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2022.07.06

「お金を使わない私」が「お金を稼ぐ」ことの意味|「買わない生活」最終回、仕事と報酬を考える


40年ぶりに再開したピアノライフのことを書いた本が全く想定外に売れたので、その印税を叩いて夢のグランドピアノ購入! 敬愛する先生のレッスン場に置いていただき、空いてる時間に自分もちゃっかり弾かせていただくという算段です。ピアノ業界と先生への恩返しができて自分も得するという、自分史上最高の「買い物」ができたと自画自賛。私もついにここまで来たと感慨深いっす(写真:筆者提供)

40年ぶりに再開したピアノライフのことを書いた本が全く想定外に売れたので、その印税を叩いて夢のグランドピアノ購入! 敬愛する先生のレッスン場に置いていただき、空いてる時間に自分もちゃっかり弾かせていただくという算段です。ピアノ業界と先生への恩返しができて自分も得するという、自分史上最高の「買い物」ができたと自画自賛。私もついにここまで来たと感慨深いっす(写真:筆者提供)

疫病、災害、老後……。これほど便利で豊かな時代なのに、なぜだか未来は不安でいっぱい。そんな中、50歳で早期退職し、コロナ禍で講演収入がほぼゼロとなっても、楽しく我慢なしの「買わない生活」をしているという稲垣えみ子氏。不安の時代の最強のライフスタイルを実践する筆者の徒然日記、連載第63回をお届けします。今回が最終回となります。

「買わない生活」でそもそも「稼ぐ」必要があるのか?

「買わない生活」で、友達も、健康も、自由な時間も、さらにはまさかの「お金」までも、つまりは人生に必要なすべてを手に入れることに成功したまことに愉快な顛末について、これまで延々と書き綴ってきた。今の時点で書けることはほぼ書き尽くしたと言っていいと思う。

稲垣えみ子氏による連載最終回です。

稲垣えみ子氏による連載最終回です。

この連載の記事はこちら ※外部サイトに遷移します

なので今回がいよいよ最終回である。

最後のテーマは、今の私が抱える最大の難問「お金を稼ぐこと」について。 

いやーお金を稼ぐことって、マジで難しいっす!

あ、いや……これはちょっと誤解を招く表現だったかもしれない。だって一般的には、お金を稼ぐのが難しいっていうと、お金を「うまいこと」「たくさん」稼ぐのって難しいよねって話だと思われますよね当然。

でも私が言いたいのはそういうことではない。

何しろ私はお金を使わずとも幸せなのである。いやむしろお金を使わないことが幸せへの近道と思っているのであるということはこれまでさんざんっぱら書いてきた通りである。

となると当然、どう「うまいこと」稼ぐかどころの騒ぎではなく、そもそもお金を稼ぐ必要があるのかってことになってしまう。そこが実に全くもってフクザツなのだ。だって前にも書いたように、使うあてのないお金をせっせと稼いで貯め込んだところで。自分にとっても世の中にとっても何の意味もないのだから。

じゃあ、別に働かなくていいじゃん!

……というのが1つの考え方だろう。無論、そういう人生もアリだとは思う。聞くところによれば、近頃のワカモノの間では早い時期にお金を貯めて、あとは運用益で自由に生きるという「アーリーリタイア」が1つの理想として注目されているらしい。

ふむふむ……っていうかそれってもしかするとほぼ今の私……? ま、すでに57歳ゆえ「アーリー」ってほどじゃないが、だとしても人生100年時代なのだからまだまだアーリーと言えないこともない。

そして何と言っても私、日本でも有数の極小支出で楽しく生きていけるスキルを身につけてしまったわけですから、その気になればいつだってこのような道を本格的に追求することもできないわけじゃないのである。

実際、会社を辞めるときは、少なくともしばらくの間は仕事から遠ざかってノンビリしたいと思っていた。何しろ新聞記者ってもう本当に休みが取りづらい仕事で、長期の旅行とか全然できぬままフト気づけば50歳になっちゃったんですから。

で実際、辞めてすぐ、っていうか正確には辞める直前にたまりにたまった有給休暇の消化期間に入るや否や、夢のインド・アーユルヴェーダ旅行に行ったのだった。いやもう毎日マッサージ三昧ですよ! それを約3週間! 同宿の欧米人もびっくりの贅沢!

