2020.11.16
公的年金保険の根本原則を知っていますか|「消費の平準化」を理解すればスッキリする
社会保険制度という仕組みは国民の間で正しく理解されているとはいえない状況だ(写真:UYORI /PIXTA)
検索エンジンに、「未納 結婚 親」などと入力しようものなら、「愛する彼の両親が年金の未納者だったのですが、結婚を考え直した方がいいでしょうか?」との質問がヒットしたりする。回答は、想像に任せるが――揃って「やめときなさい」――愛は一時のものだしなどのコメントもちらほら……。他方、結婚する彼氏の母親が共働きであるということは、彼氏が、働く女性への理解があるということのみならず、両親に相応の年金があるために大きくプラスに評価される時代になってきているという話もある。
社会保険方式が選ばれたことの意味
社会保険料を拠出していなかったら給付はない。公的年金が創設されるときには、だいたい、保険方式か租税方式かの選択肢が意識される。この選択で、ほとんどの国で社会保険方式が選ばれることになるのは、市民社会での基本原則、「自助」の精神との整合性が高いからであった。
『ちょっと気になる社会保障 V3』にも書いているように、「自立して生活している人たちの所得の一部を自立して生活している間に拠出してもらう『自助の強制』という発想は、市民社会の倫理観の基礎をなす自助の思想になじみやすいもの」(53ページ)だったのである。
皆年金を誇る日本の公的年金制度の被保険者のうち、約80%が加入する厚生年金保険制度は、「1人当たり賃金が同じ世帯において、負担と給付は同じになる」ように設定されている。比叡山の根本中堂に匹敵する大切なものという意味を込めて、これを根本原則と呼んでおり、この原則は、どの世帯類型にも当てはまる。
次の図をみてもらいたい。これは、2019年財政検証の資料である。
『ちょっと気になる社会保障 V3』 ※外部サイトに遷移します
この図には、3つの世帯類型が描かれている。
夫のみ就労の世帯
夫婦共働き世代
単身世帯
それぞれ、世帯1人当たり賃金は20万円なのだが、「夫のみ就労の世帯」(いわゆる第3号被保険者がいる世帯)では夫が40万円を稼ぎ、「夫婦共働き世帯」では20万円×2、「単身世帯」は1人当たり20万円である。これら3つの世帯類型において、負担と給付は同じなのである。一番上にある「夫のみ就労の世帯」の図で、右側の図、すなわち、報酬比例で給付される厚生年金の真ん中に破線が引かれているのは、「知ったらびっくり!?公的年金の『3号分割』」(2020年10月12日)で紹介した、問答無用の離婚分割が描かれている。
「知ったらびっくり!?公的年金の『3号分割』」 ※外部サイトに遷移します
と言っても、「1人当たり賃金が同じ世帯において、負担と給付は同じになる」という日本の公的年金の根本原則ができあがるのは、国民皆年金がはじまったとされる1961年ではない。
厚生年金は1941年に始まるわけだが(1942年に労働者年金保険から改称)、当時は、報酬比例部分、つまり先の図の三角形の部分しかなかった。そこに、1954年の1度目の年金大改革で、公的年金に再分配を組み込もうという狙いがあって、厚生年金は、報酬比例部分+定額部分の2階建てになる(この設計の下では、高所得者から低所得者に所得が再分配される)。しかしそのときの定額部分は、被保険者本人名義の年金であった。
1961年に国民年金が創設されてもその様子は変わらず、あのときは、配偶者と学生は任意加入とされていた。
1961年から24年後の1985年に2度目の大きな年金改革が行われ、定額部分を被保険者本人と配偶者2人分と読み替えることにしたのである。ここに、専業主婦の年金権が確保されるようになり、この時の第3号被保険者制度の誕生をもって任意加入は終わりになる。
学生は、1989年の改正で、障害者になったのに無年金である学生の事が問題になり、任意加入から強制加入に変更された。この時点ではじめて、言葉の正しい意味での国民皆年金になったということになる。ただ、学生の強制加入にも、親の負担を増大させるという批判が強くなり、2000年改正時に、強制加入は残すが、年間収入が一定額以下の学生には保険料納付を猶予して就職後の収入で追納する「学生納付特例制度」が導入され、現在に至っている。
1961年が国民皆年金になった年と一般にみなされている。だが制度の細部をみればあのときには皆年金は達成されていなかった。
年金の根本原則と賃金
1961年の国民皆年金の創設に携わった厚生省の小山進次郎さんは、次の言葉をのこしている。
予め自らの力でできるだけの備えをすることは、生活態度として当然のことであり、わが国の社会はこのような個人の自助努力、自己責任の原則を基として成り立っている。したがって国民年金制度を真に老後等の生活を支えうる本格的な年金制度とするためには、自助努力、自己責任の考え方にたった拠出制を基本とするものでなければならない。
