2023.03.22
相次ぐ「がん画像検査の見落とし」から身を守る術|滋賀県内の病院で患者2人が死亡、大学病院でも
がんの見落としが起きてしまう背景と、見落とされない対策を専門医が解説します(写真:mits/PIXTA)
滋賀県高島市の高島市民病院は2月8日、「がんの疑い」と診断された市内の患者3人のCT画像診断報告書を、医師3人が見落とす医療過誤があったと発表した。うち患者2人は転院先の病院でがんの疑いで亡くなった。
CT検査でせっかくがんが見つかったのに、主治医にきちんと報告がなされず、適切な治療につながらず患者が死亡してしまう――。そんな深刻な事態がいま、全国の病院で相次いでいる。
なぜ見落としは起こるのか。放射線診断医であり、熊本県で遠隔画像診断サービス会社の代表を務める中山善晴氏に、専門家の立場から話を聞いた。
高島市民病院のCT検査見落としで亡くなった患者は2人。2019年1月に受診した80代男性と、3月に受診した70代男性だ。70代男性が8月、80代男性は11月に再受診した際、CT検査でがんの疑いとされ、以前の見落としが判明した。それぞれ別の病院で治療を受けたが、2人は2020年に亡くなった。
同じようなCT検査の見落としは、2018年にも起こっている。例えば、千葉大学病院で30~80代の患者9人のCT画像診断報告書を医師が見落としたとして、大きく報道された。ここでもがんの診断が遅れ、患者2人が死亡している。
約4年間で32件の見落とし
医療事故等の有害事象を収集分析している公益財団法人日本医療機能評価機構によると、2017年10月~2020年9月に「画像診断報告書の記載内容を見落とした事例」の報告件数は全国で32件あったという。
「これらの見落とし事案は、CT検査で放射線診断医はがんを見つけていたにもかかわらず、主治医が専門領域の疾患の治療に集中していて、その診断報告での専門外領域の報告については確認していなかったことが主な要因と思われます。その後の疾患の経過観察で再びCTを撮ったときに、進行した状態でそのがんが見つかって、報告書の見落としがわかったのでしょう」
と中山氏は言う。
肺がんのCT画像。矢印の先にある「がん」(画像:株式会社ワイズ・リーディング提供)
この問題の背景にあるのはCTの高速化、高精度化だ。
近年、CTは1回の撮影で体の断面を数百枚撮ることも可能で、数ミリの病変も発見できるようになっている。さらに、撮影する際は対象となる臓器の周辺だけでなく、広範囲を撮ることが多い。たとえば、肺を診るのに上半身全体を撮影するという具合だ。その結果、得られる情報が格段に増え、偶発的に別の病変が発見されやすくなっている。
「放射線診断医は基本的に、主治医がオーダーした臓器だけではなく、撮影された画像の全領域を見ています。そのため、別の病変も発見されやすいのです」(中山氏)
背景には放射線診断医の「不足」
日本は他の先進諸国に比べてCT検査が普及しており、総合病院ではおおむね導入されている。それに対し、画像をチェックする放射線診断医は現在、全国に約5600人。これは全医師の約2%にすぎない。中山氏は「肝心の放射線診断医の数が足りていない」と話す。
放射線科医は、CTやMRIなどの検査画像をチェックする「放射線診断医」と、放射線を用いてがんを治療する「放射線治療医」とに分かれている。放射線診断医は患者を直接診察することはほとんどなく、画像から病気を診断して主治医に所見を伝えることが主な仕事だ。
1日50人の患者のCTを撮影し、1人当たり平均400枚の画像とすれば、画像は全体で2万枚にもなる 。放射線診断医は日々、膨大な量の画像をみて、画像診断報告書の作成に追われてしまう。
「CTやMRIなどの検査で実際に撮影するのは診療放射線技師ですが、彼らは診断することも、報告書を作成して主治医に伝えることもできない。放射線診断医の仕事の一部を診療放射線技師に委託できれば、放射線診断医の仕事の負担を減らせますが、日本医学放射線学会はそれを容認していません」(中山氏)
一方、患者の主治医も多忙であり、自分の専門領域において、目の前の仕事をこなしていくことで精一杯なことが多い。
「巨大化していく病院組織の中では、医師同士の関係性も希薄になっていく。お互いが直接声をかけ合うようなことも少なく、伝達事項のエラーもより起きやすくなる。残念ながら、病院によってはこうした報告の伝達漏れは、日常的にある状況ではないかと思います」(中山氏)
患者の命にも直結するこうした、見落とし問題については国も対策を講じ始めている。
画像診断報告書の記載内容を主治医が見落とす事案が相次ぐ状況を受け、厚生労働省では、病院が報告書の管理体制を整備した場合に、診療報酬を加算する仕組みを2022年からスタートさせた。
