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2021.07.15

「最強の身体」目指す人々が余りに多くなった必然|ストレスフルな社会を生き抜く唯一の拠り所


不安定で不確実な世の中を確かに生きていくためにも、まさに「身体が資本」なのだ(写真:jhphoto/PIXTA)

不安定で不確実な世の中を確かに生きていくためにも、まさに「身体が資本」なのだ(写真:jhphoto/PIXTA)

最強の筋トレ、最強の食事、最強の睡眠、最強の瞑想……かつてないほどセルフケア、セルフコントロール市場が盛り上がりを見せている。

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経済産業省の試算によれば、ヘルスケア産業の市場規模は、2016年に約25兆円だったものが2030年には約40兆円に拡大する見込みだ(平成29年度健康寿命延伸産業創出推進事業調査報告書)。

前記報告書において健康保持・増進に働きかける「知」の分野でとくに拡大が期待される商品・サービスは、ヘルスケア関連アプリとなっており、アプリ市場の成長・成熟に伴う拡大が予測されると指摘したとおり、デジタルヘルス市場はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などのグローバル企業を交えた覇権争いに突入している。

従来と異なる意味を持ち始めた私たちの身体

冒頭に挙げた見覚えのあるキャッチコピーの数々は、高齢化と健康意識の高まりを背景にした近年の消費者ニーズ以上に、私たちの身体が従来と異なる意味を持ち始めていることを表している。

トップエグゼクティブの健康指導を行う世界的に人気のヘルスドクターであるアイザック・H・ジョーンズが「健康というスキル」という言い方をしていることが象徴的だ。彼が最近、元プロサッカー選手の石川勇太と執筆した食事術に関する著書では、「食事を変えることで自分のパフォーマンスを最大化させ、仕事の生産性を高めると同時に、ウイルスや感染症に負けない免疫力を身につけることになる」と銘打っている(『THE EAT 人生が劇的に変わる驚異の食事術』扶桑社)。

ここには、私たちの身体が「健康資本」とも言うべき資産的価値を付与されると同時に、ストレスフルな社会を生き抜いてゆくための唯一の拠り所となっている現実が示されている。

かつて社会学者のアンソニー・ギデンズは、自己の振る舞いの根拠となるものが絶えず検証と修正にさらされ、「なぜこのような生活習慣を選んでいるのか」といった問いから無縁ではいられないことが現代の特徴とした。これをギデンズは、個々人の身体に関して「自分自身の身体をデザインする責任を負うようになった」と表現した(『モダニティと自己アイデンティティ 後期近代における自己と社会』秋吉美都・安藤太郎・筒井淳也訳、ハーベスト社)。

生活設計とライフスタイルの選択肢の採用の両者ともが、(原則的に)身体体制と統合させられる。この現象を、変化していく身体的外観の理想(スリムさとか若々しさのような)といったものとみなしたり、広告の商品化力によってもたらされたものとかとしてのみ理解することは、きわめて的外れである。私たちは自分自身の身体をデザインする責任を負うようになったのであり、(略)私たちは社会環境がポスト伝統的なものになればなるほど、そうするように強制されることになるのである。(前掲書)。

ポスト伝統的な秩序の下では、「根本的懐疑の原理が制度化されており、そこではすべての知識は仮説のかたちを取らざるをえない」(同上)。つまり、身体の健康についていえば、どのような運動や食事などが適切なのかという専門的な知識はつねに更新されており、しかもエビデンスに基づく多様な理論が飛び交っている。いかなる理論も現時点ではという留保が必ず付くのである。

そのような不確かさが時代の進展とともに高まるにつれて、私たちは「自らの心身をうまく調整し、コントロールすること」がますます重要になってくるというわけだが、これはさまざまな人間関係のサービスへの置き換えを含む生活の市場化と、それに伴う消費者的な思考の広範囲への浸透も影響を及ぼしている。

真に安住できる場所が「身体だけ」に

家族や友人、仕事や報酬といった事柄が本質的に不安定なものとなり、短期的な見通ししか立てられず、重大なトラブルに見舞われた際に支援を期待できないものに変貌しつつあることが、私たちにとって真に安住できる場所が「身体だけ」になりうる状況をもたらしているといえるのだ。

社会学者のジグムント・バウマンは、「消費社会では、身体は究極の価値ということになっている。身体の状態が良好であることは、どんな生活上の営みにおいてもつねに至上目的である」と述べ、「身体は、生活世界においてほかに比するもののない独特の地位を与えられた」と主張した(『リキッド・ライフ 現代における生の諸相』長谷川啓介訳、大月書店)。

