2019.05.14
「子どもは褒めて育てる」を実践する人の誤解 |極めて特殊な成功体験に魅了されるのはNGだ
「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってはいけないのか」「子どもは褒めて育てるべきなのか?」の2点についてデータを用いながら解説します(写真:タカス/PIXTA)
ベストセラーとなった『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)の著者である西内啓氏は、同著の冒頭で「不思議なもので、教育という分野に関しては、まったくと言っていいほどの素人でも自分の意見を述べたがるという現象がしばしばおこる」と述べています。
確かに、日本では教育を受けたことがない人はほぼいませんから、教育について一家言あるという人は少なくありません。そして数多くの体験談やエピソードがあふれる中、多くの人は、「子どもを全員東大に入れた」などの、極めて特殊な成功体験に魅了されてしまっています。
個人の成功体験を一般化するのは難しい
しかし、特定の個人の成功体験を一般化するのはとても難しいことです。そうした成功体験をやみくもに信じて、同じことをしてしまうと、かえって子どもを成功から遠ざけてしまうのではないか――。
教育経済学者が小学校3年生の娘の将来について悩む母親に独自の教育法を伝える
そんな懸念を持った私が上梓したのが『「学力」の経済学』です。ここで紹介しているのは、特定の個人の成功体験ではなく、教育経済学の研究者らが、科学的な方法を用いて、大規模なデータを分析した結果から導きだした「効果的な教育法」です。
そんな『「学力」の経済学』をわかりやすいストーリーまんがの形式に落とし込み、ギュッと内容を凝縮したのが拙著『まんがでわかる「学力」の経済学』で、小学校3年生の娘の将来について悩む母親へ教育経済学者が独自の教育法を伝える内容になっています。今回は同書の内容を一部抜粋し再構成のうえお届けします。
『まんがでわかる「学力」の経済学』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
勉強しておくのが将来のため
漫画で見たような光景を繰り広げている家庭は少なくないと思います。ここでは、子育て中の友人たちから受ける相談で多い「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってはいけないのか」「子どもは褒めて育てるべきなのか?」の2点についてデータを用いながら解説します。
「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってはいけないのか」――。
これは、子育て中の友人たちから最もよく受ける相談です。「にんじんをぶら下げれば勉強するんだったらそれでいいじゃないか」という考え方もあるのかもしれません。しかし、ご褒美で子どもを釣らなければ勉強させられないなんて、親として失格なのではないかと、密かに悩んでおられる方も多いようです。
教育の収益率は株や債権と比べて高い
経済学には「教育の収益率」という概念があります。これは、「子どもが1年間追加で教育を受けたことによって、その子の将来の収入がどれくらい高くなるか」を数字で表したものです。そして、教育の収益率は、株や債券などの金融資産への投資などと比べても高いことが、多くの研究で示されています。
では、なぜ子どもたちは、目の前にご褒美がなければちゃんと勉強しないのでしょう。
実は、人間には目先の利益が大きく見えてしまうという性質があり、それゆえに、遠い将来のことなら冷静に考えて賢い選択ができても、近い将来のことだと、たとえ小さくともすぐに得られる満足を大切にしてしまうのです。
例えば、半年後の正月に祖父母から5000円のお年玉がもらえるとわかっている子がいるとしましょう。その子に「1週間もらうタイミングを遅らせればお年玉は5500円になるよ」と伝えると、その子は「だったら、1週間我慢して5500円をもらうよ」と答えるわけです。
「目先の利益や満足を優先する」理由
一方、明日の誕生日に祖父母から5000円のお小遣いがもらえるということになったとしましょう。その場合、「1週間延期する代わりにお小遣いは5500円になるよ」と言われても、すぐに得られる満足を優先し、明日の5000円を選んでしまう、というようなことが生じます。
このように、近い将来の満足を優先する状態は、子どもが勉強するときにも生じています。遠い将来のことを考えればちゃんと勉強したほうがよいことがわかっているのに、つい勉強せずに楽をするという近い将来の満足を大切にし、その結果「勉強するのは明日からでいいや」と先送りしてしまうのです。
「目先の利益や満足をつい優先してしまう」ということは、裏を返せば「目の前にご褒美をぶら下げられると、今、勉強することの利益や満足が高まり、それを優先する」ということでもあります。
実は、子どもにすぐに得られるご褒美を与える「目の前のにんじん」作戦は、この性質を逆に利用し、子どもを今勉強するように仕向け、勉強することを先送りさせないという戦略なのです。
ただし、「ご褒美」を与える際にはその設計が大切です。正しく行えば、「一生懸命勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせることなく、学力を向上させることができます。
「ご褒美」と子どもの出席率や学力の因果効果について、ハーバード大学のフライヤー教授は、約250校、小学2年生から中学3年生までの約3万6000人もの子どもに対して大規模な実験を行いました。
このフライヤー教授の研究を理解するには、子どもの教育成果の分析に用いる最も標準的な分析枠組みである「教育生産関数」を知っておくと便利です。これは、別名「インプット・アウトプットアプローチ」とも呼ばれ、授業時間や宿題などの教育上のインプットが、学力などのアウトプットにどのくらい影響しているかを明らかにしようとするものです。
