2021.08.26
「いつかは無料」が覆された高速料金のこれから|五輪中「首都高1000円上乗せ」は序の口なのか
現在、1320円である首都高の上限料金は2022年4月から1950円に引き上げられる見込み(写真:Caito / PIXTA)
猛暑とコロナウイルス感染拡大の中で開催され、閉幕を迎えたオリンピック「東京2020大会」。この開催期間中、大会の円滑な運営のためにさまざまな交通規制が行われた。
とりわけ注目を集めたのが、首都高速道路の都心部で行われた通行料金の一律上乗せ(6~22時:マイカー等1000円)と、深夜の割引(0~4時:全車種5割引)だ。
開催直前に開会式も含め、ほとんどの会場で無観客での開催が決まったのに「なぜ、こうした規制が必要なのか」という意見があった中で、深く検討した形跡もなくこの「ロードプライシング」(料金の変動で通行量をコントロールする施策)は、ある種の社会実験的な意味合いも帯びながら実行された。
「首都高速1000円上乗せ」を知らせる表示板(浮島入口付近にて筆者撮影)
その詳細な検証はこれからだが、首都高の通行量は間違いなく減り、渋滞の回数も大きく減少したことは日々の交通情報でも伝わってきた。
五輪閉幕の翌日に警視庁が発表した速報では、『渋滞の距離と時間を掛け合わせた「渋滞長時間」について、新型コロナウイルス流行前の2019年7月と8月のそれぞれの平日、土曜、日曜祝日の1日平均と、期間中の各日を比較した結果、首都高では17日間すべてで減少し、減少率は68~96%』となっており、かなりの減少であったことがわかる。
しかし、料金所の閉鎖や車線規制により、首都高に乗る際に渋滞や混乱を引き起こしたことも、間違いない。
筆者は大会期間中のある日、東名高速道路を走って深夜0時すぎに東京料金所に戻ったが、通常でも0時からの深夜割引の適用を受けたいトラックなどが殺到するのに加えて、直前の車線の一部が規制されていたことで、いつにもましてひどい渋滞に遭遇した。
五輪担当相が首都高の入り口閉鎖の影響で時間厳守の閣議に遅刻したというニュースも、この施策の影響をわかりやすく伝えるブラックジョークのようなトピックスであった。
また、当然の結果として、並行する一般道も渋滞を引き起こしており、普段なら渋滞しない神奈川1号横羽線と並行する通称「産業道路」の大師橋で、この期間は何度も渋滞に遭遇するなど、筆者自身もこうした体験から大きな影響を実感した。
首都高の通行料金はこれからどうなる?
今回は、イベントに合わせて通行量をコントロールする“料金の変動施策”であったが、国土交通省は今後、こうしたロードプライシングを渋滞の緩和策として、本格的に導入する方針を打ち出した。
すでに休日午後の中央自動車道上りの小仏トンネル付近や東京湾アクアラインなど、渋滞が恒常化している路線の名前が、導入予定箇所として挙げられている。
ロードプライシングは海外でも行われているが、中心部へのクルマの流入を課金によって制限し、公共交通機関に利用者を誘導する施策が中心だ。
もちろん、渋滞区間の利用車両の分散化は必要な施策ではあるが、いま国土交通省が考えているのは、渋滞時間における通行料金の値上げであり、その時間にどうしても利用しなければならない人にとっては、コスト増につながる。
渋滞が緩和されるからといってその値上げを受け入れてもらうには、さまざまな配慮が必要であろう。
仮に土日の夕方に値上げされるとすると、東京湾アクアラインを通勤に使っている筆者が休日出勤した場合、帰りはその時間を別の道路に迂回することもしづらく、結果として支出の増加になる。
実際、東京湾アクアラインは土日の夕方になると川崎方面で渋滞が頻発する(筆者撮影)
生活上、その時間帯に利用せざるをえない人にとっては、渋滞の緩和というメリットを差し引いても、簡単には受け入れられない可能性があるだろう。
高速道路の無料開放も先送りに
首都高は現在、激変緩和措置として行っている普通車の上限1320円を、来年4月から1950円に引き上げるなど、料金改定の方針を発表している。
この金額もまだ暫定措置であり、最終的に激変緩和措置がすべて撤廃されれば、首都高の最高料金は3000円近くになるだろう。ほかの有料道路との料金の整合性はとれるかもしれないが、一部の利用者にとっては大幅な値上がりになる。影響も大きいであろう。
こうした中で7月下旬、国土交通省の有識者会議「国土幹線道路部会」が、中間答申案として「高速道路では今後、弾力的な料金施策を行うとともに、2065年までに高速道路を無料にする」という従来の方針を撤回し、「年限を定めない」という案をまとめた。
「いつかは無料」と考えられていた高速道路は「いつまでも有料」かもしれない、と考え方を変えなければならないほどの大きな方向転換である。
高速道路の料金については、無料の国もあれば有料の国もある。永年無料が売り物だったドイツのアウトバーンは、1995年から「道路に負荷がかかるという理由」から大型トラックなどで有料化が実施された。環境整備のためのやむをえない理由だといえるだろう。
ドイツのアウトバーン(筆者撮影)
高速道路は基本的な社会インフラだという視点からは「無料が望ましい」との意見が出るのは当然である。しかし、日本は国土が狭く、保有台数も2021年5月末のデータで約8228万台(自動車検査登録情報協会調べ)と多いことから、高速道路を無料にすれば、クルマが殺到し渋滞が増すことは容易に想像される。
かつて2009年から2年ほど、休日に普通車などを対象に高速道路の通行料金の上限を1000円にするという施策が行われたのを覚えている人もいるだろう。
このとき、旅行需要の喚起などそれなりの経済効果はあったものの、全国で渋滞の発生時間がほぼ2倍、東名と名神では3倍となるなど、激しい渋滞が起きた。もし無料となれば、こうした渋滞への対策をしておかなければ、さらに激しい渋滞を引き起こす可能性が高い。
鉄道やSDGsも考慮したバランスのいい施策を
また、高速道路の全国への広がりは、都市間高速バス網の充実をもたらし、地方のJR衰退の一因となっている。道路に多額の公的資金が投入される一方で、もともと民間である私鉄はもちろんのこと、民間企業となったかつての国鉄、現在のJR各社も「独立採算」が基本だ。
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コロナ禍で鉄道会社の経営がさらに苦しくなっている中、高速道路の料金が引き下げられたり、はるか先ではあるが無料になったりしたら、鉄道各社の経営はさらに厳しくなるだろう。
ヒトやモノの移動にかかる「経費」は、利用者の便益だけでなく、さまざまな交通機関のバランス、さらにはSDGsの視点を入れ込んだエネルギー効率など、多様な視点で議論する必要がある。
日本の高規格道路の通行料金のありようについては、生活に直結するだけに、一部の有識者や業界の声だけでなく、広く利用者や関係する当事者の声も聴きながら、議論を続けてほしいと願う。
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提供元:「いつかは無料」が覆された高速料金のこれから|東洋経済オンライン