2022.04.07
ウィル・スミス問題「脱毛症」当事者はどう見たか|薬の副作用だけでなくさまざまな原因で発症
脱毛症の当事者ヨガインストラクターの諸星美穂さん(写真:本人提供)
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3月27日に行われたアメリカ・アカデミー賞授賞式で、俳優のウィル・スミスが、コメディアンのクリス・ロックの顔を平手打ちした。脱毛症であることを公表していたスミスの妻、ジェイダの髪型を“ジョーク”にしたことが原因だったという。
身体の特徴をジョークにする・しないに注目や議論が集まるが、そもそも私たちは脱毛症や、脱毛症を患う当事者のことをあまり知らないのではないだろうか。
脱毛症の症状は特に女性にとって、身体的なダメージはもちろん、心理的な揺れや機微が多いと当事者の人たちは口を揃えて言う。
今回は脱毛症当事者の一人、ヨガインストラクターの諸星美穂さん(41歳)と、さまざまな理由で髪に症状を持つ当事者と家族のためのコミュニティ「Alopecia Style Project Japan(ASPJ)」の代表理事である土屋光子さん(41歳)に、当事者としての気持ちや行動の変化、「生きやすさや自分らしさ」を手にして前に進むまでの道のりについて話を伺った。
ある日突然髪が抜け始めた「恐怖」
美穂さんはヨガインストラクターとして講師を務めながら、自身のインスタグラムではありのままの頭の姿を公開、発信している。その姿はまるで夜明けの太陽のようにエネルギーに満ちていて、凛とした美しさを感じる。
しかし、一見ポジティブな美穂さんも、はじめから自分を受け入れていたわけではなかった。
ヨガのポーズをする美穂さん(写真:本人提供)
彼女が脱毛症を発症したのは17歳のとき。所属していたハンドボール部の練習が厳しく、ストレスに感じていたことがきっかけだった。
「格闘技のようにぶつかり合い、相手を押しのけ合うディフェンスはとてもハードで、私の性格に向いてなかった。でも、部活をやめたら学校に居づらくなるんじゃないかと勝手に思い込んでいたんですね。自分の心に嘘をついて続けていたら髪が抜け始めちゃって……」
結局、卒業まで続けた部活を引退したら、抜けた髪はすぐに生えてきたが、社会に出てストレスがたまる状況になると、再び脱毛を繰り返すように。
抜けては生えてを繰り返していくうち、どんどん治りにくくなり、20代後半には髪の毛がまったくない状態となった。
「髪が抜けたり戻ったりを繰り返して治療しているときは、もう悲劇のヒロイン状態ですよね。年代的にもいちばん他人の目が気になってセンシティブな時期ですし、やっぱり“あるものがなくなっていく”という変化は恐怖です。誰でもこの状態を受け入れるのには、相当時間がかかるんじゃないかと思います」
美穂さんは、脱毛を繰り返している間、いつもウィッグと帽子をかぶっていたそうだ。前から美穂さんと知り合いだった筆者が彼女に会う際は、確かにいつも帽子をかぶっていた。しかし自然な姿ゆえ、脱毛症当事者とは一切気付いていなかったのが、正直なところだ。
「“髪がない“ことを周りに隠しもしないけど、あえて言うこともなかった。言ったらその人をびっくりさせたり、迷惑かけるような気がしていたんです」
ウィッグをつけた状態の美穂さん(写真:本人提供)
人は本来、さまざまな姿や形や特徴などがあって当然のこと。でも、同じような姿形であることが当たり前のように思えて、少し違うと無意識に反応してしまう。人間は見たことがないものや、未知なるものに対して防衛本能が働くそうで、「“驚く”というのは人間の反応として当然なこと」と、ASPJ代表理事の土屋さんは話す。
美穂さんは言う。
「隠さずにいようとウィッグを外したら、とても驚かれたことがあって。『どう対処していいかわからない』って、言われました。私が気にしなくても、それを見た人が受け入れられないパターンってあるんだなって学びましたね。そこからはあえてウィッグを外さず、ずっとひた隠して過ごしていたんです」
いつも後ろめたい思いをヨガが救った
これまでの美穂さんは、ずっと目の前のできごとから逃げずに一生懸命だったのだろう。そして、ストレスがまた体を痛めつけているようにも感じた。
「髪にコンプレックスがある、それを部活や仕事で払拭したかったんです。いい成績をあげることで髪がない自分を補いたかったけど、今思えば間違ったがんばり方でした。1つ成果が出れば嬉しいけど、また次にやらなくちゃ、もっともっと!という状態。褒めてもらっても、自分に納得できてない。その根底に、“私には髪がないから”という後ろめたい思いがあり続けていて、いつまでも離れなかったからですね」
20代後半、美穂さんは勤務中のストレス解消や、体の健康を取り戻すためにヨガを習い始めるが、このことが予想外の転機となった。
