2024.09.06
祖父母が知らぬ「赤ちゃんの最新アレルギー対策」|昔とは全然違う「スキンケア・離乳食」新常識
日本の赤ちゃんのスキンケアが「保湿重視」の方向に切り替わったのは、ここ10年ほどのことのようだ(写真:hirost/PIXTA)
小さな子供にシャワーを浴びさせた後、バスタオルでポンポンと体を拭いてやり、肌に保湿ローションを塗る——出産時に病院で教わった「湯上がりの保湿」だ。子供の誕生以来、夫婦で1年以上続けてきた習慣だが、ここへきてふと筆者の頭に疑問が浮かんだ。
ベビーパウダーから保湿ローションの時代へ
自分が子供の頃は、湯上がりにはベビーパウダーをはたいて肌を乾燥させていたのではなかったか?
脱衣所に置かれたベビーパウダーの丸い缶に、ふかふかとした白やピンクのかわいらしいパフ。独特の甘い香りや粉のさらりとした感触の思い出とともに、30年以上前の光景がありありと蘇ってくる。
江戸時代から乳児のあせも対策として使われてきた天瓜粉(てんかふん。天花粉とも)は、夏の季語。キカラスウリの根のデンプンを細かい粉にしたものだ。
また、日本初のベビーパウダーは、日本の小児医学の草分けとなった弘田長(ひろた・つかさ)氏と薬学者の丹波敬三氏が共同で開発した。明治期の1906年に和光堂薬局から発売され、商品名のシッカロールはベビーパウダーの代名詞となった。夏のあせも予防だけでなく、布おむつの蒸れによる肌荒れ(おむつかぶれ)の予防としても、季節を問わず使われてきた。
そんな日本の赤ちゃんのスキンケアが「保湿重視」の方向に切り替わったのは、ここ10年ほどのことのようだ。
国立成育医療研究センターを中心とした研究チームによって118人の新生児を対象に実施され、2014年に堀向健太氏(現・東京慈恵会医科大学)、森田久美子氏(現・東京都立小児総合医療センター)らによって国際誌に論文発表された研究では、新生児期から皮膚に保湿剤を塗ることで、アトピー性皮膚炎の発症リスクが3割以上低下することが示された。
また、世界各地の研究から、乳幼児期にアトピー性皮膚炎を発症した子供は、食物アレルギーなど他のアレルギーを発症するリスクも高くなりがちだと知られていた。つまり、皮膚の保湿を通じて、間接的にさまざまなアレルギー疾患の発症を予防できる可能性もあるということだ。
食物アレルギーは皮膚を通じて始まる?
では、肌の保湿はどのようなしくみでアレルギー予防にかかわっているのだろうか。
アメリカの医療人類学者、テリーサ・マクフェイル氏は、アレルギー専門医や基礎研究者らへの取材を精力的に行い、その成果を『アレルギー:私たちの体は世界の激変についていけない』(東洋経済新報社)にまとめている。
彼女が同書の中で紹介している「上皮バリア仮説」は、皮膚アレルギー、食物アレルギー、呼吸器アレルギーなど、さまざまなアレルギーどうしのかかわりを解明する手がかりとして注目されているものだ。
上皮バリア仮説は2017年、大学院の博士課程を終えたばかりだったキャスリン(ケイト)・L・ポトーベン氏と、先述の書籍『アレルギー』に登場する研究者の1人であり、ノースウェスタン大学医学部でアレルギー・免疫学部門長を務めたベテランのロバート・P・シュライマー氏との共著論文で提唱された。
上皮バリア仮説の「上皮」とは、皮膚、目の角膜、鼻・気管・肺の粘膜、胃腸の粘膜など、体の内外の表面を覆う細胞の層のこと。体を外部から守る防御の最前線でもあり、そのバリア機能が何らかの理由で乱れると、体は無防備な状態で外界にさらされることになる。
その結果、体内の細胞が過度に刺激されたり、本来はわざわざ攻撃するまでもないはずの相手(例えば食べ物・埃・花粉など)を敵として記憶してしまったりすることが、アレルギー発症につながるのではないかと考えられている。
赤ちゃんの肌を守るには
上皮バリアが乱れる要因は、ホルモンバランスの乱れや、肌荒れ・傷などさまざまだ。
医師であり、アトピー性皮膚炎の研究者として世界第一線で活躍するドナルド・リャン氏は、『アレルギー』の取材の中で、合成洗剤やアルコール含有製品を過度に使うことの問題点を挙げている。洗浄力や殺菌作用の強い薬液が皮膚についたり、飛沫や埃として気道に入り込んだりすることによって、上皮バリアの機能が日々じわじわと損なわれている危険があるというのだ。
また、ここ十数年ほどの研究により、遺伝的な要因で生まれつき上皮バリアが弱い人がいることもわかってきた。
イギリスのブライトン・アンド・サセックス・メディカル・スクールの小児科長であるソムナス・ムコパディエイ氏が着目するのは、皮膚の角層をホチキスのように束ねる「フィラグリン」というタンパク質だ。生まれてくる赤ちゃんの10〜15%ほどは遺伝的にフィラグリンのはたらきが弱く、皮膚の上皮バリアがゆるんだ状態になっているという。
