類はノーという宣告である。「海の魚は全部、だめですか」と質問したが、「その点は専門が違うので」という返事であった。
治療や投薬、アニサキス・アレルゲンの不摂取などの食生活の改善、あるいは時間の経過による自然治癒も含めて、将来、もう一度、魚を食べられる日が訪れるかどうか。「海の魚をいっさい食べないようにして10年後にもう一度、検査すると、何十人かに1人、数値が大きく下がる例はあるようです。だけど、まあ、治らないものと思って気をつけて暮らしてください」という答えだった。目の前が真っ暗になったような気がした。
海の魚はノーと宣告を受けたけど、本当に世界中のすべての魚が摂取不可なのか、と思い始めた。取材や調査は本業だ。「魚、食いたい」の一心が出発点だが、魚や海の寄生虫の生態、水産業や養殖事情などを自分で調べてみようという気になった。
1974年刊行の日本水産学会編集『魚類とアニサキス』(恒星社厚生閣刊)という専門書を見つけた。専門家が魚市場で取引される魚介類を徹底的に調査して、アニサキスの寄生の有無が一覧表で表示してあった。救われたと思った。
主犯はオキアミ、それを食べた魚が危ない
精読・精査して、アレルギーの素であるアニサキスの生態も把握できた。犯人はアニサキスの幼虫をえさとするプランクトン(南極海などを除けば、日本近海も含め、主としてオキアミ)である。
アニサキスは「最終宿主」の海中哺乳類(くじら、いるか、あざらしなど)の内臓の中で卵を産む。海中哺乳類が排泄物(はいせつぶつ)を垂れ流すとき、アニサキスの卵も一緒に海中にばらまかれる。海中で孵化(ふか)したアニサキスをオキアミが捕食し、アニサキスはオキアミの体内に寄生する(オキアミが「第1宿主」)。
次に魚介類がオキアミを食べる。オキアミの中のアニサキスは、今度は魚介類のはらわたやえらに寄生する(魚介類が「第2宿主」)。その魚介類をくじらなどの海中哺乳類が飲み込む。一緒に海中哺乳類の体内に入ったアニサキスは、海中哺乳類の内臓で成虫となり、産卵する。こういう循環で生息しているようだ。
(イラスト制作:塩田翼)
あれこれと調べているうちに、知らなかったアニサキスの生態と生息循環がわかってきた。
オキアミを捕食する魚にはアニサキスが寄生するが、アニサキスの第1宿主はほぼオキアミに限られているため、生態上、オキアミを捕食しない魚や、捕食する条件と状況がゼロの魚にはアニサキスはいない。オキアミを捕食しない魚なら、アニサキスは無縁だ。
オキアミは海にしかいないから、あゆ、にじます、いわな、わかさぎ、ふななどの川魚や淡水魚は問題外である。海の産物でも、魚類ではないえび、かに、たこ、貝類はオキアミを捕食しないから、心配ない。いかは、こういか、あおりいか、剣先いか、もんごういかなどは無関係だが、するめいかだけはアニサキスが寄生するので食べてはいけない。特にするめいかのわたをエキスとするいかの塩辛は禁物だ。
くじらなどの海中哺乳類は第1宿主だから、内臓はアニサキスの巣だが、人間が食用にするのは内臓以外の鯨肉だ。哺乳類の場合、アニサキスが内臓以外の部分に忍び込むことはないので、鯨肉を食べても一緒にアニサキスを摂取する危険はない(内臓を食べるのは不可)。
海の魚も、すべてノーではないが、どの魚が大丈夫か、見極めは難しい。安全第一なら、医師の指示に従って「海の魚類はいっさい食さず」という禁欲生活を貫くしかない。
だけど、魚好きはそうはいかない。アニサキスがいない魚を探し求めて研究や調査を重ねた。結果、食べてもアニサキス摂取の危険性がないと判断できる魚が浮かび上がった。
すべてのアニサキス・アレルギーの人たちに「絶対に安心」と保証できるデータではないが、アニサキス・アレルギー発症の後、以下の基準で自分流に可否を見極め、OKの魚は恐れずに口にしてきた。14年余り、実際にずっと食べて、何も問題はなかった。
オキアミを捕食しない魚かアニサキスが除去された魚か
摂取可と判断した魚の第1の分類は、いしがきだい、いしだい、うまづら、かわはぎ、ぐち(にべ)、こうなご、このしろ(こはだ)、まこがれい、めばるなど、例外的に「生態上、オキアミを捕食しないとされている魚」である。第2は、魚介類の処理の仕方によってアニサキスが除去され、摂取の危険がない場合だ。
通常、人間は魚の身(肉)を食べる。オキアミを捕食した魚が生きている間は、アニサキスは魚のはらわたやえらに寄生している。魚が人間に捕獲されて死んだ後は、アニサキスは魚のはらわたやえらの中でしばらく生き延び、やがて死んだ魚の身の中に進出する。その後、アニサキスも死に絶えるが、死骸が魚の身の中に残る。人間は魚の身と一緒にアニサキスの死骸を摂取してしまう。
ということは、魚のはらわたやえらにいたアニサキスが魚の身に入り込むことがないという調理環境が完璧に保障されていれば、どの魚を食べても、アニサキスの摂取はないということになる。たとえば、生け簀(いけす)料理などで、板前が生きている魚を目の前で調理し、はらわたやえらを完全に除去する。それを自分の目で確認してその魚をその場で、という食べ方などだ。
海や養殖場で魚を捕獲した後、魚が生きている段階で、はらわたとえらを切除して水揚げするとか、洋上の漁船内で生きている魚をそのまま瞬間冷凍するやり方も、魚の身の中にアニサキスが入り込む余地がない。遠洋漁業で捕獲するまぐろやめばち、かつお、養殖のくろまぐろ(本まぐろ)などは、この処理方法が多く採用されているという。
ふぐ料理のように、魚が生きている間に内臓切除の処理を行うのが本来の調理方法となっている場合も安全と思われる。ふぐは、毒が身全体に回るのを阻止するため、生きている間に内臓を切除するが、仮にアニサキスがいても、毒と一緒に除去される。
養殖のやり方として、「アニサキス対策」を採用し、オキアミを摂取させずに育てられている魚は、安心と見られる。プール養殖のひらめ、アニサキス対策に熱心といわれているノルウェー産の養殖サーモン、鹿児島県産の養殖かんぱちや養殖ぶりなどだ。ただし、すべての養殖業者が完全な「アニサキス対策」を実行しているかどうかは未確認である。
アレルギー源の数値は大きく降下したが油断できない
細心の注意のおかげで、再発は一度もなく、「エピペン・スターターパック」の世話になることもなかった。その結果、アニサキス・アレルギーと診断されて8年後、吉報を手にした。2013年、血液検査で、体内のアレルギー源の数値が大きく降下していたのだ。場合によっては命の危険も、という恐怖の食生活から8年ぶりに解放された。
ほっとしたが、晴れて無罪放免とはいかない。気を緩めると、「いつか来た道」に逆戻りする心配がある。アニサキスの再侵入で、数値が再上昇する危険性があるからだ。「アニサキス不在魚種」の物色という宝探しのような魚屋巡りは9年後の今も変わりがない。
(この記事は、筆者の塩田潮氏が自身のホームページ https://www.shiotaushio.com/内の「ボクの寝言漫筆」欄に掲載中の「アニサキス・アレルギー戦記」を基に、再構成して作成しました)
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提供元:アニサキス・アレルギー、意外に知らないカラクリ|東洋経済オンライン