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2022.09.22

意外に知らないがん治療「最前線の大変化」が凄い|医療の精密化で増える選択肢、患者が迷う場合も


がんの治療法は大きく変わってきています(写真:mits/PIXTA)

がんの治療法は大きく変わってきています(写真:mits/PIXTA)

かつては不治の病と言われることもあった「がん」ですが、「この数年のがん治療の変化は目覚ましいものがある」と指摘するのが、20年近く医療現場やがんサバイバーの取材を続けているノンフィクションライターの古川雅子氏です。『「気づき」のがん患者学 サバイバーに学ぶ治療と人生の選び方』を上梓した古川氏が、がん治療の最前線に迫りました。

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HER2を標的にする治験薬の効果が持続する40歳男性

滋賀県に住む清水佳佑さん(40)は、2017年に肺腺がんと診断されました。その2カ月後、がんが肥大化して心臓の外側の心膜に達する合併症「がん性心膜炎」に陥り、ステージ4に進行。その後、清水さんは遺伝子を調べる検査を受け、「HER2(ハーツー)」という遺伝子に変異(遺伝子の変化)があることがわかりました。

3年半前からHER2を標的にする治療薬開発のための治験(国の承認を得るために安全性や有効性を確認する臨床試験)に参加し、今はその治験薬の効果が持続している、と清水さんはいいます。

「ただ、僕には副作用が強く出ていて働けない状況が続いています。仮に働くために副作用の少ない薬に切り替えたとしても、効かない薬ならば命が長く続かないかもしれない。お金と生活と治療の選択は、つねにせめぎ合いです」

清水さんは活動ができる短い期間に社会貢献活動などに参加しようと、副作用期・活動期を図示するカレンダーを作ろうと思いつきました。

デザインの仕事をしてきたこともあり、「ピクトグラム」を用いてカレンダーを作成し、日程調整のときなど相手に体調予測を知らせる工夫をしています。

●清水佳佑さん作成の体調表

通院・投薬・副作用期・活動期など体調が一目でわかるよう、ピクトグラムで示されている(本人提供)

通院・投薬・副作用期・活動期など体調が一目でわかるよう、ピクトグラムで示されている(本人提供)

今は抗がん剤の副作用止めが改良され、副作用がほとんどないという人もいます。副作用の出方には大きく個人差があるのが現状です。もっと医療が“精密”になって、個人個人のタイプ別に副作用の出方も予測できるようになることを、清水さんは期待しています。

「今は障害年金のお世話になっていますが、副作用が少なくかつ効果が出る薬が出てきてそれに切り替えることができたら、自分はまた働けるようになり家族を養えるかもしれない。それが自分にとって一番いいシナリオです」

大腸がん、肺がん、胃がんなどと、がんができている「臓器別」に診療科が決まるのが一般的ですが、最近は、「遺伝子別」にがんを分類し、治療する流れが加速しています。

とくに肺がん領域では、治療を進めるうえで、自身の遺伝子のタイプを調べることが欠かせなくなっています。「プレシジョン・メディシン(精密医療)」が最も進む領域だからです。

次の表をご覧ください。

●肺がんの検査と治療薬の選択(非小細胞肺がんステージ4の場合)

記事画像

EGFR、ALK、ROS1……と英文字で表されているのが、がんを引き起こす遺伝子の型です。日本人に発生頻度が高い「肺腺がん」では、がんの原因になる遺伝子異常が十数種類見つかり、対応する薬剤が次々と開発されています。

患者さんの遺伝子の型を1つひとつ別々の検査に出して調べているのでは追いつかず、「がん遺伝子パネル検査」(この場合は、承認薬の適応があるかどうかを判断する診断用の検査として使う)を用いて複数の遺伝子を1つのパネル上で一度に調べる方法に切り替わってきました。

患者さん特有の遺伝子異常が見つかり、対応する薬剤が存在すれば、がんの“アキレス腱”ともいえるがん細胞の増殖や生存に必須となる分子を狙い撃ちにする「分子標的薬」で治療します。分子標的薬が数多く使われるようになり、どのタイプのがんなのかを見分けたうえで効果的にターゲットを叩けるようになりつつあります。

遺伝子情報に基づく治療の「空白」はどのくらいある?

がんに関連する遺伝子は数百種類と見られていますが、明らかに診断や治療に関連することが確認されている遺伝子となると、現時点ではまだ数十種類とごく限られています。遺伝子情報に基づく治療の「空白」は、今、どのぐらい埋まってきたのでしょうか。

以下の表は、一部のがん種をピックアップしたもので、横の列ががん種を、縦の列が遺伝子変異(もしくは、治療薬が効くかどうかの目印となる「バイオマーカー」)を表しています。「承認」と書かれたマスのがん種には遺伝子変異に応じた治療薬があり、日本で承認されていることを意味します。

記事画像

この表の原型を作成した国立がん研究センター東病院消化管内科の中村能章(なかむら・よしあき)医師は、「文字の書かれていないマスは、精密医療の『空白』になっているところ」だと解説します。

