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2022.03.02

「40代でがん」会社で公表しながら働く彼女の理由|頭をよぎった「退職」をこうして乗り越えた


40代でがんになった大登さんが「退職」を選ばず乗り越えた経緯とはーー?(写真:筆者撮影)

40代でがんになった大登さんが「退職」を選ばず乗り越えた経緯とはーー?(写真:筆者撮影)

働き盛りでがんになる――。あなたは想像したことがあるだろうか。

2016年にがんと診断された約100万人中、20歳から64歳の就労世代は約26万人(国立がん研究センターの統計による)。全体の約3割と少なくない数だ。

だが、治療しながら働く人の声を聞く機会は少ない。仕事や生活上でどんな悩みがあり、どう対処しているのか。自分や家族、友人ががんになった際に、一連の情報は役に立つはずだ。がん経験者が運営する、一般社団法人がんと働く応援団の協力を得て取材した。

がんの治療と仕事を両立する、サッポロビール広報部の大登貴子さん(51)。告知から手術、職場復帰までに会社の支援制度がどう役に立ち、復職後は社内のがんコミュニティがどんな支えになったのかを紹介する。

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「仕事や子育ては1日も待ってくれない」

「私の経験上、がんです」

2018年2月下旬。受診した乳腺外科の医師から、当時47歳の大登さんは初診であっさりと告げられた。同年2月の成人検診で、胸の痛みを数回感じたと乳房のエコー検査時に伝えた。1週間後には乳腺外科の受診を勧める手紙が自宅に届いた。

だが、自覚症状はほとんどなし。大登さんの母親(享年69)ががんで他界後、夫婦でがん検診もまめに受けてきたのに……と、やり場のない憤りもこみ上げてきた。

「手術をしてみないとがんのステージも、転移の有無なども正確にはわからないと言われ、不安が一気に高まりました」(大登さん)

日常的に感じる痛みなどはないのに、検査数値だけががんであることを示しているという落差と葛藤。地方出張時に一人になると、彼女は気持ちがどうしようもなくざわついた。

当時は仕事以外に、高校2年と中学1年の息子たちの世話にも追われていた。毎朝5時起きで3合のお米を炊き、野球部の長男には重さ約2キロの弁当とそれに見合うおかずをせっせと作っていた。毎日出る大量の洗濯物も1日たりとも待ってはくれない。

帰宅して家事を片付けると、平日は午後10時半頃には寝ないと体がもたなかった。それらを考えると、「退職」の文字が彼女の頭をよぎった。

「次の検査で乳がんが確定した時点で、直属の上司には連絡しました。部署のメンバーの異動が決まっていて、私の責任が増すタイミングでもあり、『それでなくても忙しいのに、どうしよう……』と、不安でいっぱいでした」(大登さん)

この時点で息子たちにも伝えると、当時は口数少なく、「うん」「お金」「めし」のほぼ3語の会話しかしなかった長男は絶句。いつもマイペースな次男は急に怒ったような顔になり、「手術したら治るんでしょ!」と声を荒らげた。

子育て中の共働き家庭なら、誰もが同じような状況に直面するだろう。

半日単位の有給休暇と在宅勤務で乗り切る

「治療と仕事と子育てをすべてやりきれるとは思えない……」

最初の告知を受けた際、大登さんはまず夫にがんの可能性を伝え、不安を吐き出した。普段から家事分担にも協力的な夫は、聞き役に徹してくれた。だが、解決策がすぐに見つかる話ではなかった。

戸惑う彼女を会社につなぎ止めたのは上司の言葉だ。

「辞めなくていい。会社の(治療と仕事の)両立支援制度を利用してやってみろ。もしも、それで日数などが足りなかったら、改めて相談しよう」

自社に治療と仕事の両立支援制度があることは知っていたが、詳細はよく知らなかった。

支援制度は、2017年12月から始まった同社の「働き方改革」や女性活躍の推進などのダイバーシティの確立、企業グループとしての健康経営の推進などを背景に、その拡充が進められていた。

サッポロビールの両立支援制度(資料:サッポロビール提供)

サッポロビールの両立支援制度(資料:サッポロビール提供)

大きな特長は、がん以外の疾病も対象に、経験者の社員と人事部が協働し、治療と仕事の両立支援ガイドブックを作成している点。がん当事者の視点が入ることで治療に専念する選択肢も示し、匿名性に配慮しながら、闘病体験談を社内イントラネットで共有するなど、全社員への啓発と周知を図っている。

大登さんは、半日や時間単位で取得できる有休休暇、テレワークによる在宅勤務制度がとても役に立ったと振り返る。

「有給休暇は年間20日で、翌年にも繰り越せるので40日間ありました。それを半日単位でも利用できるので、半休を80日分も使えるのが気持ちのうえではありがたかったです。支援制度がない時代にがんを経験された先輩たちによると、入院や治療で3カ月から半年近く休まざるを得なかったそうですから」

4月の切除手術後、がんのステージ1で転移はないとわかった。だが、切除後の痛みは約1年続いた。再発を防ぐための放射線治療は25回。時間単位の有給休暇やスーパーフレックス制度、在宅勤務を組み合わせて乗り切った。現在は定期検診のみだ。

「放射線治療は自宅から徒歩約10分の病院で受けましたが、治療中は10分歩くのもつらくて、在宅で本当に助かりました。一方で、上司が『有給休暇の日数が足りなくても何とかなるから、両立支援制度を使ってやってみろ。辞めるな』と、励まし続けてくれました」(大登さん)

「どうして私だけが」という思いが消えた理由

大登さんは、がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars(キャンスターズ)」の活動にも支えられてきた。大登さんは2019年3月の結成当時からのメンバーで、2021年10月末時点で11人が活動している。

