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2019.07.17

“つながり”がくすりに?注目される“社会的処方”とは


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一人暮らしの高齢の患者さん

私が診療をしている山梨県内の診療所に、毎月通ってくれるAさんという90歳の高齢女性がいます。いつもきれいに身なりを整え、礼儀正しくふるまってくれます。診療所のある地域は山間いで坂も多く、Aさんのご自宅も、結構な急坂を上り詰めたところの集落にあります。あるとき、外来が比較的すいていたので、少し雑談しました。

「Aさん、一人暮らしなんですね。なかなか外出も大変ですよね。普段はどんな生活をしているのですか?お出かけする機会はありますか?遠くは難しくても、ご近所の皆さんとの集まりなんかもあるんですかね?」

Aさんからのお返事はこんな感じでした。
「先生、出かける機会なんて、月1回先生に会いに来るときだけですよー」
「周りの友人はみーんな逝ってしまって、独りぼっち」
「出かけるにも、歩いては無理。車もないから、通院のときだけ息子が来てくれて車で連れてきてもらっているんですよ」

そして最後に一言…
「先生、長生きなんてするもんじゃないですよ。寂しいだけ。早くあっちに連れていってほしい…」
普段、シャキッと身なりを整えて、笑顔を絶やさないAさんから、思いがけない言葉が出たので私は面食らいました。同時に、孤独な生活を送っているAさんの状況を知り、このままでは病気が悪化してしまうのでは、と危惧しました。

孤独が寿命を縮める

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孤独は毎日15本の喫煙に匹敵

世界中で行われた数々の医学研究で、“孤独”が寿命を縮める可能性があることが明らかになってきています。その影響は、たばこを毎日15本吸うのに匹敵するという報告もあります1)。たばこといえば、日本人が死因とする生活習慣の筆頭で、毎年12万人ほどがたばこ関連疾患で死亡しているという統計があります。(2)

孤食は健康を蝕む

一人暮らしをしていても、家の外につながりがあればいいのですが、普段ほとんど人と会わなかったり、困ったときに助けてくれる人がいなかったりと、つまり“人付き合いがない”、“できない状態”になると、とても危険です。

日本の高齢者を対象とした研究では、一人暮らしをしていることに加え、普段からほとんど一人で食事をとっている人、つまり”孤食”をしている男性は、誰かと一緒に食事をとっている男性(共食をしている男性)よりも約2.7倍うつ病になりやすいという驚きの結果が示されています。

女性の場合は、一人暮らしでもそうでなくても“孤食”をしている方は共食をしている方に比べて約1.4倍うつ病になりやすいことがわかりました。(3)ほかにも、一人暮らしで孤食だと野菜を食べる量が減ったり、寿命が縮んだりすることが示されています。

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孤独だと、なぜ健康を害するのでしょうか。毎回一人前のご飯を作るのはおっくうなので、食事の栄養バランスが崩れがちになるのは理解できると思います。また、食事はとても大切なコミュニケーションの機会でもありますね。一人で黙々と、テレビやラジオを相手に食べていると、気持ちが落ち込んでいきそうです。

さらに、孤食というのは、それだけ地域社会とのつながりが薄いことを反映しています。周囲に友人知人がいなかったり、いてもAさんのように、移動手段がなくて会いに行けない状況だったりすると、健康が蝕まれてしまうと考えられます。

孤独な状態が続き、「早くあっちの世界に…」と投げやりな気持ちになってしまうと、日々、健康に気を使いながら生活するのもばかばかしくなってしまうかもしれません。ついストレス解消に、たばこを吸ったり、お酒を飲んだりということもありそうです。

2018年の1月に、英国のメイ首相が“孤独担当大臣”を任命した、というニュースが流れ、世界中で話題になりました。その背景には、孤独が英国社会でも深刻な問題となっているという現状があるのかもしれません。日本でも、引きこもりが社会問題となっていますね。他人事ではないですね。

孤独の解消が“くすり”になる?

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さて、ではどうしたらいいのでしょう?たばこが原因の病気を予防するには、たばこをやめるのが理にかなっています。病院では、たばこで健康を害している患者さんに対して、医師は「たばこをやめましょう」と指導します。

でも、医師も時々、内心「指導しても無駄だろうな、もっと別のことが必要なんだろうな」と思うことがあります。患者さんとの対話の中で、「先生、そうはいっても、一人暮らしで出掛ける金もないし、たばこ以外に楽しみがないんだよ」といった悩みの言葉を聞くときは、この、孤独な患者さんからたばこという楽しみまで奪っていいのだろうかと思うことがあります。

「だったら孤独を“治療”したらいいじゃないか」

最近、こんなことが本気で議論されています。薬を処方するように、“社会とのつながりを処方する”という考え方です。これは“社会的処方”と呼ばれています。

社会的処方の取り組みでは、まず、病院に来た患者さんが、孤独な状況であるか、お金の面などで生活が困窮している状態であるかどうかを判断します。もしそういった困難を抱えていることがわかった場合、専門チームが対応します。その患者さんと面談をして、どのようなつながりや支援が必要かを一緒に考えるのです。そして、地域の活動や公的な福祉サービスにつなげます。つなげる先はさまざまで、趣味の集まりやウォーキングの会、仕事や生きがい就労(シルバー人材センターなど)の斡旋など、多岐にわたります。

孤独担当大臣を任命した英国では、今、“リンクワーカー”と呼ばれる医療機関と地域の取り組みをつなげるスタッフを介して、社会的処方の取り組みを推進しています。日本にも社会的処方のような活動を行っている病院はたくさんあります。しかし、社会的処方の活動に対して病院に診療報酬が支払われることはありません。いわば手弁当の活動です。

超高齢化社会である日本でも、医療機関と地域社会とをつなげる仕組みが広がっていくことを期待します。

【文献】
1)Holt-Lunstad J, et al.:PLoS Med 2010, 27;7(7), e1000316.
2)http://www.jcie.or.jp/japan/csc/ghhs/lancetjapan/(2019年7月閲覧)
3)Tani Y, et al.:Age Ageing 2015; 44 (6): 1019-1026.
https://www.jages.net/pressroom/?action=cabinet_action_main_download&block_id=458&room_id=919&cabinet_id=19&file_id=452&upload_id=1185(2019年7月閲覧)

著者:近藤 尚己

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東京大学大学院医学系研究科 保健社会行動学分野/健康教育・社会学分野 准教授、医師・博士(医学)

2000年山梨医科大学医学部医学科卒業。卒後医師臨床研修後、山梨医科大学助教・同講師・ハーバード大学フェローなどを経て、現職。社会と健康との関係を統計的に解明する研究を進めている。

<近著>
「健康格差対策の進め方:効果をもたらす5つの視点」(医学書院)、「社会疫学<上・下>(監訳)大修館、「社会と健康:健康格差解消のための統合科学的アプローチ」(東大出版会)(共同編著)Global Perspectives on Social Capital and Health (邦訳:ソーシャル・キャピタルと健康政策:地域で活用するために)など。

記事提供:リンクアンドコミュニケーション

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