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2021.09.16

ワクチン接種が行き渡った後に避けられない難題|医療提供体制を拡充できなければ多方面に悪影響


高齢者向けのワクチン接種はかなり行き渡り、あとは若い世代の接種率をどれだけ上げられるかだ(写真:Soichiro Koriyama Bloomberg)

高齢者向けのワクチン接種はかなり行き渡り、あとは若い世代の接種率をどれだけ上げられるかだ(写真:Soichiro Koriyama Bloomberg)

2021年9月8日に開催された新型コロナウイルス感染症対策分科会で「緊急事態措置解除の考え方」が発表された。

「緊急事態措置解除の考え方」 ※外部サイトに遷移します

緊急事態宣言の解除基準

これは、緊急事態宣言の発出や解除について、感染状況と医療提供体制の負荷の両面を考慮していたものを、主に医療提供体制の逼迫を重視していくことに転換することを示したものだ。高齢者のワクチン接種が進み、感染者の中心が若年層になってきたため、感染者の多くが軽症者や無症状者になってきたことを反映している。また、有効な治療薬が普及し始めたことも感染者数から医療提供体制の逼迫度を重視するようになったことの理由である。

日本でのコロナワクチン接種の開始は、アメリカやヨーロッパ諸国と比べると遅かった。しかし、高齢者への接種が開始された5月以降、職域集団も加わり、ワクチン接種率は早いペースで上昇した。9月10日時点で、1回以上接種した人は61.9%、2回接種完了者は49.8%に達している。さらに、65歳以上の高齢者に限ってみると、2回以上接種した人の比率は87.8%と約9割になっている。

7月半ばから感染力が強いデルタ株が主流になったため感染者数が大きく増加したが、8月末から感染者数が減少してきた。ワクチン接種率の上昇効果もあるとみられる。この間の感染拡大は、高齢層でワクチン接種が行き渡っていたため、それまでの感染拡大と異なり、中年層や若年層での感染拡大だった。

この年齢層でもワクチン接種は進んでいたが、デルタ株の感染力が上回ったために、未接種者の間での感染が広がったのである。中年層における重症化率は、高齢層よりも低いが、感染者数が大きく上昇したために、重症者の絶対数も増え、首都圏を中心に医療提供体制が逼迫したのが8月の状況だった。

9月になって新規感染者数の減少が続いている。2021年夏の感染拡大が落ち着き、希望者にワクチン接種が行き渡った後、新型コロナウイルスの感染はどのようになるのだろうか。今後も緊急事態宣言は発出されるのだろうか。

ワクチン接種が希望者に行き渡った後

ワクチンの接種が希望者に行き渡った場合でも、日本の接種率は90%を超えることはないと予想されている。65歳以上の高齢者でワクチン接種率が約90%であるので、それ以下の年齢層ではもっと低くなるだろう。

9月3日に開かれた「新型コロナウイルス感染症対策分科会(第7回)」では、京都大学の古瀬祐気特定准教授が、「新型コロナウイルスワクチン接種後の社会における感染拡大」と題した今後の感染予測を発表した。平均で接種対象年齢の75%程度が接種すると考えて、デルタ株の感染力を基本再生産数が5と想定し、ワクチンの効果を感染予防が70%、入院・重症化予防が90%という想定だ。

その結果、感染は主にワクチン非接種者の間で続くため、私たちがコロナ以前の生活に戻って、まったく感染対策をしなかったとしたら1回の流行である150日間で累積死者数が10万人を超えるという。

これは、2020年4月15日に当時、厚生労働省の新型コロナクラスター班に属していた現・京都大学教授の西浦博氏が記者会見で、「人と人との接触を8割減らさないと、日本で約42万人が新型コロナで死亡する」という予測を発表したものと本質的には変わらない。ワクチン接種率が75%になったとすれば、免疫がない人たちは日本人の4分の1なので、西浦氏が予測したときと比べてワクチン接種が終了した後、コロナで死亡する人たちも42万人の4分の1になり、10万人強となるという試算だ。

ただし、古瀬氏によれば、私たちの感染対策のレベルを2021年の1月から2月頃のイベントの開催制限や飲食店の時短営業程度にすると、150日間の累積死者数は1万人程度に減り、その水準は毎年インフルエンザによる死者数と同じくらいになる。

ワクチン接種してもこのような状況というのは悲観的だ。どうすればいいだろうか、古瀬氏のシミュレーションによれば、ワクチンの接種率を80%程度まで引き上げることができれば、ほとんどの人がマスクをして3密を避ける生活を続けることで150日間の累積死者数は1万人程度にまで減らせる。ワクチン接種率を引き上げれば、感染対策のレベルを下げても死者数を増やさないですむのである。

