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2021.06.11

「ステージ4のがん」看護師が選んだ新しい生き方|職場と家族を巻き込み「仕事が趣味」を貫く


ステージ4のがんと診断された女性がその後選んだ道とは?写真は入院前日に次女と撮った一枚(写真:松本さん提供)

ステージ4のがんと診断された女性がその後選んだ道とは?写真は入院前日に次女と撮った一枚(写真:松本さん提供)

国立がん研究センターの統計によると、2016年にがんと診断された約100万人中、20歳から64歳の就労世代は約26万人。全体の約3割が、働く世代で発症しているということだ。

だが、治療しながら働く人の声を聞く機会は少ない。仕事や生活上でどんな悩みがあるのか。子どもがいるがん経験者のコミュニティーサイト「キャンサーペアレンツ」の協力を得て取材した。

今回は4年前、47歳でステージ4のがんと告げられた松本みゆきさん(51)のケースを取り上げる。

「キャンサーペアレンツ」 ※外部サイトに遷移します

肺腺がんのステージ4で、胸膜播種(肺をふくむ胸膜にがんが広がっている状態)、胸水も溜まっている――。

松本さんがそう診断されたのは2017年6月のことだ。肺がんは4つの種類に大別でき、肺腺がんはその1つ。喫煙の有無に関係なく、若い女性も発症するのが特徴。松本さんも病名への戸惑いを振り返る。

「煙草も吸ったことがない私が肺がん?って、当初は半信半疑でしたね。でも、病気の重大さはじゅうぶんに認識していました。一緒に診断結果を聞いてくれた助産師の長女も、言葉には出しませんでしたが、たぶん『肺腺がんのステージ4=死』と連想していたと思います」

告知を受けた後、娘たちと話したこと

告知を受けたのは、助産師である長女が勤務する鳥取大学医学部附属病院だった。その後、2人でランチを食べた。

「長女から『家のこと、わかるようにしといてよ』と、淡々と言われたのをよく覚えています。おかげで私にもまだ小学生の次女がいるし、お金や家のことなど、自分が動けるうちにやるべきことをやらないと、娘たちを路頭に迷わせることになる、という気持ちに切り替わりました」

急がねばという気持ちになったのは、自分に残された時間がどれだけあるのか、わからなかったせいだ。長女は仕事柄もあるのか、告知後に感情的になることは一切なかった。

その数日後、松本さんは自宅で長女とこんな会話を交わした。

「お母さん、どうしたい?」

「いやぁ、最期は、病院は嫌だ、家がいい」

「でも酸素吸入器が必要になると、火の近くでは使えないから、この部屋がいいよね、ベッドはこっち向きだね」

「そうね。ベッドは借りられるから、買わなくていいよ」

このときも事務的な会話ばかりで、ドラマチックな場面は一切なし。

「でも、今思うと、長女が医療職でよかった。必要なことだけを、冷静に話せましたから。私も子どもたちの前では一度も泣かずに済みましたし」

残り時間が見えないことがむしろよかった。

次に気になったのは仕事のことだ。鳥取県米子市にある、医療法人養和会で看護師として働く松本さんは、廣江智理事長の元に報告に行った。

ところが、廣江理事長の言葉は意外なものだった。

「家に一人でいるといろいろ考えてしまうだろうから、体調がよければ、入院までは月曜から金曜まで今まで通りに働いて、週末は家族と過ごしてリフレッシュしなさい」

松本さんは、心の中で「子どもたちと過ごせる」とつぶやいた。当時の松本さんは、重症認知症患者デイケア(通いで専門職によるリハビリを受ける施設)の係長職。この業務をステージ4で務めるのは難しく、仕事を後任に引き継がなくてはいけないだろうと思っていたからだ。

継続勤務を進めた上司の思い

一方、継続勤務を勧めた廣江理事長の真意はどこにあったのか。

「松本さんは前向きで向上心のある人。病院のリーダーの1人になってほしいと期待しています。彼女に限らず、どの職員が病気になっても、できるだけ戻ってきてほしいという願いもあります」(廣江理事長)

養和会は病院だけでなく、障害者の就労支援や介護施設を運営する社会福祉法人も持つ医療法人。病気や障害を得ても、社会に戻っていけるように支援するのが使命だとも補足した。

これが建前などでは決してないことは、松本さんも含め、現在5名が仕事とがん治療を両立していることからもうかがえる。世知辛い世の中で、こんな経営トップがいる職場は働く人たちにとっても心強い。

米子市の広報誌に取材を受ける松本さん(写真提供:松本さん)

米子市の広報誌に取材を受ける松本さん(写真提供:松本さん)

長年の同僚である田村遵子看護部長(53)は、松本さんを前向きな頑張り屋だと話す。

「今まで20年以上の付き合いですが、松本さんは仕事に関して『できない』と言ったことがない人。できないことでも、どうすればできるのかを常に考えて前に進んでいこうとするんです。年齢が近いこともあり、職場では常にライバルでもありましたね」

准看護師から正看護師になるために、お互い40歳を過ぎてから女子大生になり、仕事を続けながら学び、その資格を同時に取得した間柄。先の「ライバル」という言葉に、互いに切磋琢磨してきた軌跡もうかがえる。病名を知った後、田村さんは家族のように泣いてくれた一人。

