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2020.06.09

心もトレーニングで強くなる?「ポジティブ心理学」のすすめ


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ポジティブ心理学って?~心をトレーニングで鍛える

仕事での失敗や身近な人との別れなど、つらい体験や嫌な出来事に直面したとき、皆さんはどのように向き合っていますか?親しい人に悩みを相談したり、趣味に没頭したりして苦痛を少しでも和らげようとするでしょうか。場合によっては、一人で抱えこみ、悩み続けるということもあるかもしれません。

逆に、「つらい体験に負けない“心”をつくりたい」と思ったことはありませんか?私たちの体は、トレーニングをしたり栄養を摂ったりすることで、怪我や病気の予防、回復を早めることができます。心も、体と同じように、トレーニングや栄養を摂ることで、予防や回復を早めることができたらいいですよね。実は、心もトレーニングで鍛えることができる可能性があるのです。

 それが“ポジティブ心理学”です。これまでの心理学は、主に“ネガティブ”な面、つまり、つらい気持ちや抑うつな気分にどう向き合うか、といったことにフォーカスしてきました。一方、ポジティブ心理学は、心のウェル・ビーイング、つまり“持続的な幸福状態”に着目しています。これまでの研究や取り組みの成果によると、心のポジティブな状態を維持するために工夫をすることで、強烈なショック体験や強い精神的ストレスを受けた際にかかることがある、PTSD(心的外傷後ストレス障害)(※)を予防できる可能性が示されています。また、米国等では、逆境から速やかに立ち直るためのトレーニングの一環として、学校や軍隊の教育場面で採用されているそうです[1-3]。ポジティブ心理学は「くよくよせずに、前向きに考えようよ」というような、いわゆる“ポジティブシンキング”とは異なります。

※PTSD:強烈なショック体験や強い精神的ストレスが心のダメージとなり、時間がたってからも、そのことが何度も思い出されて強い恐怖を感じ続ける病気

ポジティブなアプローチの効果って?

それでは、この心のウェル・ビーイングというポジティブな面にフォーカスしたアプローチにはどのような効果があるのでしょうか。その効果について、国際的に著名なマーティン・セリグマン博士らが行った研究を一部ご紹介します。

 セリグマン博士たちは、軽度から中等度の抑うつ症状がみられるペンシルベニア大学の学生40名を対象にある実験をしました。博士たちは、この40名を、ポジティブ心理学に基づくセラピーである“ポジティブサイコセラピー(PPT)”を受けるグループと、PPTを受けないグループにランダムに振り分けました。下表に示すように、PPTは、(1)強みを生かす、(2)うまくいったことを3つ考える、(3)ポジティブな自己紹介を書く、(4)感謝の訪問をする、(5)積極的–建設的反応をする、(6)普段は急いで行なっている行動をよく味わう、の6つのエクササイズで構成されています。

Seligman, M.E.P., et al.: Am Psychol. 2006; 61: 774-88.より作成

Seligman, M.E.P., et al.: Am Psychol. 2006; 61: 774-88.より作成

PPTを受けるグループは毎週2時間のセッションに6週間参加し、毎週自宅でエクササイズを実行しました。そして、PPT実施後、3ヵ月後、6ヵ月後、1年後の4回に渡って、抑うつの程度と、生活満足度を表すウェル・ビーイングの程度を、科学的な測定法でスコア付けしました。それらのスコアが2つのグループでどのような結果となるのかを調べたのです[4]。

 その結果、PPT実施後のすべての時点で、PPTを受けたグループでは、PPTを受けなかったグループと比較して抑うつのスコアが改善していました(図)。

Seligman, M.E.P., et al.: Am Psychol. 2006; 61: 774-88.より作成

Seligman, M.E.P., et al.: Am Psychol. 2006; 61: 774-88.より作成

また、ウェル・ビーイングのスコアについても、セッションの期間中、PPTを受けたグループではスコアが改善し、PPTを受けなかったグループでは変化しませんでした。セッション終了後の期間においても、PPTを受けたグループの方が生活満足度のスコアが大きく改善しました。このように、ポジティブな心理に働きかけるエクササイズは、抑うつ症状の改善に役立つ可能性が示されたのです。