「ヨガでは、“あ、体側が伸びてる、ここが気持ちいい、呼吸が深くなった”とか、体の変化を観察するんですね。それで無意識に髪に引っ張られる思考から離れることができたのです。俯瞰できるようになって、“確かに髪はないかもしれないけど、それで不幸かといえばどうなの”という想いが湧き起こりました。
脱毛症は生まれつきや、幼少期から発症するケースも(写真:ASPJ提供)
それからですね、何かを背負い込んでいるのは結局自分なんだ、と見えてくるようになったのは。ヨガを通して自分から一歩離れて、心を観察する練習をしたことで、とても楽になりました」
そして、「自分が自分の1番の理解者であり、応援する人になったら、別の人と比べる必要がなくなったんです。ウィッグをかぶって隠していたのは、他人のせいではなく、私が自分を受け入れられなかったから」と続けた。
脱毛はがん治療の副作用以外でも起こる
脱毛症に悩む当事者たちの団体やコミュニティは全国に少数しかなく、当事者同士がつながりを持ち始めているものの、髪がなくなる病気や症状は、がん治療の副作用以外にもあり、そのことが広く知られていないのが現状だ。
ASPJ代表理事の土屋光子さん(写真:ASPJ提供)
この状況を変えるべく、当事者の一人である土屋さんは有志のメンバーとともに「髪の毛の症状への理解を深め認知していくだけではなく、一人ひとりの肯定的な感情を高めていくこと、そのことを多くの人に伝えていきたい」と、2017年にASPJを設立、2021年にはNPO法人化した。
現在は、大人はもちろん、脱毛症の子どもの親の不安や悩みを和らげようと、先輩当事者とつなぐプロジェクトや、ウィッグは脱毛を隠すアイテムではなく、ファッションの一つとして楽しめるようにとイベントを企画。また、オンライン交流会の運営も行っている。
土屋さんが当事者と、その周りの人のコミュニケーションを見て、日ごろ感じていることを話してくれた。
「髪がない姿を見せると、驚きの反応をされることが多いです。確かに、自分が逆の立場だとして、今まで見慣れていないものに直面したら同じように反応すると思います。
ただ、この”驚き”と”否定”とは本来違うのですが、ときとして、驚かれている反応が拒否に感じられる当事者もいるのです。
私たちの団体が大切にしているのは、“病気だからわかってください”と理解してもらうことがすべてではなく、こうした症状は誰にでも起こりうることを知っていただくことから始まります」
ASPJではアート写真を撮影し、髪がないことを自分の一部として表現している(写真:ASPJ提供)
今回のアカデミー賞でのウィル・スミスの一件について、土屋さんが感じることも打ち明けてくれた。
ジェイダさんは冷静な対応をしていた
「さまざまなご意見を目にしていますが、ジェイダさんは以前からご自身の脱毛症に関して発信もされていたし、ニュース後の発信を見て、冷静な対応だったと個人的には感じています。ジェイダさん自身が、自分のなかで脱毛症と向き合い見つけた答えがあるゆえの、ゆるぎない強さなのでしょう」
脱毛症は自己免疫疾患の一つであり、ストレスが発症原因のすべてではない。しかし、美穂さんのようにストレスがトリガーになって発症することもある。
土屋さんは、「美穂さんのように、急に発症するという状況は誰にでもありえます。今回の一件で海外の脱毛症団体と意見交換していますが、病気の認知がまだ低いと感じています。私たちなりにも発信は続けていきたいし、これを機会に多くの人が自分ごととして捉えるきっかけになってくれれば」と力強く話す。
ありのままの自分を受け入れるというのは、誰にとっても簡単なことではない。筆者自身、包み隠さない自分でいつも過ごせているのかと問われたら、答えに迷ってしまう。
だが、病気を抱えていたり姿や形に違いがあったりしても、あくまで目の前にある身体は器であり、それが人間の本質ではない。
誰もがかけている“色眼鏡”を外して、“透明な眼鏡”で心を覗き見できるようになったら、もっと生きやすくなるのかもしれない――隣にいる誰かのことをほんの少し慮る、そうなったらもっと互いを尊重し合える世の中になるのではないだろうか。
悩む自分を乗り越えて、メッセージを発する美穂さん(写真:本人提供)
団体概要 特定非営利活動法人 Alopecia Style Project Japan(ASPJ)
HP:https://aspj.site/ ※外部サイトに遷移します
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Instagram: https://www.instagram.com/alopecia.style/ ※外部サイトに遷移します
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提供元:ウィル・スミス問題「脱毛症」当事者はどう見たか|東洋経済オンライン