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2023.10.02

「男性乳がん」知っておきたい遺伝性がんとの関係|専門の検査やカウンセリングが保険適用に


女性だけではありません。まれに男性も乳がんを患うことがあります(写真:Luce/PIXTA)

女性だけではありません。まれに男性も乳がんを患うことがあります(写真:Luce/PIXTA)

音楽デュオ「バブルガム・ブラザーズ」のブラザー・コーンさん(67)が8月末、男性乳がんと診断されたことを公表した。

男性乳がんとは耳慣れない病名だが、男性の1000人に1人が罹患するとされ、遺伝性である可能性も高い病気だ。男性乳がんの対処法とともに、日本の遺伝外来の現状と課題について紹介する。

胸や脇のしこりで見つかる

国立がん研究センター希少がんセンターによると、男性乳がんは乳がん全体の約1%といわれている。

アメリカのデータでは女性は生涯を通じて8人に1人が乳がんに罹患するのに対し、男性では1000人に1人。発症者が多いのは60~70代で、自覚症状としては、胸や脇のしこり、乳頭からの出血、乳頭部の皮膚のただれなどがある。

約30年にわたり、四国がんセンター(愛媛県松山市)で3000人以上の乳がん患者の治療に携わってきた乳腺外科医の大住省三氏(現・松山市民病院顧問)は、「四国がんセンターでは年間の乳がんの患者登録数は350人前後。そのうち、男性乳がんの患者さんは1人か多くて2人ぐらいだった」と話す。

乳がんは乳房内の乳腺という組織から発生するが、実は男性にも乳腺の組織はある。そして、男性乳がんの場合、診断された時点でやや進行していることが多いといわれる。

「乳腺の量は女性と比べて圧倒的に少ないですから、しこりがあれば、自分で触ればすぐわかる。しかし、それが“乳がんかもしれない”と思う人は少ないので、様子を見ているうちに大きくなってしまうことが多いのではないか。乳がん検診が男性にはないのも理由でしょう」と大住医師。

男性乳がんを早期に発見するためには、男性も時々、入浴の際などに鏡で自分の胸の形を見たり、異常がないかなどを触って確認したりすることが大切だ。異変を感じたら、「来づらいかもしれませんが、乳腺外科に来てください」(大住医師)。

男性乳がんの診断は、超音波検査やマンモグラフィ(乳房レントゲン撮影)、検体を調べる組織診などが行われる。

治療は、がんの進行の程度によって異なるが、基本的には女性の乳がんと同様、完全切除が可能なら外科手術を試み、必要に応じて薬物治療(抗がん剤やホルモン療法薬など)や、放射線治療と組み合わせる。

家族歴があるとリスクは2倍

ところで、男性乳がんの危険因子の1つが家族歴だ。

前出の希少がんセンターによると、乳がんや卵巣がんになったことがある近親者(父母、兄弟姉妹、子ども、祖父母など)が1人以上いる男性は、そうではない男性と比べて乳がんを発症するリスクは2倍になるという。

近親者にも乳がん患者がいる場合、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」の可能性が高い。

HBOCとは、遺伝子の「BRCA1」「BRCA2」に生まれつき変異があり、それが原因で生じる乳がんや卵巣がんのこと。変異があると一般の人よりこうしたがんが発症しやすい。

「男性乳がんがHBOCである可能性は約10%。女性乳がんの4%よりも高い」と大住医師。ある報告によると、男性乳がんの場合、0~4%にBRCA1変異が、4~16%にBRCA2変異があるという。HBOC関連がんの中には膵臓がんや男性の前立腺がんも含まれるが、割合的には低い。

こうしたことから、大住医師は乳がんと診断された男性には、HBOCであるかどうかを血液で調べる遺伝子検査を勧めている。この遺伝子検査は、男性の乳がん患者であれば現在、健康保険で受けられる。

HBOCの大きな特徴は、「若くして(50歳ぐらい)発症する点」、また、「発症後にがんを切除しても、残っている乳腺組織や反対側の乳房、女性の場合は卵巣にもがんが発症する可能性が高い点」だ。

そこで、がんを早期発見し、適切な治療を早期に受けられるよう、遺伝子診断の重要性が長年叫ばれてきた。そして、これまで自費(検査費は約20万円)だった遺伝子検査が、2020年4月から、以下の条件に当てはまれば健康保険が適用されるようになった。

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遺伝子検査でHBOCと診断されたら、新たながんの発症リスクを低減させるため、日本乳癌学会は『乳癌診療ガイドライン(2022)』で、予防的に反対側の健康な乳房の切除や、女性であれば卵巣・卵管の摘出を検討することを推奨している。

こちらも2020年4月より健康保険が適用となっている。

反対側の乳房を残す選択をしたとしても、年1回のMRI検査などの画像診断を健康保険で受けることも可能だ。

このほか治療に関しては、「HBOCの患者さんに発症したがんに効果が期待できるPARP(パープ)阻害薬のオラパリブが、進行・再発乳がんに対して、2018年7月から健康保険が使えるようになりました。また、オラパリブを術後に使うと再発率が低くなることがわかり、現在では術後に再発予防目的でも使われています」と大住医師。