贅沢旅行に飽きて「仕事の手ごたえ」が欲しくなる

で、それはそれで無論楽しかったんですが。

はっきり言えば、わたしは驚くほどすぐに飽きてしまったのだった。最初の1週間は英語はできないし日本人は全くいないしインド人の顔が一見めっちゃ険しいしで失敗あり笑いあり涙ありで飽きる間も無く日々を生きのびるのに必死だったんだが、その苦難を乗り越え落ち着いてきたら、極楽マッサージの至福の時間はともかくとして、それ以外の「何もしない」時間をたちまち持て余してしまい、結局何をやったかといえば、わがフェイスブックページにせっせと旅の模様を面白おかしく記事にして投稿したのだった。

つまりは私は仕事がしたかったのだよ! お金になるかどうかは別として、何かを形にして生み出して、人に受け取ってもらい、喜んでもらいたかった。その手ごたえがどうしても欲しかったのである。

思えばこの時、私は初めて「仕事」ってものについて真剣に考えたのかもしれない。

それまではずっと、仕事とは「金を稼ぐこと」だと単純に考えていた。

もっとはっきり言えば、お金をたくさん稼げる仕事が「いい仕事」で、そんな「いい仕事」ができる人間こそ上等なのであると思い込み、そのために懸命に努力せねばならぬと心の底から信じ込んでいた。

でもこの時、私は人生で初めて、本当にそうなのかな? と思ったのだ。

なにしろこの時の私の「仕事」(フェイスブックへの投稿)はもちろん1円にもならなかった。でも私は一生懸命仕事をしたのだった。つまりはできうる限りの面白い文章を書いて、「いいね」をもらい、コメントをもらいたかった。

ま、単なる承認欲求と言ってしまえばそれまでだが、何はともあれこの時の私はまちがいなく、その「仕事」に一生懸命頑張った。真剣だった。正直言えば夜も寝ずに原稿を考えたりしていた。いや全く不思議なことだった。だって何度も言いますが1円にもならないんですよ? でもそれは私の意識の中ではまちがいなく「いい仕事」だったのだ。

仕事とは「世の中とつながること」

仕事ってなんだろう。

無論、おカネを稼ぐ仕事も仕事である。でもそれは、世の中にあまたある仕事の1つの形態に過ぎないんじゃないだろうか。仕事とは結局、お金をもらおうがもらうまいが、誰かの役に立つこと、誰かに喜んでもらうこと、なんだと思う。

私の尊敬する友人が「はたらく」って「はたをラクにすること」だって言ってたけど、全くその通りだと思うのだ。自分の力で何かを生み出して、誰かに喜んでもらうこと。誰かを幸せにすること。

つまりは世の中とつながること。

それが仕事なんじゃないか。

なるほど。だから私は仕事がしたかったのだ。アーリーリタイアをして仕事をせずに生きることは、私にとっては世の中とのつながりを断つことなのだった。ただ何かを消費して生きるだけでは、私は生きている感じがちっともしなかった。

うん、働こう。これからもずっと。

会社を辞めるや否や私はそう思ったのだから、全くヘンな話ではある。

「仕事」と「お金」の関係を考える

で、それはいいんだが。

ここにまた新たな難問が発生したのである。それは「仕事」と「お金」の関係を実際どう考えるのかということだ。

いい仕事をすれば、たくさんお金がもらえる。私はずっとそう信じ込んでいたことはすでに書いた。でも私はもうそういう価値観が支配する世界にだけは戻りたくなかったのである。

いや「戻れなかった」と言った方が良いかもしれない。

というのはですね、現実的に言って、おカネをたくさん稼ぐことだけを考えたら会社を辞めないのがどう考えても正解なのだ。それをエイヤーと辞めてしまった以上、その価値観のままでいたら私、どう転んだって一生「負け戦」。

だってカネのために不本意な仕事もあれこれ引き受けまくって必死に働いたところで、前のような収入に達することなんてどう考えても無理なわけで、つまりはそんなことしていたら、前よりもっとボロボロになってなおかつ「私ってダメ人間!」「ああ会社を辞めるんじゃなかった!」と死ぬまでウジウジ後悔し続けるハメになるという、もう一体何のために会社を辞めたんだか全くワケわからん……って話になることは火を見るより明らかである。

そうこれからは、どうやったって「お金」と「仕事」の関係を断ち切らなきゃならないのだった。

いい仕事をすることと、たくさんのお金がもらえることは、もう絶対にイコールではない。いい仕事とは、お金だけじゃなくて、楽しさとか、やりがいとか、成長とか、発見とか、人とつながるとか、そういう多種多様な「報酬」が得られる仕事のことを言うのだ。そのように高らかに仕事を再定義して生きることにしたのである。

