2024.01.26
ブラザー・コーンさんが患った「男性乳がん」とは?|専門医「しこりがあったら乳腺外科を受診して」
男性でも患うことがある乳がんについて、詳しい医師に話を聞きました(写真:C-geo/PIXTA)
「いよいよ俺が68年間付き合って来た左胸とお別れします」
音楽デュオ「バブルガム・ブラザーズ」のブラザー・コーンさん(68)が、自身のインスタグラムで乳がんの手術を受けることを明かした。
22日夜には、朝から始まった乳がんの「乳房切除術」は昼に無事に終わったと、インスタグラムで報告。医療関係者やファン、友人らに感謝の言葉をつづった。
男性の1000人に1人が罹患する病
ブラザー・コーンさんは昨年8月末、男性乳がんと診断されたことを公表し、バブルガム・ブラザーズ40周年ライブやレコーディングなどの予定を中止して、治療に専念していた。
乳がんは女性がかかるものというイメージがあるが、実は違う。男性でも1000人に1人が罹患するといわれていて、遺伝性である可能性も高い病気としても知られている。
国立がん研究センターのがん情報サービス「がん統計」によると、2019年に乳がんと診断された人数は、男性が670人、女性は9万7142人、乳がんで亡くなった人数は男性が129人、女性が1万4650人だった。
同センターの希少がんセンターによると、男性乳がんは乳がん全体の約1%とされている。発症者が多いのは60~70代の高齢者で、自覚症状としては、胸や脇のしこり、乳頭からの出血、乳頭部のただれなどが挙げられている。
「四国がんセンターでは、年間の乳がんの患者登録数は350人前後。そのうち、男性乳がんの患者さんは1人か多くて2人ぐらいだった」と話すのは、約30年にわたって、四国がんセンター(愛媛県松山市)で3000人以上の乳がん患者の治療に携わってきた乳腺外科医の大住省三氏(現・松山市民病院顧問)だ。
乳がんは、乳房内の乳腺という組織から発生するが、実は女性だけでなく、男性にもある。そして、男性乳がんの場合は、診断がついた時点でやや進行していることが少なくないという。
様子を見ているうちに大きく
大住医師は言う。
「乳腺の量は女性と比べて圧倒的に少ないですから、しこりがあれば、自分で触ればすぐわかる。しかし、それが“乳がんかもしれない”と思う人は少ないので、様子を見ているうちに大きくなってしまうことが多いのではないか。乳がん検診が男性にはないのも理由でしょう」
1月20日に配信された「Yahoo!ニュース オリジナル Voice」のインタビューによると、ブラザー・コーンさんもシャワーを浴びて体を洗っているときに「左の乳首の横にごりっとするような感じのもの」があり、大学病院を受診して発覚したという。
この判断は正しい。大住医師は「男性乳がんを早期に発見するためには、男性も時々、入浴の際などに鏡で自分の胸の形を見たり、異常がないかなどを触って確認したりすることが大切。異変を感じたら、来づらいかもしれませんが、乳腺外科に来てください」と話している。
乳がんの診断は、超音波検査やマンモグラフィ(乳房レントゲン撮影)、組織を取ってきて調べる組織診などをもとに行われる。
治療は、がんの進行の程度によって異なるが、基本的には女性の乳がんと同じで、完全切除が可能であれば乳房を切除する外科手術を試み、必要に応じて薬物治療(抗がん剤や分子標的薬、ホルモン療法薬など)や、放射線治療と組み合わせる。
そして、男性乳がんのリスクファクターといえるのが、家族歴だ。
前出の希少がんセンターによると、乳がんや卵巣がんになったことがある近親者(父母や兄弟姉妹、子ども、祖父母など)が1人以上いる男性は、そうではない男性と比べて、乳がんを発症するリスクは2倍になるという。
近親者にも乳がん患者がいる場合は、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」の可能性が高い。
前出のインタビューによると、ブラザー・コーンさんは母親が乳がんに罹患しており、自身も約10年前に前立腺がんを患ったという。
HBOCとは、遺伝子の「BRCA1」「BRCA2」に生まれつき変異があり、それが原因で生じる乳がんや卵巣がんのこと。この変異があると一般の人より前述したがんが発症しやすいことがわかっている。
大住医師は、「男性乳がんがHBOCである可能性は約10%で、女性乳がんの4%よりも高い」と話す。ある報告によると、男性乳がんの場合、0~4%にBRCA1変異が、4~16%にBRCA2変異が見られるそうだ。
遺伝子検査を受けてほしい
こうしたことから、大住医師は乳がんと診断された男性には、HBOCであるかどうかを血液で調べる遺伝子検査を勧めている。この遺伝子検査は、男性の乳がん患者であれば現在、健康保険で受けられる。
HBOCの大きな特徴は、「50歳ぐらいの若い年代でも発症することがある点」、また、「発症後にがんやその周辺を切除しても、残っている乳腺組織や反対側の乳房、女性の場合は卵巣にもがんが発症する可能性が高い点」などだ。
そこで、がんを早期発見し、適切な治療を早期に受けられるよう、遺伝子診断の重要性が長年訴えられてきた。そして、これまで自費(検査費は約20万円)だった遺伝子検査が、2020年4月から、以下の条件に当てはまれば健康保険が適用されるようになった。
さらに、遺伝子検査でHBOCと診断されたときには、新たながんの発症リスクを低減させるため、日本乳癌学会は『乳癌診療ガイドライン(2022)』で、反対側の健康な乳房の予防的切除や、女性であれば卵巣・卵管の予防的摘出を検討することを推奨している。こちらも、2020年4月より健康保険が適用となっている。
もちろん、反対側の乳房を残すこともできる。ただその場合、年1回のMRI検査などの画像診断を健康保険で受けることになる。
HBOCの治療に関しては、薬物治療も進んでいる。
例えば、HBOCの患者に発症したがんに効果が期待できるPARP(パープ)阻害薬のオラパリブが、進行・再発乳がんに対して、2018年7月から健康保険が使えるようになった。
「また、オラパリブを術後に使うと再発率が低くなることがわかり、現在では術後に再発予防目的でも使われています」(大住医師)
このPARP阻害薬はその後、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんにも適用となり、卵巣がんには同じPARP阻害薬のニラパリブも、2020年9月から健康保険が使える。
遺伝のがん診療、日本は遅れている
2020年に遺伝子検査などで健康保険の適用が実現したのは、長年、がん患者団体や日本乳癌学会が声を上げてきたからだ。
とはいえ、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが両側の乳房切除と、卵巣卵管のリスク低減手術を受けたことを公表したように、予防的な両側乳房切除、卵巣卵管切除といった考え方が広まっている欧米と比べると、遺伝子情報を生かした診療体制は、日本ではまだ遅れているのが実情だ。
アメリカでは2008年に本人や家族の遺伝子検査結果に基づく健康保険の加入制限、採用・昇進の不利な取り扱いといった差別を禁止した法律を制定しているが、日本ではそうした動きもない。HBOCの診療体制も、東京以外はまだ十分とはいえないという。
男性乳がんを患ったことを公表したことで、私たちにこの病気に関心を向けさせてくれたブラザー・コーンさん。インタビューでは「姉や妻、娘が乳がんにならなくてよかった。僕でよかった」とも話していた。
まずは、コーンさんの手術の成功を心から喜びたい。
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提供元:ブラザー・コーンさんが患った「男性乳がん」とは?|東洋経済オンライン