2021.11.15
日本人は「在宅死」の尊さを意外にわかっていない|医療技術に心配は無用、最後は自分の意思で
意外と知られていない在宅医療、終末期ケアの現実とは?(写真:Komaer/PIXTA)
「自宅で、自分らしい最期を迎えたい」、「痛みを感じないで死にたい」――実は日本人の7割が自宅で最期を迎えたいと希望していることをご存じですか?
最前線で活躍する総勢22名の医師をはじめとした終末期医療の専門家への取材をもとに人生の最終段階を自宅で過ごすための方法をまとめた『在宅死のすすめ方 完全版 終末期医療の専門家22人に聞いてわかった痛くない、後悔しない最期 』より、Q&Aの一部を抜粋してお届けします。
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ひとり暮らしの在宅死は年々増加
Q)ひとり暮らしでも在宅死を選ぶことができますか?
A)ひとり暮らしでも在宅死を選ぶことは、もちろん可能です。実際に、ひとり暮らしの在宅看取りは年々増加していますし、今後も増えていくとみられます。
ひとくちにひとり暮らしといっても、いくつかのパターンがあります。ひとつ目は、娘や息子、きょうだいなどの身内がまったくいないパターンです。2つ目は、身内はいるけれども、いっさい助けが得られないパターン、3つ目は、娘や息子、きょうだいなどが近隣、あるいは遠方に住んでいて、本人が身の回りのことができなくなったときに一時的に同居するなどの助けが得られるケースです。
意外かもしれませんが、本人が在宅死を望んだ場合に実現しやすいのは、最初の身内のいないひとり暮らしの人、あるいは身内がいても関与を拒んでいるケースです。訪問診療、訪問看護、介護保険サービスなどを組み立て、場合によっては近所の人や友人などにも協力してもらい、本人の希望を叶えるにはどうしたらよいのか考え、それを実行に移せばいいからです。身内のいないひとり暮らしの人なら、家族が介護に疲れて施設に入れようとしたり、急変したときに家族が慌てて救急車を呼んでしまうということも起こりません。
・独居でも在宅死を実現できる条件とは?
ひとつは、本人と身内が現在の病状をきちんと認識していて、在宅看取りを希望していることです。もうひとつは、本人や身内が、息を引き取る瞬間にひとりであることを受け入れられることです。たとえ家族が同居していても、そばに誰もついていないときや就寝中に息を引き取るというのはよくあることです。
在宅医療、ヘルパーによる訪問介護などを受けている方が、誰もいないときに息を引き取っても、それは孤独死ではありません。意識レベルが落ちてしばらく経ってから亡くなるので、孤独を感じることもないでしょう。
娘や息子、きょうだい、遠い親戚も含めて、「ひとり暮らしなのに最期まで家で過ごすなんてとんでもない」「孤独死するなんてかわいそう」などと言い出しそうな身内がいるのなら、現在の病状や在宅看取りがどういうものなのか、在宅医などに説明してもらっておくようにすると、認識が共有できます。 (医療法人社団悠翔会理事長/診療部長 佐々木淳医師)
在宅に帰りたいなら早めに主治医へ伝える
Q)病院の主治医に「最期は在宅にしたい」と伝えても大丈夫ですか?