で、幸いにも「買わない生活」の確立に成功したが故に、この仕事の再定義は単なる絵に描いたモチではなく、現実に確かなものとなったのだった。

つまりはですね、今私がどんな仕事をするかは、お金だけにこだわることなく、上記のような様々な要因で決定することができるようになったのである。つまりはお金を一円ももらわずとも、そんなことにはちっともこだわらず、ただ楽しそうというだけでせっせと働くということも全然「アリ」ということになったのである。

で、それはそれで我ながら非常に素晴らしい事態なのですが。

ここでまたまた、深刻な難問が発生したのだった。

お金などもらわずとも「いい仕事」はできる。となれば、これからはボランテイアでいくのか? 働くがお金は受け取らない、それが正解なのだろうか? 

確かに、働くとは「はたをラクにすること」。つまりは人助け。人を助けること自体がやりがいであり報酬なのだ。そう考えたら、お金をもらわない方が相手はさらに「助かる」に違いないのだから、人助けの度合いはさらに高まる。お金などもらったところで使い道がないんだったら、それが一番素晴らしい働き方であるようにも思える。

で、実際に、そのようなオファーは次々とやってくるのだった。

講演をしてほしい、原稿を書いてほしい、取材を受けてほしい、という依頼がやってきて、なんとなんとありがたや、しかし報酬についての記載がないので改めて尋ねると、「申し訳ないのですが予算の関係でお支払いできません」「本の宣伝につながるということで無報酬でお願いします」などというお返事が返ってくるのである。あるいは、無報酬とまではいかずとも、これも先方の予算の関係とのことで、限りなく無報酬に近い金額の提示が返ってきたりする。

無論、講演だの執筆だのという仕事は材料費がかかるわけではないので、別にタダでも足が出るわけじゃなかろうと言われればその通りである。いわゆる「相場」もはっきりしていない。なので最初の頃は「仕事=お金」という固定観念を打破したい思いもあり、そのような仕事も時間が許せばお引き受けしていたのであった。

無報酬・低報酬のオファーを受けない理由

だが結論から言うと、今は原則、そういうことはしていない。

端的に言って「疲れてしまった」のである。こちらの心が狭いというか、人間がなっていないせいなのかもしれない。でもそういう相手とは、どうしても爽やかな気持ちで仕事をすることができなかった。

だって、こちらも仕事である以上はたとえ報酬が少なかろうがゼロだろうが手を抜くということはしないのである。っていうかそんな器用なことはできない。準備をして、緊張して、懸命に仕事をする。そしてその結果「何も返ってこない」ということには、どうしたって消耗してしまうのだった。

いくら「ありがとうございます」と口で言われても、いえいえどういたしましてという顔がこわばるのをどうすることもできない自分がいるのだった。

ああこれは一体どうしたことか。だって私、別にお金に困っているわけではない。しかも働いて人の役に立ちたいと思っているのである。ならばタダで人の役に立てたことそのものをなぜ素直に喜べないのか? 言ってることとやってることが違うんじゃないのか?

確かにそうなのかも。でも正直言うと、このような「仕事」をすると、私は一方的に何かを奪われているような気がしてしまう。もっとあからさまにいえば、相手だけが得をして、自分は一方的に時間と労力を取られている……そう「買い叩かれている」気がするのである。

何しろ今の私にとっては「時間と労力」は最高の財産なのだ。それを得るために自分なりに勇気を奮って会社を辞めたのである。その大切なものを差し出したのだから、相手もその人にとっての大切なものを差し出すのがフェアな関係というものではないだろうか。そうなのだ。これはフェアじゃない。そう思っているのである。

お金の幸せな使い方とは?

私は「買わない生活」を通して、お金とは何かということをずっと考えてきた。お金とはある種の魔物である。というか、お金を使う我らの心の中に魔物が潜んでいるのだろう。お金とは使い方によって、人を幸せにもすれば不幸にもするのである。買わない生活を極めるということは、お金の幸せな使い方を極めるということでもあった。

その結果たどり着いたのは、お金とは自分だけが得するように使ってはいけないということだ。「買わない生活」とは、1円でも安くと、自分だけが得する節約生活では決してない。だってそんなことをしたら結局相手は痩せ細り、いずれ消滅してしまう。

そんなふうにみんなを不幸にして自分だけ幸せになるなんてことはありえないだろう。そんな負のスパイラルに陥ってはならないのだ。「買わない生活」とは、自分が幸せに生きるのに必要なお金はほんのちょっとしかないと気づくことで「余ったお金」を生み出し、それを大切な人を応援するためにしっかり使う生活なのである。