だが、それだけでは不十分だと中山氏は言う。
「診療報酬の加算は管理体制整備の追い風にはなるかと思います。でも、そう簡単にはこの問題は解決しないでしょう。画像診断の報告書を確認すると未読から既読に変わるシステムも最近普及してきましたが、仕事に忙殺される医師本人でなく、看護師が医師の代わりに報告書を開いて既読にしているというケースもあると聞いています」
そのうえで、こうした事態を解決するには医師や看護師などの医療者以外の第3者がサポートし、チームで連携する形を模索する必要があるのではないかと中山氏は言う。
「伝達エラーが起こらない仕組みを作るには、医師や看護師だけではなく、クラーク(医療事務)や医療補助員などチームで共有してチェックしていくことだと思います。とくに報告書に重大な事象につながる“がんの疑い”などのパニック画像所見の記載があれば、その文字の色が変わって警告する。そんなリスク管理ができるシステムが有用かもしれません」
「CT検査の見落とし予防」という面で、AI技術は今後、どのぐらい期待できるのだろうか。
「多くのベンダーが画像診断用AIの開発を進めていますが、実際はそんなに甘くはなくて、単純にAIに置き換えられない。AIを臨床で使えるところまでにはまだまだで、いまの多忙な医師の働き方を改善するまでにいたるには相当な時間がかかる」(中山氏)
なぜAIに置き換えられないのかというと、いまのAIでは“プログラムされた病気以外を見つけることはできない”からだ。そこが多角的な視点でさまざまな病気の可能性を想定し、病気を見つけられる画像診断と大きく異なる。
「もしも、腹痛で受診した患者がいた場合、体の上から下までCT撮影をしたとします。AIはお腹に胆石を見つけることができたとしても、大動脈解離を見つける学習プログラムが組み込まれていなければ、この生死に関わる重大な病気を見つけられないのです」(中山氏)
ただ、AI技術を用いた画像診断に関しては可能性がないわけではなく、肺がん検診、乳がんのマンモグラフィー検査、脳ドックでの脳動脈瘤の検査などの定期健診では今後、期待できるのではないかという。
主治医に「お任せしない」が重要
では、がんを見落とされないために、われわれ患者はどうしたらいいか。
CT検査の見落とし予防で重要なのは、医療側のシステムだけではない。患者側、つまり、一般市民の意識改革も必要だと中山氏は説く。
「多くの患者さんは、放射線診断の専門医がいることも知らないと思います。撮影されたCTを主治医が直接、読んでいると思っている。主治医はすべてを理解していて、自分の画像診断にまさか見落としがあるかもしれないなんて思ってもみないでしょう。まずはそこからの啓発が大切かもしれません」
主治医は専門の診療領域のスペシャリストだが、体のすべての臓器について詳しいわけではない。CTなどの画像についても放射線診断医に読影の指示は出すが、主治医自身が読んでいるわけではないことを患者側も知っておく必要があるという。
CTやMRIの画像を撮影した際には、念のため、「画像診断の専門家はなんと言っているか教えてください」と、患者のほうから主治医に質問してもいいのではないかと中山氏は言う。
中山善晴氏。放射線診断医であり、熊本県で遠隔画像診断サービス会社の代表を務める(写真:ワイズ・リーディング提供)
「患者さんから言われれば、主治医も画像診断をあらためて見直すことができます。それによって、がんの疑い報告などの見落としも防ぐことができるはずです」
「CT検査の見落とし」問題で見えた、現在の医療システムの課題。問題解決には中山氏が指摘するように医療者側も医師以外の人材や新たな技術も活用しながら、医療現場の体制整備を急ぐ必要がある。それと同時に、患者側ももっと自分の病気を「自分ごと」として捉え、おまかせ医療にしないことが大事だろう。
株式会社ワイズ・リーディング代表取締役
中山善晴
1995年熊本大学医学部卒業。同大学関連病院で2年間研修の後、2002年に熊本大学大学院博士課程(腹部画像診断学)修了。その後、熊本大学医学部附属病院、天草地域医療センター、熊本再春荘病院、人吉総合病院、熊本機能病院など県内多数の病院にて放射線科に従事する。2007年に遠隔画像診断サービスを展開する、株式会社ワイズ・リーディングを設立。2010年には九州ニュービジネス協議会、九州ニュービジネス優秀賞受賞。2015年には人工知能研究所を設立、『Y’sCHAIN』を開発。翌年には『Y’sKeeper』を発表。
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:相次ぐ「がん画像検査の見落とし」から身を守る術|東洋経済オンライン