2020.12.14
コロナワクチンに期待しすぎるのは危ない理由|上昌広「別の対応を取ることも念頭に置くべき」
日本人はワクチンに対する信頼が国際的に低いのだが、その背景には国家への根深い不信がある(写真:Geber86/iStock)
新型コロナ治療薬とワクチンはどこまで期待できるのか。コロナ発症後の治療薬としては富士フイルム富山化学のアビガンや米国ギリアド・サイエンシズ社のレムデシビルなどの名前が挙がっており、発症予防薬としてのワクチンについては、欧米中ロ各国が莫大な費用と人材を投入して開発競争に血道を挙げてきた。
アビガンについては、富士フイルム富山化学が10月16日、厚生労働省に製造販売の承認を申請した。安倍晋三前首相自らが5月の記者会見で「今月中の承認をめざしたい」と明言していたものだが、治験参加者が想定通り集まらず、ようやく申請の運びになったものだ。
治験(臨床実験)には156人が参加、アビガンを服用すれば解熱や肺機能の改善が進みPCR検査の結果が陰性になるまでにかかる日数の中央値が11.9日で、偽薬を飲んだ患者より2.8日短くなった、という。決して多くはない治験数と2.8日という改善短縮期間を総合的にどう評価するか。
アビガンはもともと、動物実験で胎児に奇形が出るおそれがあるとわかっており、妊娠中やその可能性のある女性らには使えないという限界もある。
また、日本でコロナ治療薬として特例承認されているレムデシビルについても、WHOが10月15日、WHOが主導する世界30カ国の病院での国際的な治験結果として、他の3薬と共に患者の死亡率や入院期間を減少させる効果が「ほとんどないか、全くなかった」という暫定的な研究結果を発表した。
3薬は、「インターフェロンベータ 1a」と、すでに治験停止を明らかにしていた「ヒドロキシクロロキン」、「ロピナビル・リトナビル」。いずれも、マラリアやエイズウイルス(HIV)など、もともとは他の疾患やウイルスに対する治療薬として開発されたもので、新型コロナへの効果が期待されていた。
これらの動きをどう見たらいいのか。「感染症ムラ」に忖度せず、世界の最先端研究を吸収する東大医学部卒の臨床医・上昌広氏へのインタビューを綴った『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』の一部を抜粋、再編集してお届けする。
『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
メガファームは世界中を転々として治験を展開
――レムデシビルとかアビガンは本当のところ、治療薬としてどの程度期待できるのでしょうか?
上 昌広(以下、上):
コロナ治療の特効薬というのはありません。有効性が確認されたと言われたレムデシビルでさえ、WHOの国際的治験では効果がほとんど見られない、とされました。そもそも説得力のある治験結果を出すためには、膨大な数の患者さんが必要です。だから世界のメガファームはあたかも漁師のように患者がいるところを目指して世界中を転々とするんです。中国のワクチンメーカーが南米で大々的に治験をやったりしています。
アビガンの富士フイルムはそんなノウハウを持ってませんよね。国内で少数しか治験していないのに承認を出す。こういうことが、将来的に信頼を損ねていきます。実際に効くかどうかわからず、効かない薬を効くと言いかねないからです。富士フイルムが国内で実施している治験は、登録患者数が156例で、単盲検(プラセボを用いているものの、医師には自分が担当する患者がアビガンかプラセボのどちらに割り付けられたかわかる)、かつ軽症者を対象にしています。
医学的に信頼性が低く、かつ重症者に使えなければ、薬の意味はありません。実は、富士フイルムはクウェートでも臨床試験を実施しています。その治験デザインは日本とは全く違います。重症者を対象としており、二重盲検で、目標症例数は780例です。日本でのアビガンの治験は、厚生労働省もグルになった承認ありきの出来レースと考えています。これでは世界から信頼されません。
――ワクチンはどうですか? 直近のニュースでは、アメリカのファイザーとドイツのビオンテックがワクチン候補の臨床第3相試験の中間解析結果として、90%を超える予防効果が確認されたと発表(11月9日)しました。ファイザーはアメリカのRDA(食品医薬品局)に緊急使用許可を申請しました。
上:
ファイザーの中間解析は大きな一歩です。ただ、あくまで中間解析であること、および、感染者を減らすだけなので、果たして重症者を減らすことになるのか、不明です。コロナ感染の多くは無症状で、重症化するのは高齢者や持病をもった人たちです。1人の医師として75歳の糖尿病患者にワクチンを勧めるかどうかは微妙なところです。ワクチンは、持病のある高齢者ほど免疫がつきにくく、副作用が出やすいからです。もし本当に効いて副作用がなければ、コロナは解決するわけですが。
それから、ファイザー社のmRNAワクチンは、マイナス60度以下での保管が必要です。このような冷蔵庫は普通の医療機関にはありません。日本はファイザーから購入することを決めていますが、国内での接種体制をどう構築するか検討が必要です。
――その他のケースはいかがですか?