2種類の実験
教授が実施した実験は2種類ありました。1つ目の実験は、学力テストや通知表の成績という「アウトプット」がよくなれば、ご褒美を与えるというものです。そして、もう1つの実験は、本を読む、宿題をする、学校に遅刻せずに出席するなどの「インプット」がきちんとできれば、ご褒美を与えるというものです。
この2種類の実験のうち、子どもたちの学力を上げる効果があったのは、インプットにご褒美を与えるほうでした。とくに、数あるインプットの中でも、本を読むことにご褒美を与えられた子どもたちの学力の上昇は顕著でした。一方で、アウトプットにご褒美を与えられた子どもたちの学力は、意外にも、まったく改善しませんでした。
「1時間勉強したら、勉強が終わった後にお小遣いをあげるよ」
「テストでよい点を取ったら、お誕生日にお小遣いをあげるよ」
これは同じようにみえて、まったく異なる2つの作戦なのです。前者は、「1時間勉強する」というインプットに「お金」というご褒美を、勉強が終わった「すぐ後」に与えるというものです。
一方、後者は「テストでよい点を取ったら」というアウトプットに対して、今すぐではなく少し先の「お誕生日」にご褒美を与えます。功を奏するのは、アウトプットではなくインプットに対して、遠い将来ではなく近い将来にご褒美を与える前者のやり方なのです。
「子どもは褒めて育てるべきなのか」。これも、私が友人からよく受ける相談です。友人によると「褒め育て」という子どもたちの自尊心を高めるような育児法が、多くの人に支持されているそうです。試しに「褒め育て」を推奨している育児書を読んでみると、「子どもを褒めて育てると、自分に自信を持ち、さまざまなことにチャレンジできる子どもに育つ」という趣旨のことが書いてありました。
自分に自信を持つ、言い換えれば自尊心を高めること。これはとても大切なことのように思えます。心理学の研究では、自尊心が高い生徒は、教員との関係が良好で、学習意欲が高く、実力に見合った進路を選択する傾向があることが指摘されています。
直感的にも、子どもの自尊心が低いと、教員との関係がうまく築けなかったり、学習に対して意欲が湧かなかったり、自分の実力を過小評価して進路を選択してしまう、というのはどれも正しいように思えますので、「褒め育て」が一定の支持を集めているのもうなずけます。
むやみやたらに「褒める」のはNG
しかし、「あなたはやればできるのよ」などと言って、むやみやたらと子どもを褒めると、実力の伴わないナルシシストに育てることにもなりかねません。とくに、子どもの成績がよくないときはなおさらです。ただ、私は子どもを褒めてはいけないといっているわけではないということは、ここであらためて強調しておきたいと思います。重要なのは、その「褒め方」なのです。
「頭がいいのね」
「よく頑張ったわね」
この2つの褒め方のうち、どちらが効果的だと思いますか? コロンビア大学のミューラー教授らは、ある公立小学校の生徒を対象にして「褒め方」に関する実験を行いました。
6回にわたる実験でわかったことは、「子どものもともとの能力(=頭のよさ)を褒めると、子どもたちは意欲を失い、成績が低下する」ということです。
ミューラー教授らは、子どもたちをランダムに2つのグループに分けました。両方のグループの生徒がIQ テスト(1回目)を受けましたが、1つのグループの生徒に対しては、テストの結果がよかったときには「あなたは頭がいいのね」と、子どもたちのもともとの能力を称賛するメッセージを伝えました。一方もう1つのグループに対しては、「あなたはよく頑張ったわね」と、努力を称賛するメッセージを伝えました。
その後、ミューラー教授らは、同じ子どもたちに、かなり難しめのIQ テスト(2回目)を受けさせました。
『まんがでわかる「学力」の経済学』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
さらにその後、最初に受けたのと同じ程度のIQ テスト(3回目)を受けさせ、結果の推移を調べました。すると、もともとの能力を褒められた子どもたちが、成績を落としてしまったのに対し、努力を褒められた子どもたちは成績を伸ばしたのです。
褒め方の違いは、子どもたちの取り組み方にも影響を与えました。「頭がいいのね」ともともとの能力を褒められた子どもは、2回目の難しめのIQ テストを受ける際、この試験のゴールは「何かを学ぶこと」ではなく、「よい成績を取ること」にあると考え、テストでよい点数が取れなかったときには、成績についてウソをつく傾向が高いこともわかったのです。
褒めるときは具体的な内容を挙げる
また、彼らは、よい成績が取れたときはその理由を「自分に才能があるからだ」と考え、同じように、悪い成績を取ったときも「自分に才能がないからだ」と考える傾向があることもわかっています。
一方、「よく頑張ったわね」と努力した内容を褒められた子どもたちは、2回目、3回目のテストでも粘り強く問題を解こうと挑戦を続けました。努力を褒められた子どもたちは、悪い成績を取っても、それは「(能力の問題ではなく)努力が足りないせいだ」と考えたようです。
子どもを褒めるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、
「今日は1時間も勉強できたんだね」
「今月は遅刻や欠席が1度もなかったね」
と、具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つというのがこの研究から得られた知見です。
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:「子どもは褒めて育てる」を実践する人の誤解|東洋経済オンライン