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2021.08.04

仕事人間の中年ほど傷病を機に「うつ」に陥る理由|失ったアイデンティティを取り戻すのは難しい


たった1度の病気でアイデンティティ喪失の危険がある(写真:kuppa_rock/istock)

たった1度の病気でアイデンティティ喪失の危険がある(写真:kuppa_rock/istock)

中年期のたった1度の病気や怪我を機に、うつなどの精神疾患に陥る人がいます。いったい、その人の心の中では何が起きているのか? 精神科医の熊代亨氏による新刊『何者かになりたい』より一部抜粋・再構成してお届けする。

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「何者かになりたい」という気持ちを心理学の言葉で言い換えると、「アイデンティティを獲得したい」とほとんどイコールになります。「アイデンティティ」とは「自分はこういう人間である」という自分自身のイメージを構成する、一つひとつの要素のことだと思ってください。

学生を例に出すなら、それは自分が通っている学校かもしれませんし、長続きしているバイト先とそこのメンバーかもしれません。特定のアイドルグループや作家がアイデンティティになる人もいるでしょう。

思春期に比べると、中年期は自分自身の構成要素、つまりアイデンティティが安定します。仕事も人間関係も趣味も安定していることが多く、そうした安定した時期を子育てや後進の指導に費やす人もたくさんいます。自分自身のアイデンティティをどうこうするには向いていないとしても、自分以外の誰かを育てるにはなかなか適した時期です。

中年になったからといって「何者かになりたい」という気持ちが完全になくなるわけではありません。「本当はもっと凄い肩書きや、アチーブメントを手に入れたかった」という気持ちを抱えながら働いている中年、「本当はこんなはずじゃなかった」と思っている中年もたくさんいます。

思春期に手に入れたかった自分自身の構成要素と、実際に中年になって手元に揃っている自分自身の構成要素のギャップの大きな人、いわば思春期に未練を残している中年にとって、そういう「何者かになりたい」問題のぶり返しは、無視できるものではありません。

思春期をやり直そうとする中年

時に、そうした中年が唐突に思春期のやり直しのような行動をとることがあります。中年期も半ばになった頃に、人生の最後の輝きとばかり、今までの仕事をやめて自分がしたいことに全力を尽くす人、パートナーや家族を捨てて若い愛人のもとに向かってしまう人などがその例です。穏当な場合には、脱サラの成功者という形をとることもあります。

若い人から見て、そうした中年の“暴走”は奇妙なものに見えるかもしれませんが、私にはなんとなくそうした気持ちがわかる気がします。思春期に比べると、中年期は人生の残り時間の短さと過ぎてしまった時間の大きさを意識せずにいられない時期です。健康が少しずつ損なわれ、社会的な立場や役割も変化していくなかで、「自分が何かに挑戦できるチャンスがあと何回ぐらいあるのか、そもそもこれが最後のチャンスではないか」と意識させられる場面がたくさんあります。

「思春期だって残り時間は強く意識する」とあなたはおっしゃるかもしれません。確かに私もそう思っていました。実際問題、高校3年生の夏は一度きりですし、就活の旬の時期も一度きりなわけですから。

ではなにが違うのかというと、可能性の有無でしょうか。中年期から見た思春期は、高校3年生の夏が一度きりでも大学になればまた夏が来て、就活の旬の季節が過ぎてもチャンスのある時期です。

何者かになれる可能性、人生のページの余白がたっぷり残った時期でもあります。ところが中年の身の上には、何者かになるための時間や若さがありません。人生のページの余白もだいぶ少なくなっているのです。「今は何者でもなくても、将来はまだ決まっちゃいない」という言い訳も、中年にはできません。

人生のページの余白が乏しくなった中年が、自分の人生をやり直せるかもしれない最後のチャンスらしきものに出会ったとき、それを素通りするには努力が必要になります。

自分自身の構成要素のうちに納得しかねる部分を持っているなら、とくにそうでしょう。社会的な立場も含め、すでにアイデンティティの構成要素となるものを持っている中年が思春期のやり直しのようなことをすると、それが社会的生命にとって命取りになることもあり、しかもやり直しがききません。それでも清水の舞台から飛び降りてしまう中年の心理は、一種独特の境地と言わざるを得ません。

