2020.11.25
副作用のリスクでも高齢夫婦が治験を受けた訳|製薬メーカーは急ピッチで供給体制を整える
各製薬メーカーはワクチン開発を急ピッチで進める。(写真:AP/アフロ)
新型コロナウイルスの第3波が懸念される中、アメリカの製薬企業のモデルナは16日に同社が開発中のワクチンが94.5%の有効性がある、という暫定分析結果を発表した。さらに、アメリカの製薬大手のファイザーも18日、開発中のコロナウイルスワクチンについて、95%の有効性が示されたと発表した。ワクチン供給への期待が高まっている。
とりわけ高齢者の重篤化リスクが高いと指摘されている新型コロナウイルス。今年の夏から始まった、ある製薬メーカー(以下、B社)の治験に参加している70代の夫婦を取材した。
「承認されていないワクチンの接種に不安はあったけど、高齢者の私たちは新型コロナに感染するほうが怖い。社会貢献にも自分のためもなると治験参加を決めた」
関東在住の田中さん(仮名、70代)は夏からB社の治験に参加し、2回接種を受けた。
志村けんさんの死が参加のきっかけに
田中さんは高血圧など複数の健康リスクがある。高齢者や持病のある人の重篤化・死亡リスクが高いとワイドショーで連日報道されるのを見て不安が募った。同世代の志村けんさんが亡くなった3月末にはスーパーに出かけることさえ怖くなり、夫婦で引きこもっていたという。他県に住む孫に会えなくなったことも、治験参加のきっかけになった。
「いつもなら年末年始、春休み、夏休みと1週間ほど一緒に過ごせるが、今年は年明けから孫の顔が見れていない。緊急事態宣言が解除されても、私が関東在住のために遠くの孫に会えない状況が続いている」
コロナに感染したら家族と面会もできず、亡くなっても葬式すらまともにできないかもしれない。夏に知人から治験参加者の募集情報を聞いたとき、「コロナで死にたくない、ワクチンの副作用のほうがまだ耐えられる」と考え、年下の妻と一緒に参加を決めた。
田中さんが最初に指定クリニックを訪れた際に、B社のワクチンの治験であることや、副作用の可能性と補償制度、被験者の意志で自由に治験を中断できることを説明された。
渡された資料には「18歳から55歳の健康な被験者」と「健康な高齢者」が同数治験に参加すると書いていたが、田中さんによると「通院で一緒になったのは中年男性の被験者が多く、私はかなり高齢のほうだった」という。
B社のコロナワクチンは別のウイルスに新型コロナの遺伝子物質を搭載して投与し、免疫反応を促す仕組みだ。
被験者は秋に入ってから接種を受け、その後1週間はスマートフォンのアプリから健康状態を報告する。さらにおおむね週に一度のペースで通院し、抗体検査、血圧・体温測定とともに医師の診察を受ける。
承認されるまでどちらを受けたかわからない
その後2度目の接種を受け、同じようにアプリから健康状態を報告したり、通院する。秋の間に10回通院し、2021年の春と秋に再度診察を受け、トータル約1年、計12回の通院で治験が終了するとのことだった。通院1回ごとに1万円の負担軽減費が支払われる。
治験コーディネーターからは、ウイルスへの免疫を確実につけるため2回接種すると説明された。田中さんが最初の通院で知ったのは、ワクチンの安全性などを検証するため、被験者のうち75%が臨床試験中のコロナワクチンを、残り25%はプラセボ(生理食塩水)を接種されることだった。被験者は無作為に2つのグループに分けられ、ワクチンが承認されるまでどちらが接種されたか知ることはできないという。
その日、田中さんは健康診断とPCR検査・抗体検査を受けた。PCR検査は唾液を20cc採取する方式で、「なかなか出なくて5分ほどかかった」という。田中さん夫婦は後日、PCR検査は陰性で抗体も持っていないとの連絡を受け、秋に入ってから1回目の接種を受けた。
ところが国外におけるコロナワクチン臨床試験で被験者に副作用の疑いが確認されたことを受け、B社は治験を中断。
田中さんにも治験コーディネーターから連絡が入り、新規の治験は中断することと、田中さんのようにすでに1回目の接種を受けている被験者も中断できると伝えられた。
田中さん夫婦は迷うことなく治験継続を選んだ。接種後も体調は安定しており、「通院を続けていたほうが、何かあったときにすぐ相談できてむしろ安心だと思った」という。
結果的にワクチンと被験者の神経症状の関連は確認されず、田中さんが2度目の接種を受けた前後に、同社は日本での治験再開を発表した。田中さん夫婦は通院を続け、治験は一服した。現時点まで体調に異変はないという。
第3波前に「精神的不安和らいだ」
田中さんは夫婦で治験を受けた。75%が本物のワクチン、25%がプラセボのため、2人ともプラセボの確率が数パーセント、夫婦のいずれかがプラセボを接種された確率が4割近くある。
「ワクチンが承認されたら、抗体ができている被験者は接種する必要がないので、治験でどちらを接種されたか連絡が入るようです。子どもたちは、片方だけプラセボだったら夫婦げんかになるんじゃないか、とちょっと心配をしている」と田中さん。
ただ、「ワクチンである可能性が高いものを接種した」心理的安心感は大きく、11月には久々に県境をまたぎ、実家に墓参りに出かけた。
第3波の懸念が高まる中でも、春先の緊急事態宣言のときのような不安感はない。田中さんは「プラセボだったら感染リスクはもちろんあるのですが、治験を受けて精神的にはだいぶ楽になりました」と語る。
日本政府はファイザーから6000万人分のワクチンの供給を受けることで基本合意しているほか、アメリカのモデルナから2500万人分、イギリスのアストラゼネカから6000万人分のワクチンを確保する計画だ。最終段階に向け、各製薬会社は急ピッチで開発を進める。
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提供元:副作用のリスクでも高齢夫婦が治験を受けた訳|東洋経済オンライン