2018.09.18
年金がどう運用されているか知っていますか|巨大なクジラ「GPIF」の知られざる実像
私たちが払った年金はそのまま寝かせられていません(写真:paylessimages/iStock)
20歳以上のすべての人にかかわる、公的年金。あきらめ気分の人を除けば、気にならない人はいないでしょう。多くの人が気にするのは、「将来、自分は年金をもらえるのか?」「毎月の保険料はいくらか?」という2点です。ファイナンシャルプランナーのテキストにも、年金の入り口と出口については書かれているのですが、その中間、払った保険料がどうなっているか、詳しい解説はあまり書かれていません。
私が「払った年金保険料はその後、一部運用されている」という話をすると、「え!そうなの?」と驚いた反応をする人が少なくありません。その年金運用について、呪文のように言われているのが、「GPIFはESGを重視し、オルタナティブ投資もしている」。一般の人にしてみるとチンプンカンプンかもしれませんが、この意味を解説していきましょう。
運用されているのはどのお金?
毎年、誕生日のおよそ2カ月前に届く「ねんきん定期便」。50歳以下は今まで払った保険料に対する年金が、50歳以上は今と同じ条件で60歳まで保険料を払ったら、将来にもらえる年金が載っています。
これを見ると、私たちの年金は自分で積み立てた分を将来受け取る「積立方式」と思いがちですが、日本の年金制度は年金を受け取っている人に集めた保険料を仕送りする「賦課(ふか)方式」です。つまり、保険料がすべて将来のために運用されているのではなく、現役世代から退職世代に仕送りされて残った一部が「積立金」として運用されています。
厚生年金の財源の年金の内訳は、およそ2割が国庫から、7割が現役世代の保険料から、1割が積立金からです。受け取っている年金のすべてが、現役世代からの仕送りではありませんし、すべてが積立金の取り崩しでもありません。現在の積立金の総額はおよそ160兆円! 日本株の時価総額ランキング1位のトヨタから順に10位までの銘柄を足してもおよそ100兆円、2018年の国家予算がおよそ97兆円ですから、まだ余裕でおつりがくるくらいの大きな額です。
この大きなお金を運用しているのが、株式市場から「クジラ」と呼ばれているGPIF(ジーピーアイエフ)で、正式名称を「年金積立金管理運用独立行政法人」といいます。みなさんの年金の積立金を、管理して運用している独立行政法人と、まさに読んで字のごとしです。国の公的年金を運用する機関としては、世界最大級です。
私たちの積立金の成り立ち
GPIFができたのは、2006年。もともと、年金福祉事業団の時代から、年金積立金はありましたが、使い道はかつて大きく異なっていました。
以前は、保険料収入から年金としての支出を差し引いたものが年金積立金として大蔵省資金運用部に預けられました。貯まってきた積立金は、財政投融資の一環として社会資本整備に使われたほか、現役世代の福祉向上のため住宅融資の財源や、年金保養施設の「グリーンピア」を作る資金などになりました。
年金福祉事業団は1986年から2000年まで、積立金を運用するために、大蔵省の資金運用部から特殊法人への貸し付けとしてお金を借りて運用し、利息を払って返す、というやりとりをしていました。2000年の借入金は27兆円。その後、財政投融資改革によって2001年からは年金資金運用基金(GPIFの前身)が厚生労働大臣から寄託された積立金を直接運用できるようになり、2006年にGPIFへ改組し、現在のような形になりました。
今の運用と2000年以前の運用では大きな違いがあります。かつてはお金を借りて運用していたので、調達金利を上回る運用をしないとプラスになりませんでしたが、今は借り入れをしない運用なので、運用益がダイレクトに得られます。
もう1つは運用額の違いです。2000年の27兆円と比べても、160兆円はおよそ6倍。その大きさゆえに、収益も、損失も大きくなります。仮に160兆円で3%の損益でも5兆円という大きな額になり、損失の場合は特に注目されます。
賦課方式では、少子高齢化で働く人口が減ると、年金保険料の負担が将来大きくなったり、もらえる年金が少なくなったりすることが予想されます。現役世代の負担が高くなりすぎないように、積み立てられたお金は運用され、運用益を活用することになっています。
公的年金は、100年後も制度がちゃんと続くように、少なくとも5年に一度、人口や物価、賃金上昇率など、さまざまなケースを想定し財政検証されています。2014年の財政検証では、「2110年の積立金がおよそそのとき支払う年金の1年分になるように」という見通しを立てています。積立金の運用は将来もらえる年金を増やすためではなく、超長期の公的年金システムを保つためと考えるべきでしょう。
2017年度、GPIFの運用実績は10兆円プラスでした。だからといって年金受給者約40万人の今年の年金が年間2500円アップするわけではありません。同様に、仮に今年の運用が10兆円マイナスだったとしても、年金受給者の年金が減らされるわけでも、将来の私たちの年金がなくなるわけでもありません。
10兆円収益をあげたGPIF運用