身体の不安を減らし、身体を心地よくすること。あるいは身体の可能性を引き出し、身体の価値を高めることが、未来を切り拓くための最も大切な「資源開発」と化すのである。FX、投資信託、外貨預金などといった資産運用と同様に、健康という資産の最大化を目指す「身体運用」が必須となる。

脳や神経系統、筋肉、胃腸などの臓器、細菌類までが、このようなロジックに基づいて再編成されるのである。また、何か1つの分野に特化して身体の最適化を図ろうとする傾向があるのは、企業も個人も総じて効率的に潜在能力を掘り起こす必要性に駆られているからだ。

例えば、世界トップクラスのアスリートなどの睡眠管理を行ってきた「スポーツ睡眠コーチ」のニック・リトルヘイルズは、「私のメソッドを生活に取り入れた人は、私にも本人の目にも明らかな、大幅な改善がみられる。気分がよくなり、回復力が高まり、そして何よりも大切なパフォーマンスのレベルが向上する」(『世界最高のスリープコーチが教える 究極の睡眠術』鹿田昌美訳、ダイヤモンド社)と言う。

筋トレと自己啓発的な効果を結び付けた言説

セルフケア、セルフコントロール関連の書籍の多くが宣伝文句に「最高のパフォーマンス」と付言しているのは、脳や神経系統、筋肉、胃腸などの臓器といったものを掌握し、活性化することに、人生を成功に導くカギがあるとの考えがあるからだ。事実、ここ10年だけでも筋トレと自己啓発的な効果を結び付けた言説が少なくない。先述の『THE EAT』では、「仕事の活力もみなぎって」「年収は1年で2倍になりました」という40代の実践者の声を紹介している。

その昔、成功法則といえば、引き寄せの法則などニューエイジ的なものが定番だったが、健康の科学が政治においても経済においても支配的になるに従って、筋トレ、食事、睡眠、瞑想……といったより身体的なものにフェーズが移ったのである。

日々無意識に行っている習慣を膨大な調査研究の成果などから得た知見を踏まえて見直し、それがこれまでのルーティンに根本的な変化をもたらす起爆剤となり、人生自体をよりよいものにする――以前であれば運やツキといったゲン担ぎ的な心構え、ポジティブシンキングのような精神論に頼っていた、ある種の霊性ともいうべき領域が、脳や神経、筋肉、胃腸などという身体部位のポテンシャルという形態に隠された霊性に取って代わったとみることができるかもしれない。

つまりそれはまだ日の目を見ていない潜在的なエネルギーの土壌であり、未知の可能性を秘めていたものなのである。あたかもシェール層にある石油や天然ガスのように健康や富の源泉を掘り起こすというわけだ。

確かに1つの臓器やバイオリズムを改善するだけで人生そのものが大きく変わるかもしれないのであれば吉報だ。とりわけそれが睡眠障害などといった当事者の悩みの種であった場合はなおさらだろう。最も重要なのは、人生をコントロールしているという確かさが感じられ、気分を上向きにできるという点にある。「身体は究極の価値」であるがゆえに、ささいな不調といったトラブルが、精神衛生上の危機につながりやすくなる。

「良好な身体状態」が拠り所に

高いパフォーマンスを発揮できる健康という高度から失速してしまわないためには、危機管理の観点から不断のメンテナンスが欠かせないというわけであり、そのような身体運用に努めている限りは大惨事が回避できると考える。これによって社会全体を覆っている不確実性の感覚を縮減することができる。まさに「身体の状態が良好である」ことが信頼できる救命ボート、ライフジャケットのような存在として機能するのだ。

私たちはひょっとすると、加速する消費サイクルや関係性の希薄化によって、モノやヒトに依存することが現実的ではないと早々に諦め、「身体という最後の泉」から霊験あらたかなパワーを汲み尽くすことに希望を託しているのかもしれない。そこからえも言われぬ快楽や深い叡智が湧き出して来るのだと……。

まるで古代の錬金術における仙薬作りのような気配すら感じられる、健康資本の価値増殖を図ろうとする試みは、将来に備える資産形成と同じく、リスク管理が個人に重くのしかかる時代の趨勢と不可分であり、もはや誰もがこのような構図の中で多かれ少なかれ身の処し方を決めざるをえないことの表れの1つなのだ。

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提供元:「最強の身体」目指す人々が余りに多くなった必然|東洋経済オンライン

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