これが、1961年の国民年金制度が設計される際に、社会保険方式が選択された大きな理由であった。
なお、日本の公的年金保険は賦課方式である。しかし、他国と比べて変動の大きい人口構成に対応するバッファーとして、おおよそ4年分の給付を賄うことができる積立金を持っている。このバッファーとしての積立金があるために、ふたつの大きな人口のコブ──第1次ベビーブームと第2次ベビーブーム──を抱える日本の公的年金が、賦課方式のもとでも保険料を上下しなくて済むように制度を設計することができている。
また、さまざまな社会・経済的なショックに対しても、積立金は給付を賄うためにいったん立て替えたりと、バッファーとしての役割をはたすことになる。そして、日本の公的年金保険が、およそ100年後には年金給付の1年分の規模になるまで今ある積立金を計画的に使っていくこととされている。
これに比べて、フランスは積立金をほとんど持っておらず、ドイツは年金給付の2カ月分くらい、イギリスは4カ月程度、アメリカで約3年という状況である。
ちなみに、およそ100年先までの公的年金保険の給付総額に積立金が貢献する割合は、平均すると1割程度にすぎない。
公共政策として、将来の年金給付水準を上げるのに最も有効な策は、保険料収入の増大をもたらす賃金の引き上げや、それにつながる人的資本の充実だと言われるゆえんである。そのうえ公的年金積立金の運用は超長期であるため、3カ月、半年などの短期間の運用結果に世の中が一喜一憂している様子は、かなりバカバカしく見えたりもする。
公共政策として、将来の年金給付水準を上げるのに最も有効な策は、保険料収入の増大をもたらす賃金の引き上げや、それにつながる人的資本の充実だと言われるゆえんである。そのうえ公的年金積立金の運用は超長期であるため、3カ月、半年などの短期間の運用結果に世の中が一喜一憂している様子は、かなりバカバカしく見えたりもする。
公共政策として、将来の年金給付水準を上げるのに最も有効な策は、保険料収入の増大をもたらす賃金の引き上げや、それにつながる人的資本の充実だと言われるゆえんである。そのうえ公的年金積立金の運用は超長期であるため、3カ月、半年などの短期間の運用結果に世の中が一喜一憂している様子は、かなりバカバカしく見えたりもする。
公共政策として、将来の年金給付水準を上げるのに最も有効な策は、保険料収入の増大をもたらす賃金の引き上げや、それにつながる人的資本の充実だと言われるゆえんである。そのうえ公的年金積立金の運用は超長期であるため、3カ月、半年などの短期間の運用結果に世の中が一喜一憂している様子は、かなりバカバカしく見えたりもする。
公共政策として、将来の年金給付水準を上げるのに最も有効な策は、保険料収入の増大をもたらす賃金の引き上げや、それにつながる人的資本の充実だと言われるゆえんである。そのうえ公的年金積立金の運用は超長期であるため、3カ月、半年などの短期間の運用結果に世の中が一喜一憂している様子は、かなりバカバカしく見えたりもする。
根本原則とライフプラン
1人ひとりにとっても、高齢期の生活を安定させるために重要なことは、多くの保険料を拠出しておくこと、すなわちより高い賃金を得、長く働いておくことである。多くの人が強い関心を持つ、制度の隙間を利用して抜け駆けをする余地などない。それが公平な年金制度というものであり、働いて賃金を得るという、この王道を行くしかない。
最近は、公的年金保険の根本原則もわずかながら周知されてきたようで、年金を論じるセミナーなどでも、長く働くことができるように、若いときからしっかりとライフプランを立てて、自分への投資をしっかりと行っておこうという話題に向かっている。
『ライフ・シフト』(東洋経済新報社)などはまさにそうした人たちへの指南の書であり、あの本は、著者のリンダ・グラットンさんが彼女の同世代に向けて書いたものではない。若い人たち向けにリ・クリエーション、再創造を勧める本として書かれたものである。
ドイツ、スウェーデン、アメリカをはじめ、社会保険方式を採っていった多くの国で、年金制度を作ったひとたちの意図が、後世を生きる我々に自助の精神を涵養することにあったわけだから、今の我々は、彼らの意図通りに動いているという、ちょっと悔しい気もするが、私も内心は、なかなかちゃんとした制度を遺してくれたもんだと感心している。
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働く、そしてなるべくWork Longer
もし、保険料の拠出履歴と関係がない租税方式の公的年金であったなら、老後の年金を増やし、高齢期の生活を安定させるために、勤労期の人たちは、みんなでセミナーに集まり、どのような話をしていただろうか。それを考えることはなかなか難しい。
しかし、日本の公的年金保険の根本原則は、「1人当たり賃金が同じ世帯において、負担と給付は同じになる」なのである。これは、共働きであろうが専業主婦がいる世帯であろうが、世帯類型とはまったく関係ない根本原則である。ならば、世帯における1人当たり賃金を増やす、そしてなるべく長く働くというのが、高齢期のためになるということになる。