心がポジティブだと体も健康に

心がポジティブな状態である“ウェル・ビーイング”は命にもかかわることが報告されています。世界中の70本もの論文を集めて分析を行った研究では、健康か病気であるかにかかわらず、ウェル・ビーイングな状態の人は心臓病や腎不全、その後早期に死亡する危険性が少ないことがわかりました[5]。

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また、亡くなった方の死因を見てみると、ウェル・ビーイングな状態にある人は、心臓病による死亡が少ないという結果でした。さらに、腎不全やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)といった病気の患者に絞った分析では、病気はあっても、心がウェル・ビーイングな人は、死亡に至る確率が少ない、ということがわかりました。つまり、ポジティブ心理学に基づく取り組みをすることで、PTSDなどの心の不調を改善するだけでなく、さまざまな体の病気の予防にもつながる可能性が明らかになっているのです。

不安の多い今こそ、ポジティブ心理学

この記事を執筆しているのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止のための外出自粛期間(2020年4月末現在)です。自分や身近な人が感染症にかかるかもしれないと不安な日々が続いています。いつ終息するのか、経済影響はどうなるのか、学校はいつ始まるのか、いつになったら通常の生活に戻ることができるのか、いつになったら大切な人たちに会うことができるのか…先行きが不透明な状況で、気持ちが萎えそうになります。実際、先日報告されたLINEを利用した厚生労働省のアンケート調査では、回答者の8.7%が不安を抱えているという結果が出ました[6]。中国でも、SNSのデータから、新型コロナウイルスの流行後にメンタルヘルスの不調を訴える人が増えたそうです[7]。このような、自分自身ではどうすることもできない状況にある今こそ、このポジティブ心理学に基づくセラピーが不安を乗り越えるヒントを与えてくれるかもしれません。

 ポジティブ心理学を応用して、自分で日ごろから簡単にできることもあります。その一つ、「その日に経験した良い出来事を毎日3つ、寝る前に考えてみる」ことは今日から始めることができそうです。

 人生100年時代と言われるなか、今後も幾度となく自分一人ではどうにもならない困難な状況に遭遇するかもしれません。困難を乗り越え成長につなげるためにも“心のトレーニング”を始めてみませんか?

引用文献

[1]Seligman, M.E.P. & Csikszentmihalyi, M.: Am Psychol. 2000; 55: 5-14.
[2]Seligman, M.E.P.: Annu Rev Clin Psychol. 2019; 15: 1-23.
[3]マーティン・セリグマン、宇野カオリ(監訳).ポジティブ心理学の挑戦 ―“幸福”から持続的幸福“へ―.ディスカヴァー・トゥエンティワン2014.
[4]Seligman, M.E.P., et al.: Am Psychol. 2006; 61: 774-88.
[5]Chida,Y. & Steptoe, A.: Psychosom Med. 2008; 70: 741-56.

[6]厚生労働省ホームページ:第1-4回「新型コロナ対策のための全国調査」からわかったことをお知らせします ※外部サイトに遷移します(2020年5月26日閲覧)

[7]Li, S., et al.: Int J Environ Res Public Health 2020; 17: 2032.

【プロフィール】小林由美子

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保健師、看護師、公衆衛生学修士
Public Health Consulting LLC. CEO

自治医科大学看護学部卒業、早稲田大学人間科学部卒業
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学修了
2020年より東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学博士課程在籍

大学卒業後、東京大学医学部附属病院での臨床経験を経て、全日本空輸株式会社で産業保健師として勤務。東京大学大学院にてMPHを取得後、厚生労働省へ入省し、介護保険や医療保険等に関わる保健医療行政に従事。現在、様々な社会課題に取り組むためのプラットフォームを目指したパブリックヘルスコンサルティング合同会社を設立。大学院では産業保健や保健医療政策等のテーマを中心に研究している。

記事提供:リンクアンドコミュニケーション

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