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2023.10.24

がん細胞を「抗がん剤工場」化、最新研究の驚く中身|実用化に期待!免疫システムを利用するアプローチ


免疫システムを活用したがん治療の可能性が模索されています(写真:Graphs/PIXTA)

免疫システムを活用したがん治療の可能性が模索されています(写真:Graphs/PIXTA)

従来の免疫療法で効果が得られるのは、平均してがん患者全体の13%未満だと言われています。人間の持つ免疫システムを最大限に活用してがんを治療するために、さまざまなアプローチが模索されています。その中から実用化されれば多くの患者を救えるかもしれない最新の研究を紹介します。

※本稿は中尾篤典氏・毛内拡氏の新著『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』から一部抜粋・再構成したものです。

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従来の免疫療法は残念ながら不完全

がんの治療法は研究が進んでおり、まだ実用化には至らぬまでも、希望の持てそうなアプローチがいくつも出てきています。

人間が本来持つ免疫細胞の力を強化して、がん細胞を殺そうとする免疫療法は、がん治療において画期的なアプローチでした。しかし残念なことに免疫療法は完全ではなく、がんの種類によって最低5%から最高で30%、平均してがん患者全体の13%未満にしか効果がありませんでした。

効果が限られている原因は、免疫システムの持つ力を最大限活用し、免疫細胞を十分に活性化させることが難しいことにあります。

免疫の中心的な役割を持つ、いわば司令塔的存在がT細胞です。T細胞が、私たちの健康な細胞を攻撃しない理由の1つは、免疫チェックポイントを持っているからです。T細胞が持っているPD-1、CTLA-4といった「鍵」が、正常細胞にある「鍵穴」と結合すると、T細胞は相手の細胞が「攻撃してはいけない仲間」と認識するのです。

しかし、がん細胞はもともと正常細胞の遺伝子に傷がついてがん化したものなので、これらの鍵穴を持っています。がん細胞はこの仕組みを悪用し、鍵穴とT細胞の鍵を結合させ、免疫細胞の攻撃を免れます。

この鍵と鍵穴が結合できないようにする薬品が免疫チェックポイント阻害剤なのですが、このような免疫システムを利用する治療法も決して万能ではありません。

がん細胞は「鍵穴」を持っているためT細胞の攻撃を逃れてしまう(出所:『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』)

がん細胞は「鍵穴」を持っているためT細胞の攻撃を逃れてしまう(出所:『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』)

マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちは、がんになったマウスの腫瘍から切り取ったがん細胞のDNAを、薬品によって損傷させ改めてマウスの腫瘍に戻すという方法を、免疫療法と組み合わせることにしました。いわばがん細胞を「半殺し」にしてそれを腫瘍に再び戻す、という方法です。

これを実験で試してみると、黒色腫と乳がんに対して効果を発揮し、免疫療法の併用によってマウスの40%においては腫瘍が完全に消滅しました。

がん細胞が「介錯」を求めるサイン

健康な細胞は回復の見込みがないほど大きく損傷すると、がん化など深刻なエラーを起こす前に、免疫システムに対して自らの「介錯」を求める信号を発します。これはアポトーシスと呼ばれる細胞の自殺なのですが、自分で「もうだめだ、殺してくれ」というサインを出して、免疫細胞に自ら殺されることを頼むわけです。

これは正常な細胞の場合ですが、がん細胞も「介錯」を求めるサインを出すのであれば、免疫細胞にそれを認識させて、より有効にがん治療を行える可能性があります。

DNAをズタズタに傷つけられ「半殺し」にされたがん細胞は、腫瘍に戻された後も免疫細胞に自らの「介錯」を求める信号を発し続けます。免疫細胞は半殺しになったがん細胞だけでなく「腫瘍全体を介錯の対象」と認識して攻撃を始めます。これが、「半殺し」にしたがん細胞を戻す治療法のメカニズムです。

「半殺し」にされたがん細胞は、元気ながん細胞を巻き込んで「介錯」される(出所:『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』)

「半殺し」にされたがん細胞は、元気ながん細胞を巻き込んで「介錯」される(出所:『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』)

しかし、半殺しにしたがん細胞をマウス体内の腫瘍本体に戻すだけでは、治療効果がありません。免疫療法によって免疫細胞の力が十分に高まってブーストされた状態でなければ、半殺しにされたがん細胞の「介錯」信号を、免疫細胞が感知できないことがわかりました。つまりこの方法は、他の抗がん治療との併用が望ましいということになります。

がん細胞を「半殺し」にしてワクチンに

この研究成果は、DNAを損傷させたがん細胞を腫瘍に移植することで、免疫療法の成功率が上げられることを示しました。それはつまり、半殺しにされたがん細胞は、ワクチンとして働く可能性もあるということです。

