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2022.07.25

現場で医師が救命「ドクターヘリ」その重大な任務|銃撃された安倍元首相の搬送時にも出動した


白い機体に赤いライン、「Doctor-Heli」のロゴが青色でペイントされている。国内で運航しているドクターヘリは全部で5種類。写真はAW109SP(写真:HEM-Net提供)

白い機体に赤いライン、「Doctor-Heli」のロゴが青色でペイントされている。国内で運航しているドクターヘリは全部で5種類。写真はAW109SP(写真:HEM-Net提供)

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7月8日、参院選の応援演説中に銃撃された安倍晋三元首相。一刻一秒を争う中、奈良県立医科大学附属病院に運ばれたが、その際に搬送に使われたのが「ドクターヘリ」だった。

ドクターヘリとは、救急医療に必要な医療機器や医薬品を装備した救急医療用ヘリコプターのこと。医療ドラマ「コード・ブルー」でその存在を知った人も多いのではないだろうか。

今年4月には、すべての都道府県にドクターヘリが導入され、現在は56機が運航中。2020年度は約2万5000回の出動があったという。すでに多くの人命の救助に欠かせない存在となっている。

救急車との「2つの違い」

ドクターヘリは〝救急車のヘリ版〟だと思っている人もいるだろうが、実は違う。

最大の違いは、救急車は「患者を医療機関に搬送するのが役割」なのに対し、ドクターヘリは「医師(フライトドクター)や看護師(フライトナース)を患者のもとへ運ぶのが役割」という点だ。

ドクターヘリによる救急医療システムの普及促進を目的に設立された認定NPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)」の篠田伸夫理事長は、「ドクターヘリは、まさに基地病院(ヘリを持つ医療機関)の医師や看護師がただちに搭乗して、現場に直行するところに本質的な意味がある」と述べる。

「救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)」 ※外部サイトに遷移します

もう1つは、スピードの違いだ。

「例えば、救急車の場合、一般道では時速80km、高速道路では時速100kmが限界で、平均では時速40km程度です。これに対し、ドクターヘリはおよそ時速200km程度で飛行します。渋滞などに関係なく一直線に飛べるところも、ドクターヘリの強みです」と篠田理事長。

こうしたスピードによるメリットは、ひいては患者の救命にも影響を及ぼす。

「ドクターヘリは負傷者や病人がいる現場に駆けつけるので、その場で医師による初期治療が始められます。一方で、救急車は医師が待つ病院に搬送されて初めて治療が受けられます。医療機関から遠い場所で生じた事故であれば、ドクターヘリのほうがメリットが大きいのは明らかです」(篠田理事長)

ヘリはEC135(写真:HEM-Net提供)

ヘリはEC135(写真:HEM-Net提供)

実際、それを裏付ける調査結果もある。

東海大学医学部救命救急医学の猪口貞樹氏らの1999年の研究「ドクターヘリによる初期治療までの時間短縮効果」では、「救急車による搬送が10分以上かかる場合は、ドクターヘリのほうが初期治療を開始するのが早い」ことが報告されている。

重大な事故によって心肺停止に至るようなケースでは、時間が経てば経つほど救命の可能性は急激に低下する。だからこそ1秒でも早い初期治療が必要で、早ければ早いほど救命率は上がるというわけだ。

また、交通事故で搬送された患者の入院期間について、救急車とドクターヘリを比較した別の研究報告では、救急車の場合は39.0日であるのに対し、ドクターヘリの場合は21.3日と、18日間も短縮されたことがわかっている。早期に治療を始められたことで重症化を防ぎ、退院も早めているのだ。

こうしたデータを踏まえると、ドクターヘリが救急医療に果たす効果がいかに大きいかがよくわかる。

実は、このメリットを全国に行き渡らせるため、ドクターヘリ特別措置法では「全国的に整備することを目標とするものとする」(第3条第1項)と定められている。

今年、全都道府県にドクターヘリが導入されたことについて、篠田理事長は「普及を目指してきたHEM-Netとしては、目標が約20年で達成できたことはうれしい」と話す。

出動要請から搬送までの流れは…

一般的なドクターヘリ出動の流れ(要請から搬送まで)はどうなっているのだろうか。シミュレーションしてみたい。

ある場所で交通事故が起こったとする。現場から119番通報が入ると、通報を受けた消防本部指令室は、まず救急車を事故現場に向かわせる。それとともに、通報内容(119番覚知キーワード)や出動した救急隊の報告(救急隊接触時判断)、主にこの2つの点(詳細は後述)からドクターヘリを出動させるかどうかを判断し、基地病院に出動を要請する。

