2022.09.13
5年生存率33%でも…「今を見て大切に生きたい」|絶望や喪失から立ち直る力「レジリエンス」とは
病と共に生きる若者たちから学んだこととは――(写真:tsukat/PIXTA)
20代、30代のときに突然がん告知を受け、余命と向き合うことになったら――。20年以上がん患者を専門にみてきた精神科医の清水研さんは、若者たちが病とともに懸命に生きる姿から多くのことを学んだといいます。
今も懸命に生きる6名の若者との対話をつづった新刊『絶望をどう生きるか』から、Mさんという女性の体験を抜粋して紹介、人間に備わった「レジリエンス(復元力)」について考えます。※本書では本名で登場していますが、ここでは匿名(Mさん)として紹介します。
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「もちろん不安はいつもそばにあります。でも、起こるかもしれないし起こらないかもしれないことを考えて縮こまって生きているよりも、今を見て、大切に生きたいと思っています」
「『今』をどう選択するか。運命を決めるのは『病気』ではなく、『自分自身』だからです」
これは、メラノーマを患い、5年生存率33%と宣告されたMさん(34歳で発症)の言葉です。
3年前には考えられなかった現状
つい3年ぐらい前まで、私たちの多くは安心安全な社会で生きていました。当たり前のように平和な毎日が続き、明日も明後日も1カ月後も1年後も、それほど代わり映えのしない未来がやってくるという想定のもと、日々を過ごしていた方も多いでしょう。
戦争や災害、疫病というものは、歴史の教科書の中の出来事か、自分たちの知らない別世界で起きるものだと思い込んでいたかもしれません。
しかし、2019年末に突然発生した新型コロナウイルスによって、全世界の人間が、解決の糸口が明確でない、先が見えない問題と対峙することになりました。世界の景色はいとも簡単に変わりうることを知るとともに、「自分や大切な人がコロナにかかって死んでしまうかも」「自分が感染して他人にうつしてしまうかもしれない」という不安を常にこころのどこかに感じながら日々を過ごしています。
精神科医の私のもとには、コロナ禍における様々な苦しみから精神疾患が悪化してしまった方や、大切な人の最後に立ち会うこともできなかった激しい悲しみを抱えた遺族の方々が多くやってこられました。
このように全世界が苦難に直面する中、人類が何とかこの状況を乗り越えようと模索している中で浮かび上がってきたキーワードは、「レジリエンス(resilience)」です。
レジリエンスとはもともと物理学の用語で、バネがたわんでも反発してもとに戻る「復元力」を指していましたが、そこから派生して「困難な状況にしなやかに適応して生き残る力」を意味する心理学用語として、近年は知られるようになりました。
象徴的なこととして、野口聡一さんが搭乗した宇宙船の名前は「レジリエンス号」でしたし、アメリカのバイデン大統領やハリス副大統領の希望に満ちた演説の中でも、この用語は登場しています。
レジリエンスという言葉にまだ耳なじみのない方も多いかもしれませんが、これは決して特別なものではなく、私たちすべてに内在し、誰もが発揮しうる力です。今この文章を読んでくださっているあなたの中にも、潜在的にその力が存在します。
もしあなたが困難な状況に直面しているとしたら、自分の中にあるレジリエンスを発揮することで、困難を潜くぐり抜けることができます。
レジリエンスを発揮するには
しかし、レジリエンスを発揮するにはどうしたらよいのか、その具体的な方法はまだよく知られていないと思います。ですから私はレジリエンスについてみなさんにお伝えしたいと、こころから思っているのです。
冒頭のMさんとの最初の出会いは、「AYA Life」というサイトが企画した座談会でしたが、私はこころから衝撃を受けました。
「AYA Life」 ※外部サイトに遷移します
20代、30代というと、健康を前提として、自分の人生が当たり前のように続いていくと感じている人がほとんどでしょう。
Mさんがどんな人生を歩んできて、がんを体験することでどのように苦悩し、そして今に至るのか。その道のりは決して平坦なものではなかったと思いますが、「レジリエンスとは何か」ということを私たちに教えてくれます。
※Adolescent and Young Adultの略で、AYA世代とは15~39歳の期間をさします。
私ががん医療の現場で精神科医として働くようになってから、早いものでかれこれ20年が経たちます。がん医療の現場での臨床を始めた頃、とても印象的な患者さんがいました。
