2018.11.05
「現金払いしない人」がお金を使いすぎる理由│カギは代金支払い時に感じる「痛み」にある
キャッシュレス社会は消費と貯蓄をどう変える?(写真:RossHelen/iStock)
現金、クレジットカード、電子マネーといった支払いの方法で、消費額が変わる? そのカギは支払い時に感じる「痛み」にあるという。『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇-』の著者、ダン・アリエリーが分析する。
『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇-』 ※外部サイトに遷移します
お金を払うと痛みを感じる?
私たちは、なにかの代金を支払うときに精神的苦痛を感じる。これを「出費の痛み」という。お金を手放すことを考えるときに感じる痛みのことだ。神経画像やMRIを用いた研究のおかげで、出費によって身体的苦痛の処理にかかわる脳の部位が実際に刺激されることがわかっている。
痛みを感じると、私たちはまず痛みを和らげ、コントロールしようとする。出費の痛みに対しても同じだ。問題は、出費の痛みを避けるためにとる方法が、長い目で見ればさらに大きな代償を払うようになりがちなことだ。
出費に痛みがあるのだから、苦痛に満ちた出費の決定はやめたほうがいい。なのに私たちは痛みを終わらせる代わりに、痛みを和らげる方法を考案する。クレジットカードや電子マネー、自動引き落としなどだ。これは、症状(痛み)にだけ対処して、病気の原因そのもの(出費)を放置するようなものだ。
出費の痛みを引き起こす要因は、2種類ある。1つは、お金を払うタイミングと、手に入れたものを消費するタイミングの時間差。もう1つは、私たちが出費に向ける注目だ。「出費の痛み=時間差+注目」が、その方程式になる。出費と消費が同時に発生すると、注目度が高いため、痛みが生じ、消費の楽しみは大きく損なわれる。
ではどんな方法で出費の痛みを避けるのか? 痛みを生み出す行動の逆をするのだ。つまり出費と消費の時間差を大きくし、出費への注目を減らせばいい。すると支払いのことを忘れるから、買ったものをもっと楽しむことができるのだ。
製品・サービスの代金を支払うタイミングは、主に3通りある。消費の前、消費の間、そして消費のあとだ。
消費前に支払う
なにかを消費する前に代金を支払うと、実際の消費時にはほとんど痛みがないように感じる。その時点で出費の痛みはないし、将来の支払いに頭を悩ませることもない。
たとえば1週間のアフリカ・サファリ旅行に行くとしよう。旅行代金を支払う方法は2通りある。代金の全額を旅行の4カ月前に一括前払いするか、旅行が終了した時点で現金払いするかだ。経済効率がより高いのは当然、サービスの提供が完了してから最後に支払う方法だ。
でも旅行の楽しみという点ではどうだろう? サファリを、特に最終日をより楽しめるのは、どちらの支払い方法だろう? 前払いにしたほうが楽しめると、ほとんどの人が考える。最終日に代金を支払う場合、「これは代金に見合う価値があるのか?」「自分はどれだけ楽しんでいるのか?」などと考えて、最後の数日間を過ごすはめになるからだ。そんなことでいちいち頭を悩ませていたら、サファリの楽しみが台なしだ。
消費中に支払う
消費している間に支払いを行うと、出費の痛みを強く意識させられるだけでなく、消費の楽しみまで薄れてしまう。
たとえば退職/中年の危機を祝って、ゴキゲンなスポーツカーを買うとしよう。ローンで購入し、毎月支払いが発生する。車の乗り心地は予想どおり最高で、迫り来る老いや、人生の誤った選択のことをしばし忘れられる。だが運転する機会は年々減っていき、ハンドルを握っても前ほどときめかなくなった。
毎月支払いの日が来るたび、軽率で高くつく買い物をしたことを思い知らされ、ますます出費を正当化しづらくなる。そこでローンを一括返済することに決めた。大金を一度に支払うのは痛みが大きかったが、毎月の定期的な出費の痛みとうしろめたさから解放され、おかげでルーフを下げて街中を乗り回すのを楽しいと感じるようになった。毎月の支払いが頭から離れたため、そう頻繁に運転はしないにせよ、車を楽しめる。
クレジットカードの巧妙な特質
私たちは将来のお金を、現在のお金よりも低く評価しがちだ。出費をあと回しにすると、同じ金額を今支払うより痛みが少ない。また出費のタイミングが遠い未来になればなるほど、今の痛みは減り、ほとんど無料に感じられることさえある。