100年後に1年分の年金額が残るようにという年金財政上の超長期計画だけでなく、GPIFには、もう少し具体的な運用目標があります。それは厚生労働大臣が定めた、「名目賃金上昇率+1.7%を最低限のリスクで確保すること」。これまでのGPIFはこの目標を達成しています。
気になる私たちの積立金の運用の中身は、半分が株です。正確にいうと、国内株が25%、外国株が25%。残りは債券で、国内債券35%、外国債券15%。以前は、運用の6割は国内債券でしたが、2014年10月から現在の基本ポートフォリオになりました。
2001年からの運用益の合計、累積収益はおよそ63兆円。株価の下落などで累積収益は、右肩上がりには増えませんが、右肩上がりに増えているものもあります。それは、利子や株の配当などのインカムゲインです。リーマンショックで株が暴落しようが、金利が下がろうが、コツコツと毎年およそ2兆円ずつインカムゲインが積み上がっています。
法律で、GPIF自身が銘柄を決めて運用することはできないので、実際運用しているのは、運用受託機関といわれる、民間の運用会社で、ファンドは約100本あります(2017年度末)。インデックスに連動するファンドだけで運用されているイメージがありますが、すべてがパッシブ運用ではなく、アクティブ運用の割合は約2割です。
なぜESG投資なのか
私たちの大事な年金積立金を預かるGPIFは、機関投資家として責任ある投資をするという金融庁の「日本版スチュワードシップコード」を2014年に受け入れ、2015年には環境、社会、企業統治に配慮したESG投資をする、国連責任投資原則(PRI)に署名しました。
ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字をとったもの。企業として環境問題、多様性や従業員の労働環境などの社会問題、汚職事件などが起きないような取り組みが行われているかが問われます。
GPIFは、2017年10月から株だけでなく、債券を含むすべての投資先においてESGに配慮した投資を行うとしています。一歩踏み込んだところでは、ESG指数を3つ採用。指数に連動するファンドに投資をしています。そのうち2つはトータル的なESG、1つは女性活用に特化した「MSCI日本株女性活躍指数(WIN)」があるのも特徴的です。
ESG投資への取り組みについて、GPIFの広報部門に直接尋ねてみました。
「GPIFが昨年採用した日本株の3つのESG指数は、企業が公開している情報をもとに組み入れ銘柄を決めているので、指数に入っていない企業にもESGに興味を持ってもらい、情報公開やESG活動を強化することで、中長期的な企業価値が上昇し、市場全体の投資リターンが上昇することに期待しています。
ESG投資に取り組んでいる企業の株価が上がるとは、まだはっきりと証明されていませんが、不祥事の発生など株価のダウンサイドリスクは少ないと言われています。中長期的に見ると、ESGに取り組む企業にはそういった視点を重視する海外の長期投資家の資金が流入する可能性もあります。何よりESGの考慮によって企業価値そのものが持続的に高まることが、投資家からも選ばれ、安定的なリターンにつながると考えています」
上場企業向けアンケートによれば、3つのESG指数に採用されなかった企業でも、「ESG指数に組み入れられたくない」と答えたのは、わずか1.7%。指数に採用されなかった大型株企業では、社内での取り組みに変化があったと答えた企業が88.9%でした。
「人事部が指数の選定結果を意識するようになった」(医薬)、「報道やお客様からの問い合わせの増加等により、役職員の意識向上につながった」(金融)、「ダイバーシティ推進室が設置され、経営計画もESGを意識した内容になった」(科学)という具体的な変化に対するコメントもありました。私たちの賃金や収入から集められた年金積立金が、まわりまわって、企業に影響を及ぼしているのは、興味深い事実です。
進化を続けるクジラを見守る必要がある
さらに、GPIFは、資産全体の5%を上限に、株や債券とは違う値動きをする「オルタナティブ資産」にも投資を始めています。
オルタナティブとは「代替の」という意味があり、オルタナティブ投資というと株や債券以外の、不動産や未公開株などに投資することを言います。
今は、長期にわたって安定的なリターンを得られるよう、イギリスの空港などに投資するインフラ投資、新興国の消費関連企業の非上場株式を対象としたプライベート・エクイティ・ファンド投資、国内のオフィス、賃貸住宅などを対象とした不動産ファンドなどに投資しています。今後は、海外不動産ファンドにも投資する予定です。
2016年度、GPIFに入ってきた積立金は、国民年金勘定、厚生年金勘定合わせて約2.6兆円でした。100年先を目指して泳ぎ始めていた巨大なクジラGPIFが、毎年積立金をのみ込み、どんな運用をし、それがどんな影響を及ぼすのか、受け取る年金額だけでなく見守っていく必要があります。
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提供元:年金がどう運用されているか知っていますか|東洋経済オンライン