研究者たちは、この方法でがんが完治したマウスに、数カ月後にがん細胞を移植しました。するとマウスの免疫細胞は侵入してきたがん細胞を認識して攻撃し、新しい腫瘍ができなかったのです。

今回の結果は、あくまで動物実験のものですが、今後は人間にも試すことが計画されているようです。免疫療法には自らの免疫を鼓舞しつつ、その効果を高めるためのさまざまな工夫がなされています。

今後、免疫療法の有効率を劇的に向上させ、がんの完治や予防につながる方法がどんどん出てくることを期待します。

がん細胞自体を抗体と薬の生産工場に変える

がん細胞を攻撃するための抗がん剤は、どうしても周囲の正常な細胞にまで毒性が及んでしまいます。がんの治療で最も重要なことは、がん細胞をどのように効率的に殺すか、正常な細胞を傷つけずにがん細胞だけを攻撃できるかですが、なかなかそのような方法を見つけ出すことはできませんでした。

しかし近年、チューリッヒ大学の研究者たちは、がん細胞を攻撃する手段としてウイルス(アデノウイルス)を用いてがん細胞の遺伝子を書き換え、がん細胞自身を「抗がん剤の生産工場」に変えることに成功したと報告しました。

アデノウイルスは臨床では風邪の原因となる一般的によく知られたウイルスで、細胞表面にある特定のタンパク質に結合することで感染します。研究者たちは、このアデノウイルスの遺伝子を編集操作し、病原性と増殖能力を奪いつつ、がん細胞の表面にあるタンパク質だけを認識するように書き換えました。これにより、標的とするがん細胞だけに感染するアデノウイルスが人工的に作られたのです。

がん細胞を殺すには、強力な毒素あるいは抗がん抗体や免疫物質が必要になります。そこで研究者たちはウイルスの遺伝子をさらに編集し、がん細胞を認識して攻撃する抗体と免疫物質の遺伝子を書き加えました。これによりがん細胞の内部に入り込んだ遺伝子たちががん細胞に、ウイルスの体を作る代わりに、がん細胞を殺す抗がん抗体と免疫物質を生産させるようになったのです。

つまり、ウイルスの増殖能力を乗っ取って、がん細胞自体を、自身を殺す抗体と薬の生産工場に変えてしまうわけです。

細胞の塊、つまり腫瘍の中でがん細胞が自ら分泌した抗腫瘍物質は、腫瘍内の局所で効果を発揮しますが、こういう状態をパラクリン(傍分泌)と呼び、正常組織への影響が少なく抗がん治療としては理想的ともいえます。また、このような治療法をSHREAD(SHielded, REtargeted ADenovirus)遺伝子治療と呼び、大きな期待がされています。

遺伝子操作されたアデノウイルスによってがん細胞を乗っ取ることができる

遺伝子操作されたアデノウイルスによってがん細胞を乗っ取ることができる

加えて今回の研究では、作り上げたアデノウイルスの性能を実証する実験も行われました。研究者たちはまず、乳がんの細胞をマウスに植えつけます。次に用意していたアデノウイルスを感染させ、がん細胞に対するウイルスの効果を確かめました。

ウイルスが感染し始めると、腫瘍全体のあちこちに小さな穴が開き始め、腫瘍に栄養を供給していた血管がボロボロになりました。これは、がん細胞内部で生産される抗がん抗体と免疫物質が、がん細胞を内側から攻撃して破壊し始めた結果です。

また研究者たちが抗がん抗体の濃度を腫瘍内部と血液で比較したところ、抗がん抗体の濃度は腫瘍内部では血中の1800倍に達していたことが確認されています。この結果もウイルスが、がん細胞だけに感染したことを示しています。

アデノウイルスを用いた治療は標準化するか

また、アデノウイルスを遺伝子操作しがん細胞に感染させることで、がん細胞自身を、抗がん剤の生産工場に変えることができただけでなくさらに、ウイルスの細胞認識部位を書き換えることで、乳がん以外の様々ながんに対応できるウイルスのプラットフォームの作成も行われました。

記事画像

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これまで20年近い研究の積み重ねがあったアデノウイルスを用いた遺伝子治療ですが、今回の研究成果である汎用性の高いプラットフォームの開発は将来のがん治療の標準化につながる可能性が大きく、大変意義があるものです。

まだ動物実験でしか確認されていないこの方法ですが、安全性が確認され人間にも効果があるとすれば、腫瘍の部位ごとに異なる遺伝子操作をしたウイルスを腫瘍に直接入れる、という治療法につながります。

例えば、肺と胃にがんが転移しているならば肺には肺がん用に、胃には胃がん用に、それぞれ遺伝子操作したウイルスを送り込むというわけです。毒性を生じる最小の量で、腫瘍だけに限局して治療効果を発揮するこの方法は、がんの治療法として理想的であるといえます。

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提供元:がん細胞を「抗がん剤工場」化、最新研究の驚く中身|東洋経済オンライン

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