2021.03.03
日本も無視できず「EUでワクチン遅延」の大問題|域内生産しているにもかかわらず接種率が低い
EUではワクチンの供給が遅れ、接種が進んでいない(写真:ブルームバーグ)
河野太郎規制改革担当相によれば、日本の最新の新型コロナウイルスのワクチン入手に関して、アメリカの製薬大手ファイザー製のワクチンが今年6月末までに高齢者全員が2回打てる分量を各自治体に供給できるとしている。ただし、欧州連合(EU)の承認次第だと付け加えた。
6月末とは東京五輪・パラリンピックを控えた国とは到底思えない遅さだ。世界的に見て感染者数や死者数が少ないとはいえ、五輪開催への日本政府の本気度が海外からはまったく見えない。
一方、日本のワクチン確保のカギを握るEUも、ワクチン接種は進んでおらず、批判の声が上がっている。
ファイザー製ワクチンの供給に遅れ
EUは2020年6月にコロナ対策の新制度を設立。加盟国に代わり、EUがワクチン購入の交渉をすることになった。これは交渉コスト削減と加盟国間の争奪戦を回避するためだった。加盟国はこの制度に参加する義務はないものの、全27加盟国が参加することを選択した。
EUはファイザーとドイツのビオンテックが共同開発したワクチンやアメリカのモデルナ製ワクチン、イギリスのアストラゼネカ製ワクチンをそれぞれ契約している。
ところが、ファイザー・ビオンテック製ワクチンについては、ファイザーがベルギー工場の能力を増強する間、配送が一時的に減少し、契約どおりの供給ができなくなった。さらにファイザーは契約順に供給するとして、契約が遅れたEUは後回しにされた。
EUは契約違反と批判したが、ファイザー側は、納期は努力目標にすぎないと反発し、いまだに両者はかみ合っていない。フランスのサノフィがファイザー・ビオンテック製ワクチンの製造支援に手を挙げたものの、製造態勢を整えるのに夏までかかるという見通しを明らかにしている。
ファイザー・ビオンテック製だけではなく、モデルナ製ワクチンにも供給に問題が発生し、フランスとイタリアでは予想を下回る供給しか受けられていない。加えて、英アストラゼネカ製ワクチンもベルギーとオランダの工場での生産が遅れており、供給は不足状態だ。
実は、今年1月にEUを離脱したイギリスは、EU域内で製造しているアストラゼネカ製ワクチンを最優先に入手している。EUはおひざ元で製造されるワクチンが注文通りに供給されないことにいらだち、EU製造ワクチンをEUの承認なしに域外に持ち出せない輸出規制をかけた。
例えば、日本国内にワクチンの製造工場があるにもかかわらず、そのワクチンが韓国や台湾、東南アジアに優先的に供給されれば、日本国民は不快感を持つだろう。EUの規制は当然ともいえる。
ところが、この輸出規制は思わぬところでイギリスとの摩擦を生んだ。イギリス領北アイルランドとアイルランドの国境に定められたアイルランド議定書に抵触したのだ。
アイルランドと国境を接するイギリス領アイルランドは、ブレグジット後も物流でEUのルールに従うことで国境検問の復活を回避している。ワクチンの輸出規制で検査が必要になれば、国境検問復活につながるとしてイギリス政府は猛反発した。
EU域外への輸出差し止めの懸念も
EUは2月25日の首脳会議で新型コロナの問題を集中協議し、製薬会社からのワクチン供給が契約より大幅に削減されている問題について、「企業はワクチン生産の予測可能性を確保し、契約上の納期を守らなければならない」とあらためて訴え、安定供給するよう企業側に圧力をかけた。
さらにフォンデアライエン欧州委員長は「必要なワクチンを確保するためにEU製ワクチンの域外輸出を禁止する措置は取らないことにしたが、EUとの契約に背くような域外流出の監視を続ける」と説明した。
