2017.07.25
老朽マンション、建て替えタダは都市伝説だ
築60年を超す四谷コーポラスは建て替えが決まった(写真:旭化成不動産レジデンス)
四ツ谷駅から徒歩5分の一等地に建つ「四谷コーポラス」(新宿区)。1956年に日本で初めて民間企業により分譲されたマンションだ。当時はメゾネットタイプの間取りで床はフローリング、各戸に浴室が設置されるなど、時代の最先端を行く高級マンションとして注目された。
建物を大型化し51戸(現28戸)に
ただ、最近は耐震性不足や排水管の水漏れなどのトラブルが重なり、修繕での対応が困難な状態になっていた。今年5月に所有者全員の合意で建て替えが決まった。2019年7月に完成予定の新しいマンションは、建物を大型化し51戸(現28戸)に増やす。
同マンションに住む島田勝八郎さん(72)は、「分譲当時からの所有者が多く、建物に対する思い入れは強い。建て替え後は若い人も増えるだろうが、新旧の住民が交流できる環境を作りたい」と話す。
建て替えに当たって1戸当たり数千万円程度の“持ち出し”は必要になるが、住民の9割が売却せず再入居を希望している。
1棟の建物区分所有を認めた、区分所有法が制定されたのが1962年。以降、集合住宅の建設は急増した。
築50年以上の老朽マンションは2016年末時点で4.1万戸ある。老朽予備軍を含めた築30年以上のマンションは172万戸に上る。
東京都が1953年に分譲した日本初のマンション「宮益坂ビルディング」(渋谷区)も排水管やエレベーターなど設備の老朽化を受けて、6月に建て替え工事が始まった。建て替えが必要なマンションは今後ますます増えそうだ。
だが、国土交通省によると、これまでに建て替えに至った例は、予定も含めて252件にとどまる。
障害となっているのは住民の経済的負担だ。解体費や建築費は原則、区分所有者が負担する。一般的に各戸で1000万円単位の資金が必要になる。老朽マンションの住民は高齢者が多く、住宅ローンを組むことが難しい。建て替えには区分所有者の5分の4以上の賛成が必要になるが、資金の捻出が難しい住民も少なくないため、合意形成のハードルが高い。
タダで建て替えられるという都市伝説
これまでに建て替えが実現したマンションは、容積率に余裕があり住戸数が大幅に増えるケースが多かった。新たに分譲する住戸の売却資金を建て替え費用に充てることで、住民負担を減らせるからだ。
国内最大の建て替え事案として知られる多摩ニュータウンの諏訪2丁目住宅では、建て替えによって640戸が1249戸へ倍増した。新規分譲分の売却益によって、ほとんどの住民は持ち出しがゼロになった。
あるデベロッパー幹部は「マンションはタダで建て替えられるという都市伝説が生まれてしまった」と複雑な表情を浮かべる。建て替え後の資産価値上昇を狙った投資家が老朽団地を買いあさる事態も起きた。
都市再生機構(UR)などが高度経済成長期に分譲した集合住宅(団地)は、都心近郊ながら容積率にゆとりを持って建てられた物件も多い。
日本初のマンション「宮益坂ビルディング」は6月に建て替え工事が始まった(写真:旭化成不動産レジデンス)
それでも住民の持ち出しがまったくない事例はごく一部にすぎない。現在建て替え準備中の若潮ハイツ(千葉市)は、住戸数が500戸から1009戸へと2倍に増えるが、住民の費用負担は避けられないという。また、余剰容積があっても、郊外や、駅から遠いなど不動産価格の低い地域では、十分な売却益を得られず、住民の負担軽減は厳しくなる。
もっとも、容積率に余裕があるマンションはそう多くはない。四谷コーポラス建て替えの事業協力者である旭化成不動産レジデンスの主任研究員・大木祐悟氏は、「ほとんどのマンションは建て替え後もほぼ同じ大きさにしかならない」と指摘する。
建て替えで戸数が減ってしまう場合も
民間分譲マンションは容積率の上限ギリギリで建てられていることが多い。分譲後に設定された日照制限などで、建て替え後は小さい建物しか建たず、戸数が減ってしまう場合もあるという。
「マンション居住者は、将来の建て替えに備えて早いうちから資金を準備する必要がある」(大木氏)。人手不足などによる建築コスト上昇も懸念材料だ。
戸建て住宅であれば建て替えの自己負担は当たり前だが、マンションの場合、積立金のある修繕計画には目が行くものの、建て替えへの意識は薄くなりがちだ。自分たちの資産を守り、価値を維持する責任を負う覚悟は、戸建てと同様に必要になる。
当記事は「週刊東洋経済」7月29日号 <7月24日発売>からの転載記事です
真城 愛弓 :東洋経済 記者
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