「新型コロナウイルスワクチン接種後の社会における感染拡大」 ※外部サイトに遷移します

一定割合のワクチン非接種者が感染するまで感染が続く

ワクチン接種率が90%にならない限り、ワクチン非接種者を中心に感染拡大が続き、医療逼迫が発生するため、何度か緊急事態宣言が発出されることになる。最終的には、一定割合のワクチン非接種者が感染するまで、感染が続くということになる。

つまり、1回の流行での死者数は緊急事態宣言で抑えることはできるが、流行が何度も続き最終的な死者数は対策の程度ではあまり変わらない。

行動制限による感染対策を強化することで、1回の流行による死者数を減らし、長期にわたってゆっくりワクチン非接種の間での感染を拡大させていくことのメリットは、医療提供体制の負荷を避けられることに加えて、将来、優れた治療薬が開発されて死者数を抑えられる可能性があることだ。一方で、行動制限による感染対策を強化することで、人との交流が失われたり、教育の効率性が低下したりといった弊害も発生する。

古瀬氏のシミュレーションでは基本再生産数をデルタ株では5という数字を標準的なものにしている。基本再生産数は、感染対策をしていないときに、感染者1人が何人に感染させるかという数字になる。

しかし、日本では新型コロナウイルスが入ってきたときには、すでにある程度の対策がされていたので、本当に対策をしていないときに、日本の社会でどの程度の感染力があるかについては、はっきりわからない。

例えば、後で詳しく紹介する早稲田大学政治経済学術院の久保田荘准教授が9月7日に発表した「感染と経済の中長期展望」によれば、日本の過去の感染データと整合的なデルタ株の基本再生産数は3.9だと推定している。

もし、日本におけるデルタ株の基本再生産数が5より小さい数であるならば、少し感染対策をするだけで、150日間の累積死者数はかなり下げられる。また、古瀬氏のシミュレーションは、感染状況によって人流変化などの自発的な感染対策がまったく行われないという想定なので、実際よりも感染者数や死者数が多めに計算される。

「感染と経済の中長期展望」 ※外部サイトに遷移します

経済学者のシミュレーション

経済学者からも、ワクチン接種完了後の長期の見通しが提示されている。東京大学の藤井大輔特任講師、眞智恒平氏、仲田泰祐准教授らのチームは、8月31日に「ワクチン接種完了後の世界:コロナ感染と経済の長期見通し」と題した研究結果を発表し、東京都の過去の経済活動、人流、感染状況の関係を標準的な感染モデルで分析して、5年間の予測をしている。

その結果、ワクチン接種率を75%、デルタ株の基本再生産数を5と仮定した場合は、5年間で東京都だけで約9000人の死者が発生する。もし、基本再生産数が4であれば、東京都の5年間の累積死者数は約7000人になる。死者数は、いずれの場合でも緊急事態宣言を何度発出するかには実はあまり影響しない。それは、緊急事態宣言によって感染拡大のペースを遅くすることはできるが、最終的にはワクチン非接種者の間で感染し、その中の一定の比率の方が残念ながら亡くなってしまうからである。

つまり、優れた治療薬の登場を含めた医療提供体制が現状のままであれば、新型コロナによる死者数はワクチン接種率に依存するのであって、緊急事態宣言で感染のペースを遅くすることはできても、総死者数にはあまり影響しないのである。藤井氏らのチームでは、ワクチン接種率が85%のケースも分析しているが、その場合は、5年間の東京都での累積死者数は5000〜6000人程度に減少する。

一方、彼らは緊急事態宣言に伴う経済的損失も示している。緊急事態宣言を1回発出することで約5兆円の損失になり、緊急事態宣言を4回発出すると10兆円にまで損失が拡大する。緊急事態宣言を発出しないですめば3兆円の損失ですむ。

「ワクチン接種完了後の世界:コロナ感染と経済の長期見通し」 ※外部サイトに遷移します

緊急事態宣言を何度発出するかは、医療提供体制をどの程度拡充するかに依存する。現状のままだと、最低でも2回、多いと4回は、これからも緊急事態宣言が発出されることになる。医療提供体制が現状の2倍以上になれば、緊急事態宣言の発出の可能性がかなり低くなる。ワクチンの感染予防効果が低くなると、緊急事態宣言の回数は多くなる。

ここで、重要なのは、医療提供体制が現状のままだと、ワクチン接種が終了した後も緊急事態宣言の発出が避けられないが、新型コロナによる死者数は大きくは変わらないということだ。緊急事態宣言の回数が多くなれば、その分、経済的な損失が大きくなる。経済的な損失は、失業者を増やし、自殺者を増やすという意味で命に関わる。