中村医師がこの資料を最初に作成した2020年の時点では、まだ大腸がん領域の「HER2」や「BRAF」に対応する薬は承認されていませんでした。

また、縦の列では右の2つが全がん種で承認されていますが、「MSI-H」に対応する免疫チェックポイント阻害薬の「キイトルーダ(一般名ペムブロリズマブ)」が日本で承認されたのが2018年、「NTRK」に対応する分子標的薬の「ロズリートレク(同エヌトレクチニブ)」が2019年、「ヴァイトラックビ(同ラロトレクチニブ硫酸塩)」が2021年と、いずれも、空白が埋まったのはごく最近のことです。

「『がんになるのが5年、10年遅ければ』などといわれることがありますが、消化器がんでは、2010年から2020年に承認されたバイオマーカーに対応する分子標的薬の数と、2020年から2022年に承認された数は、同じぐらいなんです。ここ2~3年で、爆発的に抗がん剤の新薬が増えてきています」

と中村医師が言うように、ここ数年のがん医療の進展は目覚ましいものがあり、取材する私自身も驚きました。

ただ、患者側の視点で見れば、「どのマスに自分が当てはまるか」で明暗が分かれると感じる人もいることでしょう。医療がもっと“精密”になって治療の選択肢が増えていけば、患者さんにとって「明」の部分、つまり自分に合う治療にたどり着ける可能性が増えていきます。

一方、治療の選択肢が増える中で、新たな課題も生まれてきました。数字で示される統計データが増え、複数の治療法のどちらを選択すべきか、迷いが生じるケースも出てきたのです。

例えば、効果が100%でデメリットが0%の治療であれば、誰もが迷わずにそれを選ぶことができます。けれども下記のような場合はどうでしょうか。2つの選択肢を挙げてみましょう。

・Aの治療を選ぶと、効果は80%。副作用が強く出る割合が70%。

・Bの治療を選ぶと、効果は60%。副作用が強く出る割合が50%。

国立がん研究センター中央病院の後藤悌(ごとう・やすし)医師は、次のように述べます。

「AとBを比べると、効果も副作用が強く出る割合も、それぞれ20ポイントの差があります。微妙な差の場合は、それぞれの人の生活の価値観がとても大事になってきます。とくにリスクのとらえ方は人によって千差万別なのです」

自分の生き方、価値観を深く見つめてみることが大事だと後藤医師は指摘します。

「ちょっとした副作用なら乗り越えて、少しでも効果が見込める治療を選びたいという人もいます。あるいは、副作用がつらいと生活に差し障るから、効果が少し減ってもつらくない治療がいいという人もいます。悩んでなかなか治療を選べない患者さんに対しては、『最終的には生き方次第です。どちらを選んだ場合にも、私は応援します』とお伝えしています」

言葉の意味がわかっていないと治療法を選べない

今は診療の場で、カタカナやアルファベットの専門用語が飛び交うようになりました。そもそも医療には私たちが普段見慣れない指標がいくつも存在しており、見知らぬ指標で数字を突きつけられても、患者の頭の中は混乱しがちです。

電通ジャパンネットワーク執行役員の北風祐子さんは、5年前に乳がんと診断され、治療の選択に悩みました。

北風さんは病期を示す「ステージ」は、非浸潤(がん細胞が乳管の外に広がっていない)の早期がん「ステージ0」と術後に確定しました。また、術後の病理診断で、がんの“顔つき”(悪性度)を示す「グレード」という用語で数字も示されました。その結果は、グレード3。増殖は早いタイプではありました。

「カタカナの意味をちゃんと理解しているのは大前提。診察のときに先生がいう言葉の意味が理解できていないと会話も成り立たないし、何より自分の治療法を選べません」

北風さんは、全摘すれば部分摘出よりも局所再発率が下がるというエビデンスをもとに、病変がある側の全摘手術を選びました。

一方で、術後にホルモン剤治療を5年以上続ける予防治療を受けるかどうかを判断する際は、医師からさまざまな情報を提供してもらい、自分の検査結果と照らし、ホルモン剤治療を受けない選択をしました。

「最近は、患者自身が情報を知ったうえで治療を決める『インフォームド・チョイス』が推奨されていますが、その選択は、当事者にとっては重いもの。それぞれの選択肢には一長一短があり、自分で決めるのはなかなか難しいものです」

医師と患者のギャップを埋める「メモの取り方」の工夫

治療方針を決める際、持っている情報の量に圧倒的な差がある医師と患者のギャップを埋めるために、どんな工夫があるとよいのでしょうか。

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北風さんは、メモの取り方の工夫を挙げます。忙しい大病院の場合、診察で自分だけがあまりにも長い時間を取るのは気が引けるため、短い時間でメモを取るための準備をして診察に臨んだといいます。

「診察時に医師から数字を聞いてメモをしても、それが何の数字だったのかが後でわからなくならないように、私はあらかじめ質問メモに数字を書き込む空欄をつくっておきました。

とくに手術の方法を決めるうえで知りたかったのは、部分摘出をしたときの局所再発(病気があった乳房内での再発)の確率と、全摘手術と部分摘出した場合の生存率の違い。紙に書いた質問を診療時に尋ね、医師から回答があった数字をその空欄に書き込むだけでよいようにしておいたのです」

がん医療が精密になり情報が増えても、情報の洪水に溺れることのないよう、患者なりにできる工夫がある――。いくつもの治療選択をくぐり抜けるがん経験者の声には、多くの学びがあります。

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提供元:意外に知らないがん治療「最前線の大変化」が凄い|東洋経済オンライン

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