つまり、ファイザー・ビオンテック製やアストラゼネカ製のワクチンがEUの署名した契約の量を満たしていない現状を考えれば、実質的には製薬会社の輸出差し止めを警告できるという理屈になる。EUを離脱したイギリスにとっては不満だ。
これは日本も無視できない。冒頭の河野規制改革担当相の「ワクチン輸入はEU次第」という発言を踏まえると、日本にも調達の不確実性があることを示している。そうなると今度は交渉力が物をいうことになり、製薬会社とEU双方に日本政府がどれだけ交渉できるかに供給は左右される。
ここで浮かび上がるのが、ワクチン接種にスピード感のあるイギリスと遅れるEUとのギャップだ。イギリスがファイザー・ビオンテック製ワクチンを承認したのは11月で、ワクチンの安全性を確認するEUの欧州医薬品庁(EMA)が承認した3週間前だった。
アストラゼネカ製に関しても、イギリスでは昨年12月30日に1週間で承認したが、EUの承認はその1か月後の1月末だった。ワクチン獲得スピードの遅延で、ドイツのビルト紙は、メルケル独政権に対して「予防接種のカタツムリ」とノロノロぶりを揶揄している。
EUの官僚主義に原因
EUのワクチン接種の遅延には、ワクチン承認の厳格さと煩雑な承認プロセスが大きく影響していることは否定できない。ただ、イギリスのワクチン専門家は、EMAのアストラゼネカワクチンの承認基準は、イギリスの基準と変わらないことを明かし、単にEUの官僚主義による承認の事務的遅れが影響していると指摘している。
また接種の実施に関しても、EUは事情の異なる27カ国間の調整に手間取っている。これもやはりEUの強烈な官僚主義が原因の1つだ。それを嫌って離脱したイギリスの接種が、圧倒的なスピードで進んでいるのは当然ともいえる一方、EUは激しい争奪戦の敗者となりかねない。
イギリスは、ワクチンを少なくとも1回接種した人の人口に占める割合は2月26日時点で29%とイスラエルに次ぐ世界2位だ。イギリスに住む筆者の友人家庭は、同居中の30歳の息子を含め、全員が1回目の接種を済ませ、2回目ももうすぐだと言う。それに対して、EUでは最も接種人数が多いデンマークで7.1%、ドイツ4.6%、フランス4.3%と圧倒的に低い。
EUによるワクチン供給の遅れに業を煮やし、独自に調達を始めた加盟国もある。日頃から独裁統治と独自路線でEUから批判されるオルバーン・ヴィクトル首相率いるハンガリーは、中国の製薬会社シノファームが開発した新型コロナウイルスワクチンを2月16日に入手し、接種を始めた。
というのも、加盟国はEUが合意していないワクチンメーカーとの個別交渉が許可されている。ハンガリーはロシアのスプートニクVワクチンの購入にも同意している。スペインもロシア製ワクチンを拒まないとしている。
ワクチンに対する不信感も
接種遅延には、ワクチンへの不信感の広がりもある。例えば、今年1月、EUの医療規制当局は、すべての年齢層にアストラゼネカワクチンを使用することを承認した。それにもかかわらず、フランス、ドイツ、イタリアを含む多くのEU諸国の規制当局が、65歳以上の人々に使用すべきではないと勧告したことで、ワクチンへの不信感が高まった。
フランスのマクロン大統領は、アストラゼネカ製ワクチンは高齢者には効果がないと発言。アストラゼネカ社は「なんの科学的根拠のない発言」と強く批判し、発言は撤回されたものの、一度広まった噂は今も影響を与えている。
イギリスではワクチンに関する情報開示を随時行い、透明性を高めるだけでなく、不必要なネガティブ情報を流さないようメディアが気を付けている。一方、EUのメディアは科学的根拠のないネガティブ情報も流す。
EUの官僚主義を一朝一夕に変えることは難しい。とはいえ、今回の新型コロナのような、人の生命がかかっているときのリスク対応という点では、大きな足かせとなっている。
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