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2022.03.27

がん患者1700人治療医師がYouTubeで語る真実|「標準治療」にまつわる誤解はなぜ多いのか


宮崎善仁会病院の消化器内科・腫瘍内科の押川勝太郎医師。押川医師『がん防災チャンネル』から
(写真:筆者撮影)

宮崎善仁会病院の消化器内科・腫瘍内科の押川勝太郎医師。押川医師『がん防災チャンネル』から (写真:筆者撮影)

『がん防災チャンネル』 ※外部サイトに遷移します

日本人の2人に1人が、がんと診断される時代。そんな身近な病気であるにもかかわらず、我々はがん治療について、多くを知らないどころか、たくさんの間違ったイメージを持っていたりする。

『がん防災チャンネル』というYouTubeチャンネルがある。宮崎善仁会病院の消化器内科・腫瘍内科の医師で、現役のがん治療医である押川勝太郎さんが開設したこのチャンネル。ほぼ毎日更新される動画では、がんやがん治療についての考え方などが紹介されている。

そのチャンネル名が表すように、押川医師はがんを“災害のようなもの”だと捉えている。平時には「自分だけは大丈夫」と思っていても誰もが被害に遭う可能性がある災害に、「自分だけはかからない」と思いがちながんをなぞらえているのだ。

「がんを宣告されると、誰もが頭が真っ白になり、『まさか自分が……』と思います。これは仕方がないことです。でも、正しい知識があれば、がんと診断されて動揺しても対処ができます。つまり、がんは災害と同じで備えが大切なんです」(押川さん)

がんになると人は不安にかられ、自分を救ってくれるような情報を求めてしまう。それは人間の心理であり、防ぎようがないことだ。ただ、そのときに病気や治療のことをネットで検索しまくることは、決して勧められたものではないという。

ネット上のがん情報のほぼ半分は「正確ではない」

「ネット上に載っているがん情報の、ほぼ半分が正確ではないという調査(※)もあります。しかし、一般の人にはそれを見極める知識や技術が備わっていません。その結果、自由診療を謳うクリニックの治療法がまるで“最先端のよい治療”のように思えてしまう。しかし、日本には、保険診療の範囲で行える現段階で最も有効とされる治療がある。それをなんとなくでもいいので、“がんにかかる前”に頭に入れておくことが、がんに対する備え、がん防災につながります」(押川さん)

がん治療で誤解されやすいものの1つに「標準治療」がある。その名前のため、「一般的」や「普通の」といったニュアンスで捉えられがちだが、「標準治療とは、大勢(数百人~数千人)の臨床試験の結果を客観的に評価して、“現段階で最も有効性のある治療”と認定されたもの」と押川さんは説明する。

標準治療は見方を変えると、国が認めた“推奨治療”だ。国が国費(健康保険料)を払っても問題ないとお墨付きを与えた、安全かつ効果のある治療といえる。

標準治療は一般的にこんな感じで決まっていく。あるがんに対して、Aという治療薬が開発されたとしよう。そのAが本当に効くのかを調べるために、無治療のグループとA薬を使ったグループで臨床試験を行い、効果を比較する。その結果、A薬を使ったグループのほうが有効ならA薬がそのがんに対する標準治療となる。

さらに、医学が進歩してBという新薬が登場したら、今度はA薬のグループとB薬のグループで臨床試験を行い、有効性を比較する――。このようなプロセスを積んでできあがったのが、標準治療なのだ。

当然ながら、がんの種類や進行度、がんの特性(遺伝子の変異など)によっても標準治療は変わるし、時代とともに進化していく。また標準治療は必ずしも1つではないことも多く、患者の体力や希望なども考慮されている。

「大事なのは標準治療をどう利用して、患者さんの状態や希望に添ったものにカスタマイズするか。どの治療が適切なのかを考えるのが私たちがん治療医の役割ですし、それこそが本当の意味でのEBM(Evidence-Based Medicine・科学的根拠に基づいた医療)といえます」(押川さん)

標準治療にある落とし穴

ただ、標準治療にも落とし穴がある。その1つが、がんになったら誰もが標準治療を受けられるとは限らないという点だ。

「臨床試験は薬の有効性を検証するための試験です。つまり、膨大なコストをかけて薬を開発した製薬企業からしたら失敗したくない。しかも、臨床試験で見るのは有効性だけではありません。安全性という意味から副作用もしっかり検証します。その結果、臨床試験の被験者は、副作用が起こりにくいとされる“比較的若くて持病が少なく、体力のある患者さん” が好まれて選ばれやすい。そこを忘れてはなりません」