出動要請を受けたフライドドクターとフライトナースはヘリに乗り込み、現地へ。ヘリが着陸できるランデブーポイントに到着したら患者を搬送してきた救急車と合流し、ヘリに搭載された医療機器や医薬品などを使って、救急車内で負傷者や重症者の初期治療にあたる。医療機関に搬送する飛行中も、ヘリの機内で治療を続ける。

HEM-Netホームページによると、ヘリコプターには、心電図モニターや脈拍、呼吸などを観察するモニター、心停止した人の心臓を正常に戻す医療用除細動器、血圧計、超音波検査装置、血液中の酸素量を測るパルスオキシメーターなどの医療機器や、酸素ボンベ、シリンジなどの医療器具、医薬品などが搭載されている。

BK117(写真:HEM-Net提供)

BK117(写真:HEM-Net提供)

ランデブーポイントは学校の校庭や駐車場、公園などが選定されており、HEM-Netの調査では1つの基地病院あたり625カ所となっている(2017年3月末時点)。なお、ドクターヘリの出動要請は消防本部が判断するものであり、救急車と違って、個人でドクターヘリを呼ぶことはできない。

今回の事件が起こった奈良県のドクターヘリの状況はどうか。

同県で運航が始まったのは、2017年3月21日。片道15分以内で県内をカバーできる(奈良県庁ホームページより)。ヘリが待機しているのは吉野郡大淀町にある南奈良総合医療センター、基地病院は橿原市にある奈良県立医科大学附属病院だ。出動要請があると南奈良総合医療センターからフライトドクターやナースが乗り込み、ランデブーポイントへ、そこから奈良県立医科大学附属病院へと搬送する、という流れになる。

出動要請の「基準」は?

では、どのようなケースだと、ドクターヘリが出動要請されるのか。篠田理事長が答える。

「消防本部がドクターヘリを出動要請するときの基準は、それぞれの都道府県の運航調整委員会によって定められています」

奈良県の要請基準は、奈良県立医科大学附属病院が作成した「2018年度奈良ドクターヘリ運航実績報告書」に掲載されている。

繰り返しになるが、一般的にドクターヘリの出動要請は、「119番覚知キーワード」と「救急隊接触時判断」の2つ。前者はさらに外傷、呼吸循環不全、心肺停止、脳卒中などにわかれている。

このなかの外傷のケースをみると、次のように定められている。簡単に言えば、これらのキーワードが通報時に含まれていたら、ドクターヘリを要請するということだ。

119番覚知キーワード(1)外傷
自動車事故:閉じ込められている、横転している、車外放出された、車体が大きく変形している、歩行者、自転車が自動車にはねとばされた
オートバイ事故:法定速度以上(かなりのスピード)で衝突した、運転者がオートバイから放りだされた
転落・墜落:3階以上の高さから落ちた、山間部での滑落
窒息事故:溺れている、窒息している、生き埋めになっている
各種事故:列車、バス、航空機、船舶、爆発、落雷
傷害事件:撃たれた、刺された、殴られて意識が悪い

「今回の安倍元首相の事件は、外傷の傷害事件の〝撃たれた〟というキーワードに該当していることがわかります」(篠田理事長)

日本でドクターヘリが正式に運用されたのは、2001年。まず岡山県の川崎医科大学附属病院、次いで静岡県の聖隷三方原病院と千葉県の日本医科大学千葉北総病院に導入された。

2008年1月には、愛知県設楽町の山間部のため池で溺れて心肺停止になった3歳児が、静岡県のドクターヘリによって70km以上離れた静岡県のこども病院に搬送され、一命を取り留めた。このニュースは大きく取りあげられたので、記憶に残っている人もいるかもしれない。

東日本大震災を契機に防災基本計画にも位置付け

このほか、災害時にも出動し、東日本大震災では当時全国で26機運航していたドクターヘリのうち18機が活動し、これを契機として防災基本計画に位置付けられた。熊本地震の後には厚生労働省から「大規模災害時におけるドクターヘリの運用体制構築に係る指針」が示された。

「現在は都道府県を越えての運行など課題もあるドクターヘリですが、夜間飛行や、ドローンとドクターヘリのコラボレーションなどが検討されています」(篠田理事長)

1秒でも早く現場に駆けつけ、救命措置を行うために飛び続けるドクターヘリ。日本の救急医療問題を解決する手段のひとつとして、社会の期待は大きい。

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提供元:現場で医師が救命「ドクターヘリ」その重大な任務|東洋経済オンライン

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