9月7日に東京大学大学院経済学研究科のチーム(シカゴ大学・Quentin Batista氏、東京大学・藤井大輔特任講師、仲田泰祐准教授)が発表した「コロナ禍の自殺:年代別・性別の分析」によると、失われた余命の長さで測ると、コロナ禍での超過自殺者の失われた余命の合計は18万年、コロナ感染症で死亡した患者の失われた余命の合計は16万年となる(2021年7月末現在)。

行動制限などによる自殺のインパクトは感染症による死亡者と同等またはそれを超えるのである。また、貧困が増えると、子供の教育にも影響する。一時的に、医療提供体制を充実できれば、緊急事態宣言の発出を減らし、若年者の自殺や子供の教育への悪影響を和らげることができる。

一方で、新型コロナウイルス感染症による死者数は大きくは変わらない。彼らのシミュレーションから読み取れるのは、ワクチン接種率を引き上げることが重要で、ワクチン接種率が一定水準のままであれば、コロナ感染によって亡くなる方の人数が大きく変わらないことである。一方、医療提供体制を拡充することで、緊急事態宣言の発出回数を減らすことができる。

「コロナ禍の自殺:年代別・性別の分析」 ※外部サイトに遷移します

感染リスクで行動変容する人間を考慮

古瀬氏の予測では、人々は感染リスクとは無関係に感染対策のレベルを決めていると想定されていた。藤井氏らのチームの研究結果は、緊急事態宣言などで政府が経済活動のレベルを決めて、人々の人流がそれに応じて変動するという想定で分析されていた。

しかし、現実には、人々は感染リスクが高いと認識すると、自発的に外出を抑えて感染対策を強化する。そうした人々の合理的な行動をモデルに取り入れて、感染と経済の関係を明らかにしたのが前出の久保田氏の分析である。

基本的な分析結果は、他のシミュレーションと似ている。80%の人がワクチンを接種しても集団免疫は難しいので、今後も重症者数が多い状況が続き、医療逼迫は1年以上続くという。

ただし、緊急事態宣言が必要になるほどは重症者が増えることがないのが、他のシミュレーションとの違いである。それは、人々が、感染者数の増加に伴い外出を控えるために、感染者の増加がある程度抑えられるからである。

この分析では、ワクチン接種率が90%に高まれば、感染が収束する可能性を示している。また、久保田氏もワクチン接種が終了した後の緊急事態宣言の意味は、感染の先延ばしにすぎなくて、死亡者数を減らすことには貢献しないということが示されている。

政策の選択肢

3つのシミュレーションの結果をもとにすれば、ワクチン接種が行き渡った後、私たちの政策の選択肢は、極端に言えば、次の2つである。

(1) 医療提供体制を現状のままにして、緊急事態宣言の発出を繰り返す(あるいは自発的な行動抑制を続ける)

(2)医療提供体制を拡充して、緊急事態宣言の発出を最小限にする

どちらの場合でも新型コロナ感染症による累積死者数は大きく変わらない。必要とされる医療提供体制の拡充は永久に必要なものではなく、数年で終わるものである。東京都墨田区で行われたような医療機関の役割分担や連携強化で改善可能なことが多いのではないか。

緊急事態宣言や行動制限によって、新型コロナウイルス感染症による累積死者数を減らすことはできないが、自殺者数を増やし、教育・訓練の質・量の低下により子供や若者の将来所得を低下させてしまう。それなら(2)の政策のほうが望ましいのではないだろうか。

ワクチン接種が終了する前の時点での緊急事態宣言には、感染拡大を遅くすることで、ワクチン接種を間に合わせ、感染によって重症化し、死亡される方を減らす効果がある。しかし、ワクチン接種が終わった後の緊急事態宣言には、この効果は存在しない。

緊急事態宣言による感染拡大を遅くすることで、治療薬が開発されて、助かる命が増えるという可能性もある。一方で、感染拡大が遅くなることで、ウイルスが変異株に置き換えられて、より重症率が高くなる可能性もあれば、その逆の可能性もある。

事態を改善させる根本的な方法は、ワクチン接種率をできる限り引き上げることである。ここで紹介した3つのシミュレーションで共通のメッセージは、65歳以上の高齢者と同じように、どの年齢層でもワクチン接種率が90%まで高まれば、医療提供体制の逼迫も緊急事態宣言の発出の可能性も小さく、私たちはほぼコロナ以前の日常を取り戻すことができるというものだ。

新たな変異ウイルスの出現、新薬の開発などの不確実性はあるが、当面は医療提供体制を充実することと、ワクチン接種率を引き上げることが最も優先すべき政策ではないだろうか。

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提供元:ワクチン接種が行き渡った後に避けられない難題|東洋経済オンライン

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