上:
WHOによると、2020年9月9日現在、35種類のワクチンが臨床試験に入っていて、このほか、145種類が前臨床の研究段階にある、とされています。
8月11日、ロシア保健省は、国立ガマレヤ研究所が開発したウイルスベクターワクチン「スプートニクV」を承認したと発表し、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、各地の保健当局に対して、11月にコロナワクチンの接種を開始できるように準備するように指示しています。
ただ、ロシアが作ったワクチンに関しては、イタリアの研究者たちがロシアのワクチンの臨床研究を掲載した英の「ランセット」誌にデータが合わないと反論を送ったところ、ロシアの研究者は回答しない、と表明したということでした。こういうことでは世界の信頼を得ることができません。ロシア以外のワクチン開発についても、第3相試験(治験の第3段階)の結果が出るまでは実際に使い物になるかどうかはわかりません。
途中で開発が中断したケースも
――途中で開発が中断したケースもありました。
上:
9月にはイギリスのアストラゼネカ社が実施しているコロナワクチンの治験で、横断性脊髄炎と考えられる重大な副作用が生じ、治験が中断しました。このワクチンは、コロナウイルスがヒト細胞に侵入するのを助けるスパイクタンパク質をコードする遺伝子を、風邪の原因となるアデノウイルスに移植したものです。強い炎症反応が生じるため、海外の治験では1日4グラムのアセトアミノフェンを併用することが推奨されていました。私はこの4グラムというのが気になります。この薬剤を日本で処方する際の使用量は通常、成人では1.0~1.5グラムだからです。
4グラムというのは、最大許容量であって、高齢者や小児に処方する量ではありません。これだけの解熱剤を使わなければ、接種に伴う炎症反応をコントロールできないということは、すごい炎症反応が起きるワクチン、とても強いワクチンということなんです。当然副作用や合併症のリスクが高くなってくると言わざるをえない。恐らくワクチンで開発に成功するのはごく一部で、しかも時間がかかることが予想されます。
――はっきり言えば、あまり期待できないということですか?
上:
コロナワクチンの効果以前の問題もあります。免疫性と再感染の問題です。最近になってコロナの再感染が、複数報告されています。8月末にアメリカのネバダ大の医師たちが報告した25歳男性の症例は要注意です。この症例は、4月に初感染し、その48日後に2回連続で陰性と判断された後、6月に再度、陽性となりました。感染したウイルスはシークエンスされ、4月と6月のウイルスゲノムの間には有意な遺伝的不一致があったことがわかっています。
注目すべきは、再感染時の症状です。詳細は不明ですが、初回感染より、再感染のほうが重症だったというのです。つまり、実際に感染しても十分な免疫がつかないことを意味しています。これは季節性コロナウイルス(新型でない)の免疫に関する報告とも一致します。
9月14日、オランダの研究チームが、イギリスの「ネイチャー・メディシン」誌に発表した研究によれば、季節性コロナに罹患しても、半年程度で感染防御免疫はなくなり、4種類の季節性コロナのうち、ある1種類の季節性コロナに罹っても、ほかの季節性コロナの感染は防御できなかった、というのです。新しいコロナと言えどもコロナの一種なので、ワクチンの効果は極めて限定的なものになる可能性が高いと思います。
一冬に何度も風邪をひくという経験とも合致
皆さんが一冬に何度も風邪をひくという経験とも合致する話です。現時点で、ワクチンの開発成功に過大な期待は抱かないほうがいい、と考えるのはこれらの事例があるためです。意外とこういうことが国民に伝わっていません。日本もいつまでも、ワクチンさえできれば万々歳という調子で議論をしていてよいのでしょうか。もしかしたらワクチンはできないかもしれない。それならば、別の対応を取らなければいけない、ということも念頭に置くべきです。
――それにしても日本人にはワクチン待望論が強い。
上:
統計的にはそうでもないようですよ。WHO、国連が出したデータの中で世界で一番ワクチンを信頼していない国は日本と出たんです。興味深いデータでしょう。ワクチンを信頼していないという回答が日本以外の国で多かったのはドイツやフランスでした。戦敗国、戦勝国の差はありますが、共通点はあの第2次世界大戦で辛酸を嘗めた国々です。70歳代、80歳代の戦争経験者では特に信頼度が低くなっています。これをどう考えるか。
――上さんはどう思われる?
