2022.01.17
メンタル崩壊から復活した30代男性が語る「教訓」|元エリート自衛官に起きたまさかの事態
メンタル崩壊から復活した男性。彼が語る教訓とは?(写真:mits / PIXTA)
仕事で華々しく活躍していた人があるとき、メンタルダウンして職場を去っていくーー。他人事ではない人も多いのではないでしょうか。
私たちは仕事における孤独やストレス、困難とどう向き合うべきか。そもそも、メンタルは鍛えられるのか。過去に厳しい体験をしてきた人に、心のあり方や試練の乗り越え方について聞きます。
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朝6時のラッパ音に飛び起きる日々
今回登場いただくのは、元エリート自衛官だったわびさん(仮名・30代)。現在は外資系企業で健康的に働いているが、うつになり休職、復職を経て転職した経緯がある。
わびさんは宮崎県で起きた口蹄疫や、東日本大震災ほか、多数の災害派遣の指揮所でも活躍した人物。現在は妻と双子の子ども4人で暮らしている。
いったいどんな職場だったのか。わびさんに聞いてみると、自衛隊の訓練は想像する以上にハードだった。
まず、陸上自衛隊の幹部候補生が集まる学校の一日は、朝6時にラッパ音で起こされるところから始まる。外に向かって「おはよう!」と絶叫した後、2、3分で着替え、ベッドを整え、上半身裸で外に駆け出す。点呼が終わると腕立て伏せをするのがルーティンだった。
卒業して、幹部自衛官になった後も訓練は続く。たとえば、暑さ寒さが過酷な現場では、テントの室温が50度前後にも及ぶ状況で指揮を取ったかと思えば、マイナス15度の極寒の地で訓練をしたことも。寒さのあまり、普段優しくて温厚な人でもキレやすくなったり、攻撃的になる傾向もあったそうだ。
そんな中、わびさんは幹部上級過程において歴代優秀者の中に名を連ね、知識、技術ともに高い評価を得ていた。多忙な業務をこなしつつ、上司や同僚にも恵まれた。あとは着実に、一歩一歩ステップアップを重ねて昇進していく……はずだった。
ところがわびさんは、部署異動をきっかけに壮絶なパワハラに遭遇する。耐えに耐えた結果、最終的にはうつ病を発症し、休職を余儀なくされてしまった。
同期の中でもトップの成績を残し、誰よりもメンタルが強いと自負していたわびさん。いったい何が起きたのか。
はじめは、パワハラを受けている自覚はなかったという。上司は自分のためを思って厳しく言ってくれている。自分の努力が足りないだけ。頑張ればいつかわかってもらえるはずと、自責の念と儚い希望を持っていたという。
ところが、日に日にエスカレートしていく叱責。1日の業務量が多く、怒鳴られるたびに仕事は止まる。上司へ報告、連絡、相談を受けてくれるのは19時以降で、すべての案件に対して長時間の指導や人格否定が続く。その後、翌日上司が出勤するまでに、当日から翌日朝までに上がった情報収集や分析を行わなければならず、やれどもやれども終わりが見えない。
当時の残業時間は月200時間を超えた。朝5~6時には出勤して、帰宅時間は深夜1時。睡眠時間は毎日3時間程度。土日休みだったものの、仕事が終わらず土日のどちらかは出勤。もう一日はひたすら寝るか、生まれたばかりの双子の子育てで妻も孤立無援となっており、一緒に家事や育児も行う日々に追い詰められていった。
そんなわびさんがパワハラを受けていると自覚したのは、業務以外のことでも口出しされるようになった頃。上司は、妻が作ってくれた弁当にダメ出し。子どもの名前に意見する。乗っている車にさえ文句を言う。これはもう指導ではないと、はっきりと違和感を抱いた。
しかし、その時点ですでに心身ともに消耗しきっていたわびさん。もはや正常な判断を下せる状態にはなく、思考や行動にも異変が表れていた。
ツイッターに投稿され共感を呼んだわびさんのつぶやき
たとえば自動販売機で缶コーヒーを買うにも、この種類を買ったら上司に怒られるのではないか。トイレにいても、途中で上司が入ってきたら、この場所を使っていたら迷惑にならないか。次第に仕事のミスも増加。フラフラになりながら、以前お世話になった上司に相談を持ち掛けた。しかし、返ってきた言葉は「気のせいだ」。
そうして最後は、職場で叫び声を上げてデスクの下に潜り、そのまま病院に運ばれた。その時の記憶はない。その後しばらく休職となり、社会復帰するまでに1、2年の時間を費やすことになった。
パワハラに対処するコツ
わびさんは自身の経験を経て、パワハラを受ける人に、仕事ができる、できないは関係ないと語る。運悪くパワハラのターゲットになってしまった、またはメンタルダウンした場合、どのような対策をすることが大切か。わびさんの経験から整理してみる。
【わびさんがメンタルダウンするまで】
・何を言われても反抗しなかった
・弱音を吐かなかった。逃げることは恥だと思っていた
・自分の心のサインに気付かなかった
・正しい道にこだわりすぎていた
何を言われても反抗しなかった:
上司に何を言われても反抗せず、従順すぎたと語るわびさん。パワハラをする人は、自分に自信がない、または、誰かをマウントすることによって自分の力を誇示したい。もしくはただ自分の要求を押し付けたいだけの人もいると語る。