A)もちろん、自分の気持ちを正直に主治医に伝えて構いません。今は主治医がひとりですべての決定をし、意に沿わないことは行わないという時代ではありません。患者さん自身が在宅へ帰りたいという希望があり、家族が受け入れられるならば、主治医はなんとかしてその希望を叶えようとするでしょう。
ただし残された時間があまり多くない場合、ゼロから準備するとしたらためらうかもしれません。在宅医療に必要な介護保険の申請や在宅医を探すだけで1〜2週間があっという間に過ぎてしまうからです。
在宅に帰りたい希望があるのならば早めに主治医へ伝えましょう。主治医に言いにくいときは看護師でも大丈夫。今はチームで医療を行うことが主流ですから、主治医が不安を抱いても、看護師や薬剤師、MSW、緩和ケアチームなどのサポートによって、在宅に帰ることができたケースはいくらでもあります。さまざまな職種の中から、自分の味方になってくれる医療者を見つけておいて希望を伝えておけば安心でしょう。 (川崎市立井田病院・かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科医長 西智弘医師)
Q)在宅治療に大変興味がありますが、病院と比べてクオリティが心配です
A)どのような治療を指しているかにもよるのですが、基本的に病院ではできるけれども家ではできない治療というものはほとんどありません。今は在宅医療を専門に行っている薬局なども出てきているので、本来であれば病院で行うような薬の調製を薬局で行い、在宅に配達することも可能です。よほど特殊な機械を使わなければ生命維持ができないというケースを除き、在宅だからできないことはほとんどないでしょう。在宅に帰れるかどうかを決めるのは、治療よりむしろ「家族が受け入れられるかどうか」がポイントです。
例えば在宅でも点滴はできますが、体に点滴がつながった状態で患者さんが帰ってくることに対して、家族が尻込みしてしまうケースはよくあります。そのようなときに私たち緩和ケアチームは、患者さんにとって本当に必要な医療は何かを考えます。なぜなら病院内ではどうしても濃厚な治療を行いがちですが、終末期のQOLを考えるうえで、どこまでの治療が必要かは患者さんの価値観によって大きく異なるからです。 (西智弘医師)
自宅で医療用麻薬の量を減らせる患者も
Q)がんの痛みは強いと聞くけど、在宅で本当に大丈夫ですか?
A)もちろん大丈夫です。むしろ、自宅へ帰って自由に過ごせることの精神的な効果なのか、病院にいたときよりも医療用麻薬の量を減らせる患者さんもいるくらいです。また、がんの痛みはかなりつらいというイメージがあるかもしれませんが、病気が進行してもそれほど痛みが強く出ない人もいます。2割くらいの患者さんは、末期になっても医療用麻薬は必要ありません。たとえ、かなり強い痛みや息苦しさなどがあっても、緩和ケアの知識と経験のある在宅医や看護師などによるケアを受ければ、自宅で生活できますし、穏やかな最期を迎えることが可能です。
特に、がんの患者さんに対する痛みの軽減については、在宅看取りの実績のある在宅医や訪問看護師の多くが、そのケアの仕方に関する知識や経験を持っていると考えてよいと思います。痛みやつらさは我慢せずに、在宅医や訪問看護師などに伝えるようにしましょう。 (佐々木淳医師)
Q)モルヒネや医療用麻薬を使うのが不安なんですが……
A)モルヒネや医療用麻薬に対して、「中毒になるのではないか」「死期を早めるのではないか」と心配し、「最後の手段」というイメージを持っている患者さんは少なくありません。中には、「うちの親にモルヒネを使うなんて安楽死させる気か」と怒り出す家族もいるくらいです。
しかし、モルヒネなどの医療用麻薬を使ったからといって、死期が早まったり中毒になったりすることはありません。「安楽死させる薬」や「最後の手段」というのも誤解です。早期がんの痛みの治療にも使いますし、命にはかかわらない帯状疱疹による神経痛にも非常に効果の高い薬です。
モルヒネは命を縮める薬ではない
アメリカの在宅ホスピスチームががんの痛みを軽減するために435人の患者さんに投与したモルヒネの量と生存期間を分析した結果では、むしろ、モルヒネの投与量の多かった人たちのほうが長く生きたとの結果が出ています。命を縮める薬ではないですし、痛みを軽減して残された人生を有意義に過ごすために必要な薬なのです。
(出所)国際麻薬統制委員会(INCB)の統計より
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・痛みの治療に使う「医療用麻薬」は依存症とは無縁
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身体的な痛みの軽減には、モルヒネ以外にもさまざまな医療用麻薬を使います。「麻薬」と聞くと依存症や犯罪を連想しがちですが、痛みのない健康な人が麻薬を使うと脳の中で「ドパミン」という快楽物質が働き、短期間で中毒症状が出て、薬が切れると不快な症状が出るようになります。
ところが、これまでの研究の結果、痛みのある人に医師の指示に従って適切に医療用麻薬を使ったときには、このドパミンは働かず、麻薬中毒になる心配はほとんどないことがわかっています。日本では、欧米に比べて医療用麻薬の使用量が少なく、痛みを軽減する緩和ケアが適切に実施されていない恐れがあります(図1)。医療用麻薬は体の痛みや息苦しさを減らすために不可欠な薬であることを知っていただきたいと思います。 (長尾クリニック院長 長尾和宏医師)
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提供元:日本人は「在宅死」の尊さを意外にわかっていない|東洋経済オンライン