これが、クレジットカードの邪悪で巧妙な特質の1つだ。クレジットカードの主な心理的効果は、消費と出費のタイミングを分離することにある。また、クレジットカードを使えば出費をあと回しにできるから、お金の時間感覚があいまいになり、機会費用をはっきり意識しなくなり、現在の出費の痛みが薄れるのだ。
考えてもみてほしい。レストランの食事代をクレジットカードで支払うとき、今支払っているような気がするだろうか? そんなことはない。今はただサインしただけで、支払いをするのは未来のいつかだ。
同様に、その後クレジットカードの請求書がきたら、これから支払いをするような気がするだろうか? そんなことはない。その頃には、もうレストランで支払いをすませた気でいる。クレジットカード会社は出費の痛みを和らげるために、タイムシフトの幻想をただ利用するのではなく、2度も利用する。おかげで私たちは思い切り楽しみ、より気兼ねなくお金を使えるというわけだ。
クレジットカードは、支払いへの注目を減らす力もある。カードを機械に通すという動作は、財布をとりだし、いくら入っているかのぞき込み、紙幣をつかみ、数えて渡し、おつりを待つ動作に比べてずっと簡単だ。現金を使うときの一連の動作の間に、私たちは損失を実感する。対してクレジットカードの場合、損失はそれほど鮮明にも、痛切にも感じられない。
おトクなポイントを気兼ねなく使える理由
前払いは、ギフトカードなどの仕組みにも組み込まれている。スターバックスやアマゾンのギフトカードにお金をチャージした時点で、そのお金は特定の支出に分類される。たとえば20ドル紙幣をスターバックスカードと交換すると、その20ドルはコカコーラや中華料理ではなく、ラテやスコーンに振り分けられる。
そのうえ、お金がいったんその分類に割り当てられると、支払いがすんだような気になる。実際に現金を使うわけではないから、支払い時に罪悪感を持たない。ふだん現金で買うときはショートサイズのコーヒーを注文するのに、ギフトカードではベンティサイズのソイチャイティーラテにビスコッティもつけるという贅沢ぶりだ。
決まったものにしか利用できないギフトカードは、「利用制限つき決済方法」と呼ばれる決済手段の一例だ。航空会社のマイレージサービス、クレジットカードのポイントなども、この一種だ。こうした方法を利用すると、出費の痛みが驚くほど軽くなる。アマゾンでしか使えないギフトカードや、ユナイテッド航空のマイレージなら、他店と比べてアマゾンやユナイテッドがいちばんおトクかどうかを悩む必要はない。すでに分類が決まっているから、なにも考えずにただその金額を使うだけだ。そしてなにも考えないから、支出の決定を厳しい目で評価することもない。
いま、オンライン決済は信じられないほど簡単になっている。
新しい決済方法が怖いのは、出費を意識させない点にある。最近の技術進歩によって、私たちは支払いをしていることにさえ気づかないことが多い。EZ(イージー)パス技術を使えば、高速道路料金が自動的に課金され、月末まで金額を知ることもない(それさえめったに確認しない)。
自動引き落としも同様だ。自動車ローンや住宅ローンの月々の返済額は、クリックもしないまま引き落とされる。ICカードや電子ウォレット、それに開発間近の網膜スキャンなどもそうだ。たしかにこうした「進歩」によって支払いはより簡単に、フリクションレス(煩わしさや手間がない)に、無痛に、軽率になる。なにかが起こっていることさえ知らないのに、どうしてそれを感じられるだろう? どうして影響を理解できるだろう?
なにかを(このケースでは支払いを)意識している状態を表すオトナ語が、顕著性(セイリエンス)だ。出費の痛みを感じ、自分の選択のコストと便益を理解し、判断し、評価するには、まず支払いを意識する、すなわち顕著にすることが欠かせない。
現金での支払いには、顕著性がもともと組み込まれている。お金を見て、触って、数えて、おつりを確認する。クレジットカードは物理的にも(カードを機械に通してボタンを1、2個押すだけ)、支払う金額に関しても、より顕著性が低い。そして各種の電子決済方法はさらに顕著性が低い。
なにかを感じなければ、それで苦しむこともない。人は楽なほう、痛みのないほうに流れがちだ。賢明で思慮深い方法より、楽で痛みのない方法を必ず選ぶ。出費の痛みを感じるからこそ、贅沢な外食のあとでうしろめたい気持ちになり、衝動買いを(ある程度は)思いとどまる。
ボーナスよりも貯蓄額を増やした仕組みとは?