押川さんによると、特に問題なのは年齢だという。高齢者がかかりやすいがんでは、治療ガイドラインが定めた標準治療のレジメン(治療計画)がそのまま使える患者は、治療によっても異なるが、6~9割程度。比較的エリートな患者でなければ受けられない治療なのだ。

ただ、年齢という因子には抗えないが、ほかのファクターは自分次第で変えることができるともいえる。まずは日常活動度が高いことが、がんと診断されたときに標準治療を受けられる大事な条件になる。

「ですので、まずは、体力を付けておくこと。実は元気な人ほどがん治療はうまくいき、副作用も軽くなる傾向があります。治療によって体力が落ちることも多いので、それを見積もっても元気でいることはとても大事です」(押川さん)

体力を付けるためには、当たり前のことながら、バランスのよい食事と定期的な運動を日課とすることも大切。治療中や治療後に体が動かせないと筋力が落ち寝たきりになりやすい。それを防ぐためにも運動で筋力をつけておきたいところだ。

ちなみに、標準治療には抗がん剤治療も含まれるが、抗がん剤というと「ゲーゲー吐く、きつい治療」と思っていないだろうか。押川さんは「それは昔の話」と一蹴する。

「実は、がんの薬物治療の進化は免疫チェックポイント治療薬や分子標的薬のような治療薬の進歩もありますが、それより大きいのは副作用を抑える薬が発展したことでしょう。脱毛などはまだ防げませんが、吐き気止めも今では予防的に使えるものが4種類あり、さらに3種類以上の吐き気止めが自分で加減していけるものになっています。おかげで、昔から使われている抗がん剤でも昔みたいに苦しい目に遭うことはなくなりました。実際、がん患者さんの副作用でキツいと考えているのは、吐き気などよりもメンタル面です」(押川さん)

副作用対策はがん治療を継続するためにも欠かせない。その対策法が日々進化していることは、がん患者にとっては希望にもつながるのではないだろうか。

医師とのコミュニケーションが最大の課題

ところで、標準治療にしろ、抗がん剤の副作用対策にしろ、自分にとってベストながん治療を受けるために必要なのは、医師と良好なコミュニケーションをとることだ。実はここが今、日本のがん治療における最大の問題点だと、押川さんは考えている。

「医師は1日に何十人もの患者さんを外来で診ています。診察室に入ってきた患者さんの顔を見て、電子カルテを見れば、どんな患者さんだったか思い出しますが、1人ひとりのことを詳細に覚えているわけではありません。また、副作用などは血液検査や診察でわかるものもありますが、多くはご自身しかわからない自覚症状です。“医師にお任せ”ではなく、しっかり状態を訴えなければ、必要以上に強い治療をしてしまったり、副作用対策が遅れて治療の継続が困難になったりすることもあります」(押川さん)

医師とのコミュニケーションはビジネスでたとえれば、「クライアントにプレゼンするイメージに近い」という。手短に、相手にわかりやすく自分の現状を説明し、理解してもらう。あくまでも治療の主役は自分で、医師は二人三脚で走るパートナーという考え方が重要だ。

「医師はがんの専門知識はありますが、自分の体や心の状態を一番知っているのは自分です。今はがんになっても6割の人が治ります。がん治療に人生のすべてをかけるのではなく、生活、仕事、家庭、がん治療どれも大事にしながら、両立させる。そのためには医師を上手に“活用”することが大事なのです」(押川さん)

『がん防災チャンネル』では、適切ながん治療の情報を伝えているだけではない。押川さんが日々がん情報を発信する最大の目的は、患者に希望を持ってもらうこと。そして、がん患者は決して「かわいそうな存在」ではないと、自覚してもらうことだ。

そのためにも、がんにかかる前からがんという病気、そして治療について正しい情報を得てほしい。「備えあれば憂いなし」という言葉は、がんにも当てはまるのだ。

(構成:ライター安里和哲)

※Differences in the Quality of Information on the Internet about Lung Cancer between the United States and Japan
https://www.jto.org/article/S1556-0864(15)32421-7/fulltext

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提供元:がん患者1700人治療医師がYouTubeで語る真実|東洋経済オンライン

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