2018.05.24
注意!妊婦には食べすぎていけない魚がある|水銀が子供の発達に悪影響を与えるリスクも
妊婦の食事はよりいっそう注意を払わなければいけません(写真:ふじよ / PIXTA)
妊娠した女性が食事にいっそう注意を払うようになることは多い。しかし、妊婦が知らず知らずのうちに魚を通じて水銀を過剰摂取するおそれがあることをご存じの方はどれだけいるだろうか?
水俣病の原因が水銀であることは、多くの人が知っている。しかし妊娠した女性が「マグロ」などを食べ過ぎてはいけないことを知っている人は少ない。調査によると、54.8%の妊婦は「知っている」と回答したが、実際に食べる魚の量に気をつけている妊婦は28.7%にとどまる(『母性衛生』50巻4号 吉田真奈美他による研究)。
恥ずかしながら、筆者は知らなかった一人である。2000年代前半に子どもを生んだが、家族から「金目鯛は食べ過ぎないほうが良いよ、妊婦にはよくないみたいだから」とは聞いていたが、高級魚の金目鯛をあえて食べる必要もなかったので、手頃な価格のメバチマグロを多食していた。
メバチマグロを週に80グラム以上食べないほうが良い?
調べてみると、厚生労働省は妊婦の魚食と水銀リスクについて2003年から専門家を招き審議を重ねていた。
水銀は水中や土壌中で微生物の働きによって化学変化し、メチル水銀が生成される。海水にも含まれ、食物連鎖によって徐々に濃縮し、上位に位置するクロマグロなどで濃度が高くなる。母親が食事を通じて水銀を摂取すると、胎盤を通っておなかの中の赤ちゃんに蓄積される。
メチル水銀は体の神経系に作用し、発育中の胎児はその影響を受けやすくなる。濃度の高さによっては生まれた子どもの運動機能や知能の発達に悪影響が出るリスクが高まるという。メカジキ、メバチマグロ、クロマグロなど、特定の魚介類には食物連鎖を通じて高い濃度の水銀が含まれているため、妊娠期間中には過剰なメチル水銀を摂取しないよう、その量をコントロールするように、ということである。
厚生労働省ではパンフレット(「これからママになるあなたへ~お魚について知っておいてほしいこと」)を作成し、妊婦に呼び掛けている。たとえば、メバチマグロは1週間に約80gであれば食べてもいいようだ。
また、複数魚種を組み合わせる場合の調整方法も記されている。しかしこの表を見ても、80gがどのくらいの量なのか、イメージがつきにくい。
そこでメバチマグロ80gを切り出してみた。すると予想以上に量が少ないことに驚いた。これではマグロ丼や海鮮丼を食べたら、1週間の目安となる摂取量を超えてしまうこともあるのではないか。
実際に自宅で80グラムのマグロをはかってみた(筆者撮影)
さらに1週間に表内に記された魚を複数食べる場合は、合計が規定量を超えないように魚種と量を調整しないといけない。そのため1種類ずつの魚の分量が減り、何とも味気ない分量となってしまう。ここまで減らす必要があるのだと知り驚いた。
妊娠期は胎児と母体のために積極的に栄養をとるよう促される。個人差はあるものの、食欲が旺盛になる時期もあり、80gの魚はペロリと平らげてしまうくらいの少なさである。厚生労働省は、1週間に目安量を超えて食べた場合は翌週は控えることをパンフレットで呼びかけている。
風評被害を気にする厚生労働省
厚生労働省の通知をみると、「本注意事項については、いわゆる風評被害が生じることのないよう正確なご理解をよろしくお願いします」と強調表記もされている。ここで改めて「風評被害」とは何か、調べてみた。「事故や事件のあと、根拠のないうわさや憶測などで発生する経済的被害」(大辞林)とある。つまり、産業界への配慮を意味している。