皮膚科・小児科の医師で、アメリカのシカゴ統合湿疹センターの所長を務めるピーター・リオ氏は、この状態を「リーキー・スキン(leaky skin:漏れやすい皮膚)」という言葉で説明する。現在勧められている保湿重視のスキンケアは、生まれつきリーキー・スキンを抱える一部の赤ちゃんにとっては特に有効だと考えられている。
一方、上皮バリア仮説の提唱者の1人でもある先述のシュライマー氏は、保湿剤の多用についても懸念を示す。
「私たちが赤ちゃんのお尻につけているあらゆるものは、おそらく皮膚バリアにとっては良くないでしょう」
1960年代に経験した初めてのアルバイト先は、布おむつの洗濯・配送サービス会社だったというシュライマー氏。現代の私たちは、プラスチック素材を使ったおむつを赤ちゃんのお尻に当て、その素材によるかぶれを防ぐために保湿クリームを塗ることで、子供をますます刺激物に曝露させているかもしれないという。保湿剤の成分や使用法についても、今後の研究を通じてよりよい指針が示されるようになるかもしれない。
離乳食「できるだけ先送り」から「早めに少しずつ」へ
さて、近年、赤ちゃんのアレルギー予防に関して生じたもう一つの大きな変化が、離乳食の進め方だ。
1980年代終盤から1990年代初頭にかけて、米国小児科学会は妊娠中の母親、授乳中の母親、そしてアレルギーのリスクのある子供に対し、ピーナッツなどの食材を4歳まで避けること(予防的除去)を勧告していた。
ところが予想に反し、この勧告はかえって食物アレルギーを増加させていった。後にわかってきたのは、適切なタイミングで口からの食材摂取を始めることの重要性だ。
近年、食物アレルギーの発症については、先述の上皮バリア仮説と関連した「二重抗原曝露仮説」が有力視されている。まだ口にしたことのない食物の成分が皮膚を通じて体内に入り込むと、その物質が「敵」として体に記憶されてしまい、その食物を初めて口から摂取したときにアレルギーを引き起こすというものだ。
興味深いことに、そうなる前に食物を適切なタイミングで口から摂取しておけば、むしろアレルギーは起きにくくなるという。
イギリスとアメリカの研究チームによって実施され、2015年に医学論文誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』に論文が掲載された「LEAP(Learning Early About Peanuts Allergy:ピーナッツアレルギーについて早期に知る)Study」は、乳児期からの食物アレルギー予防における方針転換を促す大きなきっかけとなった。
この研究は、参加に同意した家庭の乳児を無作為に2つのグループに分けて行われた。片方のグループには5歳になるまでピーナッツを与えず、もう片方のグループには1歳未満のうちからピーナッツを含む食品を食べさせた。
すると、5歳0カ月時点でのピーナッツアレルギー有病率は、ピーナッツを避けてきた群では13.7%となったのに対し、ピーナッツ摂食群ではたったの1.9%だった。
この結果を受け、それまで予防的除去を勧告していた国々でも急激な方針転換が行われた。家庭や地域社会で日常的に食されている食材の場合、乳児期には皮膚からの侵入を防ぎつつ、なるべく早いうちから離乳食に取り入れることが大事だと考えられている。
ただし、離乳食を始める前の生後数カ月の間にもうアレルギー感作が起きてしまっている可能性もあるため、最初はごく微量から様子を見ていくことが望ましいという。
新しいアレルギー治療薬も開発されている
すでにアレルギー性疾患を発症した子供たちに対する治療も、ここ十数年ほどの間にいくつもの変化を迎えている。
2020年にアメリカで承認されたピーナッツアレルギー治療薬、パルフォルツィアは、脱脂ピーナッツ粉を用いた経口免疫療法薬だ。口から毎日服用し、規定の方法に従って用量を上げていくことで、体をピーナッツのタンパク質に慣らしていく。食物アレルギーの「根治療法」ではないものの、4歳以上の患者を対象にアメリカ、EU、イギリスなどで用いられている。
また、アトピー性皮膚炎や喘息などに対する非ステロイド系の治療薬として、炎症のコントロールに関わるヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤薬や、アレルギー性の炎症反応だけを狙い撃ちするモノクローナル抗体薬などが、高額ながらも使用が広がりつつある。
めまぐるしく変わる子供のアレルギー対策に、戸惑いや世代間ギャップを感じる親御さんもいることだろう。だが、健康への取り組みは時代とともに変化するもの。思い込みや先入観を持ちすぎず、その時々の状況に向き合ってみることが大切なのかもしれない。
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提供元:祖父母が知らぬ「赤ちゃんの最新アレルギー対策」|東洋経済オンライン