そうした相手には、「この人は利用できないと思わせることが大切」とわびさんは振り返る。時には言い返す、または反応しない。もしくは間を開けて返事をするなど態度で示す。
弱音を吐くこと、逃げることは恥だと思っていた
パワハラ上司に反抗するのは恐怖かもしれない。しかし、耐えるばかりでボロボロになった結果、その後1年、2年とつらい思いをするよりは、はるかにダメージが少ないときっぱり言う。パワハラにまでは従う必要はない、「一線を越えてきたら撃ちますよ」の気概が大切だ。
ツイッターで支持されたわびさんのつぶやき
弱音を吐かなかった・逃げることは恥だと思っていた:
当時のわびさんには、「逃げる」という選択肢がなかった。弱音を吐くのは恥。他の人も頑張っている。逃げたら終わりだと思っていた。また、自衛隊を辞めたら他に仕事はなく、踏ん張るしかないと決めつけていたとも語る。
人によっては、パワハラの証拠集めとして録音したり、転職したりとほかにも方法があったのでは?と思う人もいるだろうか。しかし、パワハラを受けて深みにはまると、思考がそこまで追い付かない。ただただ相手に怯えるばかりで、何もできなくなってしまうという。そうしてひたすら耐えて、大丈夫なふりをした結果、得たものはうつ病、不安神経症、病気休暇、賞与カット、承認遅れ、左遷。失ったものは、家族と幸せに過ごすはずだった時間だった。普通に働けるようになるまで約2年の月日が流れた。
わびさんは語る。メンタルダウン初期なら周りが助けてくれる。弱音を吐くことによって困難な状況も乗り切れる。ただし、メンタルダウンが深まっていたらただちに逃げること。そして速やかに病院を受診することを勧める。
責任のある仕事をしている中、引き際、辞め時のタイミングは迷いも生じる。ただ、出口の見える仕事に対しては一定程度やり遂げるのにある程度無理はきくが、一向に出口が見えない状況なら、速やかに撤退したほうがいいと念を押す。
自分の心のサインに気付かなかった:
振り返ればメンタルダウンのサインは出ていた。
・ごはんがおいしくない
・休日に動けない
・布団に入っているのに全然寝付けない
・嫌な記憶がグルグル巡る
・なぜか涙が出てくる
・「死ぬ」という選択肢が頭をよぎる
しかし、当時はそういったサインの知識は乏しかった。または、健康なときでも眠れない、食欲がないことくらいあるだろうと気にしていなかったそうだ。
これらのサインは、健康のときにこそ知っておいてほしいとわびさん。いざ深みにはまってしまうと、新たな知識や情報を調べる余裕はないだろうと言う。
つねに自分の気持ちにフォーカスすること。そしてストレスを感じたら早期回復、心の病気の予防が大切だ。
正しい道にこだわりすぎていた:
メンタルダウンするまでは、一度決めた道だから、上司の命令だから、妻子がいる身だから、と身動きがとれずにいたと語るわびさん。せっかくの自分の人生なのに、他人が作った正しい道にこだわっていたという。
しかし、人生を総合的に捉えるようになってからは自由度がかなり上がるようになった。目の前の仕事や評価に一喜一憂せず、自分の生き方に合わせて環境を選ぶ。大まかな方向が合っていればOKくらいの感覚で進む。道を変えたり、途中で寄り道したり、時には少し休みながら進んでいくぐらいでちょうどよいと語る。
また、他人を意識しすぎると心が疲れやすくなってしまう。自分の人生の主体は、自分である。
自衛隊で生き生きしている人の特徴
自衛隊の中でも、自分らしく充実した日々を過ごしている人はもちろんいる。わびさんが見た彼らの特徴は、趣味に没頭したり、いくつかいい意味での依存先を持っている人だという。
たとえば、業務が終わると外に出て、20キロくらいマラソンをする人。休日の朝4時から洗車に行く人。なかなか普通の人にはわかりにくいレベルで、各々が趣味に没頭していたそうだ。彼らは、仕事で何かトラブルがあっても依存先が複数ある。または、自分時間を保っているため回復が早い。
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一方、メンタルダウンする前のわびさんは、趣味も依存先もなかった。もしくは趣味さえも完璧主義が邪魔をしたという。頭の中でこれはできる、できないとシミュレーションして判別。その結果、趣味には結びつくことはなかった。
しかし、休職、転職を経た現在は、とても趣味が多い。畑作業やキャンプ、ビオトープ、DIY、筋トレ、SNSで出会った人との交流ほか、仕事とは関係ない趣味をたくさん持つようになった。以前と比べて時間とお金、心に余裕ができた。また、まずはやってみようと完璧を目指さなくなったという。
エリート自衛官だったわびさん。壮絶なパワハラを経験したのち、現在は時間やお金、精神的にも余裕を持ちながら幸せに過ごせている。
「メンタルは鍛えられない」とわびさんは言う。しかし、自分の気持ちにフォーカスすることで、ある程度予防・回復はできる。まずは、メンタルダウンについて知識を持つこと。耐える努力よりだけでなく、自分の心の声に、素直に耳を傾けることを、わびさんから学べるのではないだろうか。
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提供元:メンタル崩壊から復活した30代男性が語る「教訓」|東洋経済オンライン