この経済的被害への憂慮が、国内の消費者への積極的な情報提供や啓発に抑制的に働いていることはないだろうか。ちなみに「風評被害」にかかわる記述は、2003年の通知にはなく、2005年の改定時に補記されたものである。当時のパブリックコメントには、水産・漁業関係者からの「風評被害を回避してほしい」「節度ある報道が行なわれるように」「風評被害が発生したら事態収拾のため適切な対応を」などの意見が複数寄せられていた。
薄く切り身にしてみると6片ほどになった(筆者撮影)
妊婦は、これから生まれてくる子どものために最善の妊娠期間を過ごすことを切実に願っている。妊娠期間中はちょっとした体調変化にも敏感になり、口にするものすべてに気を使う。だから妊娠していない時期に比べて情報に対して敏感に反応することは確かである。
しかし、合計特殊出生率が1.5を切っている中、妊娠期に限る魚の消費量のコントロールが産業界に与える影響が大きいのだろうか。健康的で安心できる妊娠期間を過ごすために、わかりやすい的確な情報提供を優先させる必要があるのではないか。
妊婦の情報源は、母子健康手帳、病院の医療従事者、居住地の自治体による妊婦教室(プレママ教室など)、妊婦向け雑誌やウェブサイトなどである。妊娠期間中は定期的に通院し、必要に応じて医師や看護師からの食事指導を受けるが、水銀リスクに焦点を絞った形での情報提供が行われているとは考えにくい。
母子健康手帳を通じた発信の必要性
一方、母子手帳はすべての妊婦が手にする公的な情報源である。
女性は妊娠し胎児の心拍が病院で確認されると、母子保健法に基づき、自治体に届けを出し、母子手帳を受け取る。なお母子手帳は、厚生労働省令による「全国共通部分」と、自治体の独自の制度などを反映させることができる「任意様式部分」に分けられる。
厚生労働省の推奨により、2007年以降は魚食によるメチル水銀摂取にかかわる注意喚起が母子手帳の任意様式部分に記されるようになった。母子手帳の多くは民間の事業者が作成し、どれを採用するかは自治体の裁量であるため、特に任意様式部分にはデザインや表現などの差が出やすい。複数の自治体から母子手帳を取り寄せてみたところ、表現の違いはあるものの、多くの場合「妊娠期間中の食事について」等の食事指導欄に次のように記載されていた。
魚介類の一部には食物連鎖を通じて高濃度の水銀が含まれていることもあり、食べ過ぎると赤ちゃんの発育の遅れなどに影響することがあります。一つの種類ばかりでなく、様々な魚介類をバランスよく食べましょう
しかし、この文言だけでは、どの程度のリスクなのか、魚介類の一部とは何か、どのくらい食べたらいいのか、あるいはどのくらいに抑えるべきなのか、よくわからない。
「母子健康手帳」は日本が発祥であり、その歴史は長く、国から妊婦に大切な情報を直接伝えることのできる「公的メディア」としての役割は大きい。最近ではスマートフォンの普及により、「母子手帳アプリ」を提供する自治体も増えており、様式が多様化している。
スマートフォンを多用する若者世代には大変便利である。しかし小さな画面の中の情報は、紙媒体とは異なり、自身が必要な情報をパラパラとめくって探し当てることが難しい。ある母子手帳アプリでは、妊婦への注意喚起はトップページにはなく、何度もクリックして見つけ出す必要がある。
平成30年の母子健康手帳。右側ページ中央に水銀に関する記載がある(筆者撮影)
日本には法的に制度化された母子手帳があるのだから、ここに魚種と魚量を明記し、週内の食事コントロールの方法を具体的に記載することは、必要なことなのではないか。水銀摂取のリスクについて記載されるようになった2007年以降においても、妊婦の認知度が低いのは、そのリスクの伝え方に問題があるからではなかろうか。妊婦に必要な情報を、正確かつわかりやすく伝える方法にはまだまだ検討の余地がある。
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提供元:注意!妊婦には食べすぎていけない魚がある|水銀が子供の発達に悪影響を与えるリスクも|東洋経済オンライン