松本さんは入院中に投与された分子標的薬が効いて、約2週間で退院。約3週間後の2017年8月中旬には職場復帰し、薬の服用を続けながら今も働いている。

従来の抗がん剤は、正常な細胞とがん細胞両方にダメージを与えるので
つらい副作用が出ることも多い。

一方の分子標的薬も、広い意味では抗がん剤の一つ。だが、がん細胞の増殖などをおこなう特定の分子だけを狙い撃ちにする。そのために高い治
療効果が期待でき、正常な細胞へのダメージも少ない。吐き気などの副作用も、従来の抗がん剤と比べて少ないと言われる。

松本さんは薬でがん細胞の増殖を抑えられたおかげで、切除手術もせずに済んでいる。2018年3月には、前任者の退職によって認知症疾患治療病棟の課長にも昇進。さらに翌年春、法人全体の教育担当課長に抜擢された。

がん経験者同士がつながれる活動を展開

その後、松本さんは新しい取り組みをスタートする。がん患者同士が集まって語り合えるサロンを相次いで2つ発足させたのだ。

まずは2020年1月に、通院先である鳥取大学医学部附属病院のがん相談支援センターの協力の下、40代の子育て世代が集まれる「さくらカフェ」を作った。

患者サロン「あさがお」第1回の模様(2020年7月)右端の医師は、養和病院の副院長(写真:松本さん提供)

患者サロン「あさがお」第1回の模様(2020年7月)右端の医師は、養和病院の副院長(写真:松本さん提供)

同年7月には、勤務先の医療法人の支援を受けて、患者サロン「あさがお」も発足。こちらは就労から退職世代まで40、50代が中心だ。

きっかけは、松本さんががん患者の団体であるキャンサーペアレンツ(CP)の大阪でのオフ会に参加したこと。故・西口洋平代表らと出会い、子どもを持つ同病者と実際につながることで、松本さん自身が元気と勇気をもらえたからだ。

「前者は、子育て世代の孤立感の解消と、その悩みなどをお母さん同士で情報交換できれば、と考えました。後者は『あさがお通信』を月1回発行中です。会員から寄稿記事や宝物の写真を送ってもらい、がんになっても自分を表現できる居場所になればと思っています」(松本さん)

どちらも今はオンラインで活動中だが、彼女はがん経験のある医療従事者の自分だからこそできることだと考えている。

松本さんは身近にいる医療者から親身な支援を受けられた。主治医は勤務先の医師ではないが、以前からの顔なじみ。ステージ4でも継続勤務させてもらえる幸運にも恵まれた。その恩返しでもある。

一方、がん患者には仕事と治療の両立を図ろうとしても職場の理解を得られなかったり、身近に医療従事者がいなくて、不安になったりしている人たちがいることを知っているためだ。

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「私が職場やCPで得られた『つながり』による安心感と生きる力を、2つのサロンを通して、皆さんに少しでも感じてもらえたらなと思います」

そう話す松本さんは、がんになる前から前向きな人間だったが、さすがに「患者サロンを始めます!」というタイプではなかったと明かす。

「ですがステージ4と宣告され、『本当に死ぬかもしれない』と追いつめられ、娘たちへ遺書まで書いてみて気づいたんです。このままやりたいこともせずに後悔したくない、もっと自分らしく生きたい!って」

いのちの反発力が背中を押していた。

「仕事が趣味」の母親から娘たちが学んだこと

治療開始1年後に次女と大山登山を楽しむ松本さん(写真:松本さん提供)

治療開始1年後に次女と大山登山を楽しむ松本さん(写真:松本さん提供)

実は、松本さんは治療入院する前日まで仕事をしていた。それほど自他ともに認める仕事好き。27歳の長女と13歳の次女からも「お母さんの趣味は仕事でしょう!」と、発症前から言われていた。

反面、自分の背中を見て、娘たちが育っている手応えもある。

「長女が助産師を志したのは、私が15歳下の次女を産み育てる様子を、ちょうど思春期に目の当たりにしたからなんです。自分もそうして育てられてきたと気づき、多感な年頃になって減り気味だった母娘の会話も、次女の育児をきっかけに増え始めましたし」

助産師の長女は、家庭では弱音を一度も口にせず、大学医学部附属病院で頑張って働いている。

がんと告知された翌年に娘たちから送られた誕生日プレゼント(写真:松本さん提供)

がんと告知された翌年に娘たちから送られた誕生日プレゼント(写真:松本さん提供)

中学2年生の次女は、小学6年生の夏の自由研究で、肺がんについて調べて、「お母さん、ヤバかったんじゃん!」と改めて驚いていた。

小学校の卒業文集には、「患者さんや家族を支えて笑顔を広げる看護師か、お姉ちゃんのような助産師になりたい」と書き、担任教師から「患者さんだけでなく、家族のことまで考えている点が素晴らしい」と褒められた。

「私に起きた出産やがんという出来事を通して、2人の娘たちがそれぞれに何かを学びとってくれたのは、よかったなぁと思います。そうやって子供たちが成長してくれていることが、私の宝物ですね」(松本さん)

がん告知から約4年。内服薬の副作用で味覚障害があり、果物やヨーグルトを苦く感じたり、皮膚に湿しんが出たりはする。だが、仕事をするうえでの障害はとくにない。

肺腺がんになってよかったとは思わない。

だが、好きな仕事では新たな責任を与えられ、娘たちの成長や、同病者の方々とつながることで広がった関係までふくめれば、すべてが悪かったわけではないと松本さんは思っている。

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提供元:「ステージ4のがん」看護師が選んだ新しい生き方|東洋経済オンライン

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