それはどういうことかといえば、自分にとって価値あるものをつくってくれる相手とフェアな関係を結ぶということだ。1円でも安くと、自分だけが得する買い物行動をするのではなく、むしろ相手がトクするような買い方をするべきなのだ。適正なお金を支払い、可能なら感謝の思いも伝え、浮気せずに継続して買い続ける。そうすることで相手はますますよりよい製品を作り続けて自分の生活を豊かにしてくれる。

そうなのだ。私は自分が生み出すものに関しても、相手に同じようにしてほしかった。私が生み出すものを「価値がある」と思ってくださるのなら、買い叩くことをせず、私が次も価値あるものを生み出し続けることができるような「何か」を与えてほしい。

ということで、仕事に対してお金を受け取ることを恥じる必要はないんじゃないか、いやむしろちゃんと受け取ろうと思うに至ったのである。

無論、必要以上に高額のお金を欲しいなどとは思っていない。自分が考える適正な金額を受け取り、その金額以上の価値ある仕事をしようと毎回頑張る。それが私なりの相手へのフェアな態度である。そしてその受け取ったお金で、私は私の大切な人たちを応援するためにフェアにお金を使いたい。そのようなお金の流れの中に身を置くために、ちゃんと報酬を受け取りたい。

今のところ、そのように考えているわけです。

昔の価値観に戻らないために取り組んでいること

とはいえ、この「お金」と「働く」ことの関係については、まだいろいろと揺れ動くことが少なくない。一番難しいのは、一体どのくらいの報酬を受け取るのが「適正」なのかがわからないというところである。

私もなんだかんだ言って欲深さからは逃れられず、思わぬ高い報酬を提示されたりすると単純に喜んでしまう自分がいる。そのようなことが高じていくと、ふと気づけばあれほど遠ざけようとしていた、「高いお金をもらえる仕事=いい仕事」という悪魔の価値観に逆戻りしかねない。

ということで、今意識的に取り組んでいることが2つある。

1つは、必要以上の報酬が提示されたら「減額交渉」をすること。目安は、もらったお金に応えられるだけの結果を出せている、あるいは出すべく頑張れると自分で思えるかどうか。つまりはコスパを悪くしておくこと……いやどうもうまく言えないし、綺麗事に聞こえかねないことも承知しているが、お金と欲が結びつくことの恐ろしさを知っている身としては、ここは自分なりにちゃんとしておきたいのである。

もう1つは、「お金をもらう仕事」だけじゃなく「お金をもらわない仕事」を大事にすること。これもなんだかこれまで書いてきたことと矛盾するように思われるかもしれないが、一応自分の中では線引きをしておりまして、人から依頼される仕事は基本タダでは引き受けないが、自ら進んで、興味深くて楽しそうな仕事を手伝わせてもらったり体験させてもらったりするときは、喜んでタダ働きをさせていただく。

例えば、友人の飲食店で賄いを作らせてもらったり、田植えの手伝いに行ったり、イベントスタッフとして客の呼び込みをしたり……どれもこれもトーシローの身なので、無料で仕事を教えていただいたり実体験させていただいたりすることそのものがありがたいし、勉強になるし、感謝もされるし、仲間ができて楽しいしで、タダと言ってもむしろこっちが一方的に得をしている感じしかしない。

そしてもちろん、これはまさしく「働かせていただく」ことそのものが報酬なので、働く=お金じゃないよねってことを確認できる貴重な機会でもあるのだ。

ってことでこの「働く生活」についてはまだまだ考えるべきこと、修行すべきことがたくさんあるように思っているわけですが、ここが掛け値なく今の私の現在地であります。

何が起きるかわからない時代を自分らしく生きるために

ということで、長らく連載を続けてきました「買わない生活」。ひとまず今回で終了となります。会社を辞めて不安定な生活に陥ってからの自分がなぜこんなにも幸せに生きているのかを振り返る貴重な機会をいただいたことを心から感謝しています。

改めてこうして整理して書いてみて、正直「私って最強だな!」と思いました(笑)。もちろん、何が最強かは主観によるのであり、その心境に至ったことそのものがホント最強だと思うのです。そう人生は考え方が10割! 何が起きるかわからない時代のど真ん中を、明るく自分らしくルンルンと生きるために、これまで書き連ねてきたあれこれの何か1つでも「心のお守り」にしていただければ、これ以上の幸せはありません。

ご愛読いただきましてありがとうございました。

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提供元:「お金を使わない私」が「お金を稼ぐ」ことの意味|東洋経済オンライン

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