2020.10.06
税抜と税込「値札」をよく見ない人ほど買う真実|小売りの業界団体が税抜表示の容認を求める訳
店頭の価格表示、どれだけ細かく見ていますか?(写真:プラナ/PIXTA)
スーパーマーケットで牛乳を買うとき、168円(税抜)と182円(税込)の値札が掲げられた2つの商品が目に入ったとする。直感的にどちらが「安い」と感じただろうか。
現在、食品に課される消費税率は8%(軽減税率)。本体価格168円に8%の税率を上乗せすれば182円になるため、2つの商品をレジで会計をする際に支払う額は同じだ。
税抜と税込の価格表示は消費行動に影響する?
では、牛乳を買い物カゴに入れる瞬間はどうか。168円(税抜)と182円(税込)では微妙に見え方が違う。その違いは店の販売数量、売上高に影響を与えているのだろうか。
このたび横浜市立大学の中園善行准教授(経済学)と石田森里研究員が「価格表示が小売店の販売数量に与える影響」についての検証結果をまとめた。
実験の対象とした期間は2013年4月から2014年3月までの1年間。この期間が選ばれたのは、2013年10月に消費税転嫁対策特別措置法(特措法)が施行されたからだ。2014年4月以降、消費税が5%→8%、8%→10%へと2度にわたって引き上げられる予定になっていたことから、国が小売業者の値札変更作業の負担軽減策として「○○円(税抜)」「○○円(本体価格)」「○○円+税」など、税込表示(総額表示)以外の表示方法を特例として認めたのだ。
中園准教授らは、2013年10月の特措法施行以降、値札を変更した店舗にズレがある(一斉に値札を変更しなかった)期間に目を付け、「総額表示のまま変更しなかった店舗」と「総額表示から税抜き表示に変更した店舗」の間で、販売数量や売上高に違いが生じたかを検証した。
検証方法は、事業者の資本規模や立地など外部条件に影響される部分を取り除き、値札を変更したことで生じた差だけを検証する方法(Difference-in-Differences=差と差の比較)を採った。
実験に使ったデータは以下3つ。
1. 販売数量に関するデータ:
インテージ社(市場調査・マーケティングリサーチ)によるSRI(全国小売店パネル調査)。全国約5000店舗のPOSデータを基に「どの商品が、いつ、どの店舗で、いくつ販売されたのか」を集計したもの
2. 値札変更情報:
帝国データバンクによる事業者ヒアリング。特措法施行後の値札変更の有無と、変更した場合は時期を確認したもの
3. 所得別購入数量:
インテージ社のSCI(全国消費者パネル調査)。モニター5万人(性別、学歴、年収情報などを含む)が、いつ、どの店舗で何を買ったのかを記録したデータ
1~3のデータを接続したうえで、次の作業をした。
2013年10月に値札を税抜表示に変更した店舗をAグループ、総額表示のままだった店舗をBグループに分類。
どちらも総額表示を採用していた時期(2013年4月から9月まで)のAグループとBグループの販売数量の差をX、価格表示が異なる時期(2013年10月から2014年3月まで)のAグループとBグループの販売数量の差をYとすると、XとYに違いがあれば、それは価格表示変更による影響で生じた差と解釈することができる。
検証の結果、XとYには約3%の差がみられた。税込表示を採用した店舗は、税抜表示を採用した店舗より販売数量が約3%低かったのだ。
高所得者ほど値札に影響されていた
実験では、世帯所得により反応が異なることも明らかとなった。
消費者の購買履歴が記録されている家計簿データ(インテージのSCI)を利用し、消費税が8%に上がった2014年4月以降も税込表示を維持した購入先と税抜表示に変更した購入先で、その前後に購入数量に変化があったかを検証した。
この検証では、世帯所得700万円以上の高所得者と400万円未満の低所得者の2グループで比較を行った。
結果は、高所得者では税抜表示店舗と税込表示店舗の購入数量差が4.8%拡大したのに対し、低所得者は1.3%にとどまった。
つまり、高所得者ほど値札表示に対する反応度が高く、支払い金額が同じであるにもかかわらず「見た目の違い」に左右されていた。
今回の検証は、値札の税込表示と税抜表示の違いで販売数量が3%も違うこと、そして、低所得者より高所得者のほうが値札表示に強く反応していたことを明らかにした。
この結果を中園准教授は「合理的不注意の結果」とみる。「レジで消費税分が上乗せされることはわかっていても、買い物カゴに入れる瞬間に1円単位までは計算しない。目に見える価格のほうに重きを置いて『この価格と、あとちょっと』と考える。これが合理的不注意で、高所得者ほど合理的不注意が顕著であることがわかった」(同)。
逆に言えば低所得者ほど、見た目ではなく実際の支払い総額まで頭に入れて買い物カゴに入れる傾向が強かったということだ。
税額がはっきり見える表示で8%の売り上げ減
値札表示と販売数量の相関関係についてはアメリカ・スタンフォード大学のラジ・チェティ教授らが2009年に研究を行っている。ある期間に、特定のスーパーマーケットのヘルスケア関連商品だけを税額がはっきり見えるよう表示したら、その期間のその領域だけ販売数量が平均8%落ちたという結果だった。
中園准教授らの検証の特徴は、調査の対象を全国約5000店舗へと広げ、購入者5万人の属性とも接続させた点にある。
2013年に施行された消費税転嫁対策特措法は時限立法で、期限は2021年3月まで。現在、スーパーで牛乳を買う際に目にしている「168円(税抜)」「168円+税」「168円(本体価格)」といった表示は来年4月以降、原則すべて「182円」の総額表示へと戻る。
小売業界には、2004年に総額表示が義務化された際に消費が著しく減退した手痛い記憶がある。今回また総額表示に戻されれば再び消費者マインドに悪影響を与えるのではないかと懸念しているのだ。
全国スーパーマーケット協会や日本チェーンドラックストア協会など28の事業者団体は8月末、消費税の本体価格表示の恒久化に関する要望書を国に提出。来年4月以降も引き続き税抜表示を容認してほしいと求めた。
「商品・サービスの価値をどのような方法で表示すべきかについては、本来一律に課すべきものではなく、事業者と事業者、事業者と消費者との関係において、事業者がみずから適切な方法を選択し実施すべき問題であり、混乱や支障のない現状からみても、価格表示の方法はそれぞれの業界の適性にあわせて事業者の選択に任せていただくことが肝要と考えています」
「厳しい消費環境の変化が予測される中で、何より、商品・サービスそのものの適正な価値を維持・確保して価格として表示することがデフレを回避し、消費税の適正な転嫁を図ることとなるため、来年4月以降においても、画一的な総額表示義務を廃止し、本体価格による表示が確保されるよう要望いたします」(要望書一部抜粋)
総額と税抜の間を採る策も?
税制を審議する自民党税制調査会には「折衷案でよいのではないか」という意見がある。折衷案とは、総額表示と税抜表示の中間策。冒頭の牛乳でいえば「168円(税込182円)」や「182円(税抜価格168円、税14円)といった表示方法だ。現在もこうした中間的な表示方法を採っている事業者は少なくない。
消費が減退すれば税収減にも直結する。「時限立法だから、期限がきたら元に戻す」という姿勢を崩さない財務省にとっても、税抜表示や本体価格表示の継続は決して悪い話ではないはずだ。
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提供元:税抜と税込「値札」をよく見ない人ほど買う真実|東洋経済オンライン