このPARP阻害薬はその後、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんにも適用となり、卵巣がんには同じPARP阻害薬のニラパリブも、2020年9月から健康保険が使えるようになった。

HBOCの遺伝カウンセリング

こうしたHBOCに対しては、遺伝カウンセリングが始まっている。日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)によると、遺伝性乳癌卵巣癌総合診療基幹施設は現在、全国に64カ所ある。

JOHBOCのホームページから「遺伝性乳癌卵巣癌総合診療基幹施設」が探せる。

JOHBOCのホームページから「遺伝性乳癌卵巣癌総合診療基幹施設」が探せる。

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大住医師が今年3月まで勤務していた四国がんセンターでは、2000年に全国にさきがけて「家族性腫瘍相談室」を開設した(2016年に「遺伝性がん診療科」に名称変更)。以来、遺伝カウンセラーによる遺伝カウンセリングを通して、HBOCの診療体制構築に取り組んできた。

同科ではまた、HBOCと診断された患者だけでなく、その血縁者らのフォローを行っている。BRCA1、2の遺伝子変異は生まれつきのものなので、HBOCの患者の近親者も2分の1の確率で遺伝子変異を受け継いでいる可能性がある。

がんを発症してはいない遺伝子変異を受け継いでいる血縁者には、定期的な精密検査(造影乳房MRIなど)で早期発見に努める「サーベイランス」が始まっている。

このほかに、未発症者も予防的に乳房を切除する「リスク低減手術」も先述のガイドラインでは推奨しているが、大住医師によると「実際はほとんど行われていない」そうだ。その理由は、未発症者には健康保険が適用されないため、自費負担になることが大きいという。四国がんセンターの場合、両側の乳房切除と再建を行うと100万円以上かかるという。

ちなみに、卵巣・卵管に関しては、摘出をすると死亡リスクを下げることが明らかになっているため、日本婦人科腫瘍学会の『卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン(2020)』では、卵巣がん発症リスクが高まる40歳ごろに向けて妊娠や出産の希望がなければ、未発症者でも卵巣・卵管をすべて摘出することを強く推奨している。

こちらも自費で、卵巣と卵管の両方を切除すると「だいたい80万円」(大住医師)という。

四国がんセンターで実施している遺伝カウンセリングの件数は、現在は月20~30件。遺伝子検査に健康保険が適用になってから「ぐんと増えた」(大住医師)。遺伝カウンセリングでは遺伝カウンセラーが患者の話を聞き、不安が強い場合には、臨床心理士による専門的な診療を受けることも可能だ。

2020年に遺伝子検査などで健康保険の適用が実現したのは、長年、がん患者団体や日本乳癌学会が声を上げてきたからだ。

とはいえ、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが両側の乳房切除と、卵巣卵管のリスク低減手術を受けたことを公表したように、予防的な両側乳房切除、卵巣卵管切除といった考え方が広まっている欧米と比べると、遺伝子情報を生かした診療体制は日本ではまだ遅れているのが実情だ。

アメリカでは2008年に本人や家族の遺伝子検査結果に基づく健康保険の加入制限、採用・昇進の不利な取り扱いといった差別を禁止した法律を制定しているが、日本ではそうした動きもない。HBOCの診療体制も、東京以外はまだ十分とはいえないという。

HBOCの診療はまだまだ不十分

遺伝子情報を生かした診療体制を整えるための一番大きなハードルは、「日本では病気にかからなければ、健康保険が適用されないこと」だと大住医師は指摘する。

遺伝性のがんに詳しい大住省三医師(写真:本人提供)

遺伝性のがんに詳しい大住省三医師(写真:本人提供)

大住医師は約20年間、遺伝子検査などの保険が通らなかった状況を歯がゆく思ってきた。検査が保険で受けられるようになったことを評価するが、まだまだサポート体制は不十分だという。

「未発症の方の診療を保険で認めるということは、日本の保険制度を根本的に変えないと難しいが、それでも以前に比べれば大きく進歩していると思う。今後も国会議員をはじめ、多くの人にもっと関心を持ってもらい、実現させたい」と抱負を語った。

そうした意味でも今回、ブラザー・コーンさんが男性乳がんを患ったことを公表したことは、大きな一歩なのかもしれない。

大住省三医師 松山市民病院顧問

1957年、徳島市生まれ。1982年、岡山大学医学部卒。岡山大学大学院(病理学)卒業後、1986年、岡山大学医学部第2外科入局。国立岡山病院外科、愛媛県立伊予三島病院外科、米国スタンフォード大学(病理学)留学などを経て、1993年から国立病院四国がんセンター(現・独立行政法人国立病院機構四国がんセンター)外科。乳腺外科医長、がん診断・治療開発部長などを務めた。2023年4月より現職。専門領域は乳がんの早期診断、縮小手術、遺伝性腫瘍。日本乳癌検診学会評議員、日本遺伝性腫瘍学会理事。

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提供元:「男性乳がん」知っておきたい遺伝性がんとの関係|東洋経済オンライン

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