私より少し若い20代の男性患者さん(仮にAさんとします)でしたが、手術をしたのにすぐに再発してしまったのです。再発がわかったときは非常にショックを受け、「僕は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないんだ」と、人生の理不尽さを感じ、怒りをあらわにしていました。
その後、腫瘍がどんどん大きくなり、健康なら当たり前にできるさまざまなことが制限され、食事すら満足に摂とれない状況となりました。担当医より若いのにがんの病状が進行してきっと気持ちもつらいだろうから、話を聴いてみてほしいと頼まれ、私は彼とお会いすることになったのです。
Aさんのベッドサイドにおもむく前にカルテを見ました。
この状態でどんな心境なのだろう。もし私がこの状況だったら絶対に耐えられないだろう。そんな彼に私は何か言葉をかけられるのだろうか、何ができるのだろうか……。そんなふうに感じたまま私は、恐る恐る彼のところに足を運んだのですが、Aさんは、「先生、会いに来てくれてありがとう」と笑顔で迎えてくれました。
家族や看護師など周囲の人にも、いつも感謝の気持ちを伝えていました。ジュースを飲んで「おいしい」と屈託のない笑顔を見せたり、好きな小説を読んで感動したことなどを楽しそうに話していました。
当時の私には、Aさんがなぜそんなふうに取り乱さずにいられるのか、周囲に気配りをし、笑顔を見せることができるのかが理解できませんでした。
厳しい病状でありながら、絶望しているわけではなく、周囲に感謝しながら、その瞬間、瞬間を前向きに生きようとしている。恐る恐る話しかけていたにもかかわらず、彼はいつも私をあたたかく迎えてくれました。
彼が亡くなったとき、私の中には彼と別れた悲しみとともに、彼に対する尊敬の念が湧きました。時間が限られているし、病気によるさまざまな不都合がある。にもかかわらず彼には迷いがなかったように感じました。あんなふうに確固としたありようで、前向きに生きられるのはどうしてなのだろうか?
彼の生き方は私にとって驚きでもあり、レジリエンスの存在を意識するようになった最初の体験でした。
人には困難と向き合う力がある
それからしばらくして、私は心理学においても人には困難と向き合う力があることが示されていることを知りました。次の図は「心的外傷後成長モデル」という心理学の考え方です。
これに沿って説明しますと、以下のようになります。
(1)人はだれしも生きていくうえで前提となる人生観を持っています。健康に不安を感じずに生きてきた多くの人は、自分の人生は当たり前のようにこれから10年、20年と続いていくと思っていることがほとんどでしょう。
(2)しかし、そういう人ががんなどの危機を体験すると、
(3)その前提が大きく崩れ、一時的にこころは大混乱に陥ります。最初は怒りや悲しみなどの負の感情が嵐のように押し寄せますが、
(4)起きてしまったことは変えられないんだという現実の受け止めが徐々にこころの中で生じます。そうすると、その人は「病気になった人生をどう生きたらよいのか?」ということを一所懸命考えるようになります。
(5)そして、だんだんその人なりの、病気という体験を織り込んだ人生観ができあがってくるのです。
心理学ではこのように一般化されていますが、そのありようは人それぞれです。Mさんはそれぞれのやり方でがん体験と向き合い、力強くレジリエンスを発揮されました。
最後にひとつ、大切なことを付け加えさせていただきたいと思います。
登場しているMさんも、今は前を向こうとされていますが、一時期は絶望に暮れ、こころの悩みが晴れる日が来るなどとは想像ができない日々を送っておられました。
病気になって今悩んでいる人へ
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ですから、病気になって今まさに悩んでおられる方々には、「自分も早くレジリエンスを発揮しなければ」「悲しみを経て成長しなければならない」などと決して思わないようにしていただきたいと思います。
無理に前向きになろうとすることは、傷ついている自分をさらに鞭打つようなもので、決してご本人のためにはなりません。
そして、「困難との正しい向き合い方」というものはありませんし、100人の患者さんがいれば100通りの病気との向き合い方があります。
つらい出来事に出合ったときには、悲しみに暮れる気持ちや怒りに震える気持ちを押し込める必要はなく、むしろこれらの負の感情にも重要な意味がありますので、こころに蓋をしないことが大切です。
それぞれの方が苦しみながらも自らのおもむくままに過ごした先に、人のこころはどこかにたどり着くのではないか。私が実感する「レジリエンス」は、そのようなものです。
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