アイデンティティの危機に陥る危険も

中年が自分自身の構成要素を失ってしまうのはかなりの痛手です。たとえば私は昔からゲームやアニメを愛好しているのですが、近年は徐々にゲームの腕が衰え、最新のアニメの作風にもギャップを感じるようになりました。しかし、私にはゲームやアニメ以外にもアイデンティティの構成要素があるうえ、それらがまったく楽しめなくなってしまったわけではないので、痛手というほどではありませんでした。

しかし、もし私自身の構成要素がゲームやアニメ以外にはなかった場合、私は自分のアイデンティティがごっそり抜け落ちたような感覚に陥って、「アニメ愛好家やゲーム愛好家としての自分自身ではいられなくなったら、自分はもう何者でもないじゃないか」と、アイデンティティの危機に陥ってしまったことでしょう。

精神医療の現場では、こうした中年期のアイデンティティの危機がうつ病などの精神疾患へと発展してしまった患者さんをしばしば見かけます。

よくあるパターンのひとつは、仕事や事業に時間や情熱を尽くしてきた人が、なんらかの理由で仕事や事業を続けられなくなってしまった場合です。この場合、収入や外聞といった世間的な問題に加えて、自分自身のアイデンティティの大部分を占めていたものを失ったあとでどうやってそれを再構築するかという、難しい問題に迫られます。

これが思春期の人なら、まだ時間の余裕があり、社会的にも再就職や再就学のチャンスも多く、そもそもアイデンティティが形成途上なのでやり直しがしやすいでしょう。しかし、時間の余裕がより少なく、一度アイデンティティができあがってしまった中年がそれをやり直すのはなかなか大変です。

またもうひとつ、精神医療の現場で馴染み深いのは、生まれながらに健康でバイタリティに満ちた社会生活を送っていた人が、初めての病気で同じ生活を続けるのが難しくなってしまい、自分自身のアイデンティティも維持できなくなってしまった果てに、精神疾患へと発展してしまうケースです。

健康でバイタリティに満ちた社会生活を続けていた人は、しばしばそのバイタリティにふさわしい社会活動を実践し、人間関係もしっかりつくっています。アイデンティティの構成要素は多種多彩なことが多く、他人がうらやむような人生を過ごしている人も珍しくありません。また、これまで活発で健康だったことから、自分自身の構成要素として「健康な自分」というイメージをしばしば持っています。

ところが、癌や脳梗塞などの大きな病気を経験し、そのバイタリティに陰りが生じると、このような人はアイデンティティの危機に直面してしまいます。

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アイデンティティの構成要素が多種多彩であることは、基本的には望ましいことです。ゲームとアニメだけがアイデンティティの構成要素である人と、それらに加えて仕事や家庭や地元の草野球チームがアイデンティティの構成要素である人を比べるなら、後者の方がゲームやアニメに頼りきりになりにくく、それらが楽しめなくなったとしてもアイデンティティの危機に陥るリスクはあまりありません。

「自分はもう何者でもないのではないか」

しかし、バイタリティ頼みにたくさん活動し、たくさん人間関係を築いていた人がそのバイタリティを失ってしまうと、まさにその多種多彩なアイデンティティを支え切れなくなってしまいます。小さい頃から揺るぎなかった「健康な自分」というイメージまで失い、そのうえ精神疾患まで患ってしまうと、再出発は簡単ではありません。

中年期はもう、自分自身の構成要素を探し求める時期というより、すでに何者かになった・なってしまったあとの時期です。それだけに、せっかく手に入れ、十分に馴染んだアイデンティティの構成要素を失ってしまったときの再出発はなかなか大変です。

そうして、思春期とはまったく違った形で「自分はいったい何者なのか」という問いがよみがえったり、「自分はもう何者でもないのではないか」という疑いが生まれることがあるのです。

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提供元:仕事人間の中年ほど傷病を機に「うつ」に陥る理由|東洋経済オンライン

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