大卒の女性の場合、就業を継続した場合と、出産退職した後にパートとして再就職した場合とでは、生涯所得が2億円違うという試算もある。彼女たちや彼女たちが形成する家族の高齢期の年金のためにも、公共政策としては、女性が継続就業できる環境をしっかりと整えていくことが極めて重要となる。
そして、次のように、「WPP」ということも我々は繰り返し言ってきた。
これからは「先発」がワークロンガー(継続就業)、「中継ぎ」がプライベートペンション(企業年金や民間生命保険会社の年金保険)、「抑え」がパブリックペンション(公的年金)の「WPPの時代」になる。真ん中のP、プライベートペンションは資産運用で賄う。できるだけ長く社会参加し続け、かつ繰下げ受給で公的年金をもらい始めるとすると、プライベートペンションは退職から公的年金を受給するまでの「中継ぎ」になる。
いま繰下げ受給の上限(70歳)を引き上げようとする動きもあるわけで、民間の金融機関には「抑えの切り札」となる公的年金の受給までのセットアップとしての資産運用の新商品を開発してもらいたい。これまで民間は65歳で受給し始めた年金に上乗せをする「先発完投型」を考えてきたわけだから、「先発・セットアップ・抑えの守護神」のWPPはコペルニクス的転回かな。「年金は破綻なんかしていない、『わからず屋』は放っておこう」『週刊東洋経済Plus』(2019年6月15日号)
「年金は破綻なんかしていない、『わからず屋』は放っておこう」 ※外部サイトに遷移します
みんなの高齢期の年金のためにも、公共政策としては、WPPという方針に反するメッセージを持つ税、社会保障の制度を、WPPと整合性を持つように徹底的に変えていく必要がある。
WPPは、繰下げ受給を勧めるスローガンでもあるのだが、三文メディアは、「何歳からもらいはじめるのが得だ損だ」と騒ぎ立てる。『ちょっと気になる社会保障 V3』(205ページ)には
『ちょっと気になる社会保障 V3』 ※外部サイトに遷移します
もし、余命幾ばくと宣告されていない人が、当面の生活費を工面する方法があるのならば、可能な限り遅く受け取り始めることをお勧めします。70歳で受給しはじめる年金は、60歳で受給できる年金額の約2倍になり、それを亡くなるまで受け取ることができるわけです。
と書いている話だが、この選択の合理性を理解するための大前提は、公的年金は長生きリスクに対して終身(死亡するまで)給付される保険であることを理解すること。終身保障の保険であることが理解できてなかったら繰下げの合理性も理解できない。これはセット。
自動車保険のときは、対人無制限とか対物いくらとかいう。あれに相当する公的年金保険の話は、いまは117歳の人が世界最高齢だから、もしそこまで長生きしたら、年金はいくら受け取れますよという話になる。もしあなたが平均寿命まで生きたらという話をしても、ひとりひとりには関係ない。
そんなアドバイスは、それより長生きした人たちから恨まれるだけである。アドバイスは、相手が後悔せず、アドバイザーを恨むことがない話をするべきで、そうしたアドバイスは、もし万が一早く亡くなられることがあったとしても、恨まれることは絶対にない。
年金は「消費の平準化装置」
公的年金は、高齢期に必要となる消費のために、若いときから負担することによって、生涯の支出を平準化している。これを社会保障の経済学の世界では、消費の平準化(consumption smoothing)と呼ぶ(『ちょっと気になる社会保障 V3』44~45ページ)。公的年金保険の根本原則を理解すれば、この制度は、「現役時の賃金を高齢期の生活に置き換える社会装置」であり、消費の平準化を果たしていることがわかると思う。
人々の高齢期の生活を安定させるためには、年金制度本体の話では、働けば年金に反映されるように厚生年金の適用拡大(主に中小企業が反対)や被保険者期間の延長(国庫負担1兆円超必要)という課題はある。
だがそれと等しく、いやそれ以上に年金のために解くべき課題として、賃金の水準問題、女性の継続就業を可能とする環境の問題、さらには女性の非正規割合が他国と比べて圧倒的に多いという日本の労働市場の特殊性、WPPと齟齬を生む税、社会保障制度の問題がある。
これらの問題を解決することこそが、公的年金保険という消費の平準化装置を介して、この国での高齢期の生活を安心あるものにするという話を、かなり多くの人たちがわかってきている。日本の年金論は、今や、そうした時代に入ってきている。もちろん、時代に取り残された旧態依然族はいるにはいるようだが、まぁ仕方がない(笑)。『わからず屋』は放っておこう。
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提供元:公的年金保険の根本原則を知っていますか|東洋経済オンライン