「家族には病気にまつわる不安や愚痴はこぼせません。ですから、それらを受け止めてもらえる仲間が必要でした。自分と同じように治療と仕事を両立している同僚なら、何でも話せるかなとも思いました」(大登さん)

ちなみに「Can Stars」とは、がんを表す英語「cancer」と、同コミュニティや参加者が社会のために今後「できる」ことを示す英語「can」が重ねられ、サッポロビールのシンボル「☆(スター)」を組み合わせたもの。

活動は2カ月に1回実際に集まる形で開始。「ピアサポート」と呼ばれるが、経験者同士が闘病体験を共有して支え合ったり、同社の両立支援制度についての意見交換、他企業のがんコミュニティとの交流などを行っている。

「ピアサポートは主に診断から治療の経緯、現在の思いについて話します。他人の話を聞くことで、自分と同じ不安や葛藤を抱えていたんだなぁとか、自分以上に大変な治療を経験されてきたんだと知ることができ、お互いにいたわり合えたり、温かな気持ちで接することもできるようになりました」(大登さん)

それまでは「どうして私だけが……」と、心の奥でとぐろを巻いていた思いが、ゆっくりとほどけていくのも感じた。人前で話すことで、自分と病気の関係を少し距離をおいて見られて、気持ちの整理もつけられるようになった。

「すると自分は普通で、決して特別じゃないと気づけました。また、他の人と比べて『この点が少し甘いな』とか、逆に『ここは自分に厳しすぎたかも』という発見もありました。結果、気持ちがかなり楽になりました」(大登さん)

コロナ禍で外出自粛が広がって以降、コミュニティ活動はオンラインで続いている。

台所で立ったまま一人大泣きした夜

「お母さん、治療をしながら毎朝5時に起きて弁当作ってくれてありがとう」

長男が野球部を引退した夏のある夜、台所で後片付けをしていた大登さんの背後からそう声をかけてきた。そのまま2階の勉強部屋へ駆け上がっていったのは、彼なりの照れ臭さもあったのだろう。

2018年7月、横浜スタジアムで行われた「全国高校野球選手権神奈川大会」開会式に訪れた大登さんと長男(写真:大登さん提供)

2018年7月、横浜スタジアムで行われた「全国高校野球選手権神奈川大会」開会式に訪れた大登さんと長男(写真:大登さん提供)

「それまで『うん』『お金』『メシ』の3語しか聞いたことがなかったので、あんな長い日本語を話すなんて……。階段を上がる彼の足音を聞きながら振り返りもせず、私、立ったままで大泣きしましたもん。あの言葉は一生忘れません!」

つらかった放射線治療終了後、次男に「夏休みにどこか行きたい!」と伝えると、上から目線で「ニューヨークなら行ってもいいよ」と言われたことも思い出した。

2018年8月、ニューヨーク旅行での大登さんと次男(写真:大登さん提供)

2018年8月、ニューヨーク旅行での大登さんと次男(写真:大登さん提供)

「『私は温泉がいいんだけど……』って言うと、次男は『じゃあ行かない』ってつれない返事だったので、私が折れてニューヨークに行きました。思春期の息子との2人旅なんて滅多にできませんからね。旅行中は彼なりに私の体調を気遣ってくれる姿を見て、成長を実感できてうれしかったです」

今度はデレデレしたお母さん顔になって、大登さんは振り返った。

「がんを普通に公表できる社会」への第一歩

大登さんは「Can Stars」の活動を続ける一方、がんになってもコミュニティに参加しない同僚たちの存在も気になり出した。仮に同じ部位で同じステージのがんであっても、症状や体調、治療内容はさまざまだということは知っている。だからコミュニティへの参加を強要するつもりはない、と彼女は続けた。

「でも、以前の私がそうだったように、自分を“悲劇の主人公”にして、自らどんどん追いつめてしまいやすい面もあります。あるいは、病名を明かしたら窓際業務に回されちゃうんじゃないか、という不安とかですね。がんにまつわる負のイメージを、私ができる範囲で払拭したいと考えるようになりました」

匿名で活動に参加していた大登さんは、実名公開に踏み切った。自身が社内コミュニティに参加して気持ちがどう楽になったのかを伝えたり、広報部員として頑張って働いていたりする姿を、そんな同僚にも見てもらおうと決めた。

2019年8月、サッポロビール「Can Stars」とアフラック社のがん 社内コミュニティとの合同研修にて。大登さんは前列中央(写真:サッポロビール提供)

2019年8月、サッポロビール「Can Stars」とアフラック社のがん 社内コミュニティとの合同研修にて。大登さんは前列中央(写真:サッポロビール提供)

Can Starsの活動に匿名で参加後、後ろめたい気持ちが拭いきれずにいたことも、実名公開の動機のひとつ。社内で顔見知りから「元気?」と聞かれるたびに、大登さんは「うん、元気」と答え続け、病名を明かしていないことへのモヤモヤがふくらんだためだ。

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「私にとって病名を明かすことは、『同僚であるあなたを大事な仲間の一人だと思っています』という、気持ちの裏返しでもあります。がん経験者のそんな思いも社内にきちんと伝わればいいなぁと思います。病名をちゃんと言えずに、私もその間つらかったわけですし……。将来はがんを普通に公表できる社会になってほしいですね」

病気になっても「まわりに迷惑をかける」と卑屈にならず、病名を伝えたうえで、希望すれば誰もが治療と仕事が両立できる。そんな社会を1日でも早く実現できるように、まずは自分ができることから大登さんが刻んだ第一歩だ。

(監修 押川勝太郎・腫瘍内科医師)

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