上:
ワクチンに留まらない問題が背景にあるような気がします。国家に対する信頼度全般の問題です。戦争体験からくるものです。日本の場合は、後から振り返ればとても勝てるわけがないとわかっていた戦争になだれ込み、開戦の翌年からはもう負け戦になっていたにもかかわらずそれを大本営発表で誤魔化し、本土空襲でほとんど国民を守ることができなくなるまで闘い続け、最後は2つの原爆投下で完膚なきまでに敗北しました。その戦争責任問題が日本人の手によってしっかりと総括されたかといえば自信がありません。
国民の深層心理にそのことによって刻み込まれたもの、つまり、国家への不信が、さまざまな局面で出てきているような気がします。もちろん、国家側もその不信を解消させようと、戦後いろいろな手を打ってきました。
例えば、国民皆保険制度というものがあります。1961(昭和36)年にスタートしたものですが、その基盤となった国民健康保険法は岸信介政権の1958(昭和33)年に成立しています。確かに、日本が誇るべき仕組みではありますが、戦後に国が国民に対して謝罪したという見方もできるんです。戦勝国であった米国にはない制度です。同じ戦勝国でも戦闘の直接被害を受けた欧州にはある制度です。
戦争で生き残った人たちは国家を強く警戒していた
――戦争による国家不信という深層心理の問題です。ワクチンへの信頼度の低さにもそれが現れている、ということですね。他にもありますか?
上:
ある財務省事務次官経験者と話していた時に感じたものがあります。彼は主税畑の人でしたが、こう言っていました。戦争体験のある父親が「国を信頼してはいけない」と死ぬまで言っていたが、税を取る立場になってそれがよくわかったと。皆保険もやってきたし、所得税もずっと下げてきた。だけど、増税になるとそうはいかない。大平正芳政権の一般消費税、中曽根康弘政権の売上税……と消費税を上げようと思うと、内閣が倒れた。何度倒れたことか。まだまだ許してもらえていないんだなと。
『日本のコロナ対策はなぜ迷走するのか』(毎日新聞出版) クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
国家の信頼というのはとても大切だ、と言っていましたが、なるほどと思いました。昭和30年代から40年代はまだまだ戦争が身近にあった時代で、戦争で生き残った人たちが社会の中枢を占めていました。この世代は国家のやることに対して強い警戒心を持っていました。だから、池田勇人首相とか田中角栄首相の時代は、財政拡大型の政策しか取れなかったんだと思います。逆に言えば、国家への信頼度の高い国では消費税も高いですね。北欧がそうです。コロナの被害も欧州の中では軽いほうでした。
――ワクチン開発はあまり期待できない。開発されても再感染の問題がある。国民の信頼度もまた高くない。となると、集団免疫のスウェーデン方式が浮上してきます。
上:
スウェーデンは、国民との一体化が行き過ぎたケースでした。むしろ、適切な防御をしなかったということになります。極端な集団免疫は国民を不安に陥れます。高齢者には死のリスクが高いからです。そこが経済活動に負のウエートをかけます。スウェーデンはコロナ死者数、経済成長で、隣国であるノルウェーやフィンランドに圧倒的に負けることになります。
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:コロナワクチンに期待しすぎるのは危ない理由|東洋経済オンライン