電子マネーは、出費の痛みを感じにくくして、出費を増やさせようとする。では、代わりに出費しているという認識を高めることができれば、出費の痛みは大きくなり、その結果出費が減り、貯蓄が増えるだろうか?
著者たちは、電子マネーのデザインが行動に与える影響を調べるために、ケニアのモバイルマネー・システムの利用者数千人を対象とする実験を行った。
一部の集団には、毎週2通のテキストメッセージを送信する。週初には貯蓄を喚起するリマインダーを、週末にはその週の貯蓄状況を知らせるメッセージを送った。別の集団にはテキストメッセージを少し変えて、「わたしたちの未来」のために貯蓄してくださいという、自分の子どもから来たようにフレーミングされたリマインダーを送った。
次の4つの集団には、貯蓄を促すために金銭的インセンティブを与えた。1つめの集団には100シリングまでの貯蓄に対し10%のボーナスを、2つめの集団には同じく20%のボーナスを、週末に支払った。
3つめと4つめの集団にも100シリングまでの貯蓄にそれぞれ10%と20%のボーナスを与えたが、損失回避の要素を導入した(週初にボーナスの上限額の10シリング/20シリングを協力者の口座に入金し、「ボーナスの金額は貯蓄額に応じて決まること、上限額に達しない場合は差額が口座から週末に引き出されること」を協力者に説明した。この損失回避バージョンは、金額的には通常の週末入金方式と変わらないが、自分の口座からお金が引き出されると痛みを感じるため、協力者は貯蓄を増やすだろうという考えのもとで行われた)。
そして最後の集団は、通常のテキストメッセージのほかに、残りの週数を示す1から24までの数字が刻印された金色のコインを受け取った。家の目立つところにコインを置き、その週に貯蓄をした場合だけ、コインの数字をナイフで削り取った。
6カ月後、貯蓄成績が飛び抜けてよかったのは──コイン方式だった。ほかの方式でも貯蓄はやや増えたが、コイン方式はテキストメッセージだけの場合に比べ、貯蓄額は2倍以上だった。もしかすると、20%のボーナスか、20%ボーナスの損失回避バージョンがいちばん成績はいいだろうと思ったかもしれない。貯蓄を促すには金銭的インセンティブを増やすのがいちばんだと、実際ほとんどの人が予想する。でもそうではなかった。
シンプルなコインが、なぜこれほどの行動の違いを生んだのだろう? 協力者が貯蓄を促すテキストメッセージを受け取ったことを思い出してほしい。彼らの毎日の貯蓄額を調べたところ、コインの効果が最も大きかったのはリマインダーが届いたその日ではなく、それ以外の日だった。金色のコインは、人々が日々を過ごしながら考えることの内容を変化させ、それによって貯蓄という行為を顕著にした。協力者は折りあるごとにコインを目にした。彼らはコインを手で触れ、話題にし、存在を意識した。コインはそこに物理的に存在することで、協力者の暮らしに貯蓄の考えと行為を持ち込んだのだ。四六時中ではなく、ときたまだが、それでも行動を促し、違いをもたらすには十分だった。
よりよい意思決定を行う能力を身につける
この物語は、お金に関する私たちの考え方や欠点を、有利に利用できるという好例だ。私たちは自分のお金を最大化するような方式(この実験では貯蓄に対するボーナスという無料のお金)に最も強く反応して当然なのに、そうしない。それよりもコインのように、記憶や注目、思考を形成するものごとにずっと強く影響されるのだ。暮らしのいろいろな場面にコインのように貯蓄を促すものをとり入れるシステムをデザインしてみよう。
いま、ほとんどの金融技術が私たちにより多く、より早くお金を使わせようとしている。それに対して、お金の決定をするたびに、つねにあらゆる方法で考え抜くべきだとは言っていない。お金の点では賢明かもしれないが、心理的に荷が重く骨が折れるからお勧めしない。
人生は楽しむものだ。これだけはというポイントを選び、長期的に害をおよぼしそうなことはよく考えよう。ときどきは、これを買ったらどれだけの喜びや価値が得られるのかと自問しよう。同じお金があったらほかになにができるか、なぜ自分はこの選択をしようとしているのかを考えよう。自分がなにをしているのか、なぜそうしているのかを意識すれば、よりよい意思決定を行う能力を、ゆっくりと着実に身につけられるはずだ。
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提供元:「現金払いしない人」がお金を使いすぎる理由│東洋経済オンライン