2019.05.15
半減案も浮上、「専業主婦の年金問題」の核心| 適用拡大と公的年金等控除縮小で解決に
専業主婦の年金のあり方をめぐり、働く女性とそうでない女性との不公平感が高まっている(撮影:今井康一)
元号が令和に変わる頃、専業主婦の年金給付半減案がネットをにぎわした。今の仕組みでは、夫が会社員や公務員である専業主婦は、年金保険料を払わずに基礎年金を受け取ることができる。専業主婦が老後に受け取る年金給付を半減する案が、今年行われる年金改革の議論の選択肢にあるかのように報じられた。
これに触発され、ネット上では「働いている女性は年金保険料を払っているのに、年金保険料を払わずに年金給付が受け取れるのは不公平だ」「専業主婦も無給で大事な家事をしている」「そもそも年金問題を働く女性と専業主婦の対立をあおる形で議論するのはおかしい」といった声が出た。
専業主婦の年金は今に始まった問題ではない
ただ、「専業主婦の年金給付半減案」なる案は議論の俎上に載ってもいないだけに、乱暴なだけでなく、非生産的な話題だったと言わざるをえない。
専業主婦の年金問題は、今に始まったものではない。今の年金制度では、会社員や公務員である被保険者の無業の配偶者は、年金保険料を払わずに基礎年金を受け取ることができる。その立場を「第3号被保険者」という。冒頭の報道は第3号被保険者の年金の話であり、それは専業主婦(女性)だけではなく、専業主夫(男性)にも当てはまるから、女性を差別した話ではない。
ちなみに、会社員や公務員で所得があって自ら年金保険料を払って厚生年金に加入している被保険者を「第2号被保険者」、農家や自営業者、非正規雇用者など厚生年金に加入していない(代わりに国民年金に加入している)被保険者を「第1号被保険者」という。
無業の配偶者でも、第1号被保険者の配偶者(例えば、自営業者や非正規雇用者の配偶者)は第3号被保険者にはなれず、収入が少なくても自分の分の年金保険料を払わなければならない。つまり、第3号被保険者は第2号被保険者の無業の配偶者に限られている。以下では、第3号被保険者は女性が多いことから「専業主婦」と呼ぶこととする。
わが国の公的年金制度においては、1986年から専業主婦にも年金受給権を与えることになった。これは、専業主婦が若いときに自分の収入がないことから年金保険料を払わなかったために、老後に夫に先立たれた後、自分の年金給付がないことで生活が成り立たないようなことにならないよう配慮したものだった。
実は、専業主婦に年金受給権を与えている国は、そう多くない。とくに、基礎年金の受給権を100%与えている主要国は日本ぐらいである。スウェーデンやフランス、ドイツは、そもそも無業の専業主婦は保険料の支払い義務もないが年金も受給できない。アメリカでは、専業主婦本人は保険料を払わなくてよいが、夫の年金額の50%しか受給できない。
カナダは、基礎年金に相当する年金の財源がすべて税で賄われているため、年金保険料の支払いという概念はなく、10年以上居住する国民なら誰でも年金が受給できる。
したがって、「年金保険料を払っていないのに年金給付を受けられる」という専業主婦の年金問題は、主要国の中では日本ならではの問題といえる。確かに、働く女性からすれば、年金保険料を払っていないのに年金給付を受けられるのは不公平だという意見は出てこよう。
専業主婦の年金問題、解決策は何か
では、専業主婦の年金問題をどう解決すればよいか。諸外国のように、専業主婦には年金受給権を与えない、というのも1つの考え方かもしれない。しかし、1986年以降に専業主婦の年金受給権を認めたわが国において、今さら取りえない選択肢である。
仮に専業主婦の年金受給権を認めないことにすれば、専業主婦だった期間のある人が、老後に配偶者を失うと、年金給付が大きく減ることになり、老後の所得保障がままならなくなる。老後の所得が少なすぎると、生活保護に頼らざるをえず、その給付財源はすべて税で賄われる。
専業主婦の年金受給権を認めず、保険料を払わなくてよい代わりに年金も出さないとしても、老後の生活を生活保護給付で賄うとなれば、本人以外の人が払った税で財源を賄うことになる。それでは、問題の解決になっていない。
専業主婦の保険料を収入のある夫に払ってもらえばよい、という考え方もあろう。それは、比較的所得の高い夫ならよいが、低所得の夫なら保険料負担に耐えられない。保険料負担に耐えられないほど低所得なら、保険料の減免措置を講じればよいかもしれないが、減免措置を与えれば、それは今の仕組み(専業主婦は保険料を払わない)とほとんど同じになる。
カナダのように、保険料でなく税で年金給付の財源をすべて賄えば、誰が保険料を払ったかは不問となるから、第3号被保険者問題は解消する。その代わり、年金給付の財源を税で賄うだけの増税が必要になる。
結局、政府の今の方針は、厚生年金の適用拡大を通じて第3号被保険者問題を解消することにしている。決して、専業主婦の年金給付を半減するという話ではない。
無業の専業主婦といっても収入が皆無という人は少ない。かつては年収130万円未満なら第3号被保険者になったが、今は適用拡大が行われ、大企業に勤める人は年収106万円未満でないと第3号被保険者にならない。
現在はそれを中小企業にも拡大しようとしていて、106万円以上収入を得ていれば、第2号被保険者になって少しでも年金保険料を払ってもらい、基礎年金だけでなく所得比例年金も受け取れるように誘導している。基礎年金しか受け取れない第3号被保険者と比べると、年金給付額は増えることになる。
つまり、第3号被保険者だった人でも、少しでも所得を得ていれば第2号被保険者になって年金保険料を払ってもらい、その代わり年金給付も多くもらえるようにする。これが、問題の解決策として目下取り組んでいることである。
夫が高所得の主婦をどうするか
とはいえ、夫が高所得を得ている無業の専業主婦もいて、わざわざ所得を少しでも稼ごうという動機がない人もいるかもしれない。そうした専業主婦は、名実ともに「無業」の専業主婦として、引き続き第3号被保険者として残り続けるかもしれない。その場合、厚生年金の適用拡大というやり方では問題を解決できない。
しかし別の手がある。それは、高所得高齢者に対する公的年金等控除の縮小である。所得税制において、年金受給額はそっくりそのまま税金がかかるわけではない。年金受給額から概算で設けられた公的年金等控除が差し引かれたのちに、所得税と住民税が課される。公的年金等控除が多いほど、課税対象となる所得は少なくなり、所得税・住民税の負担は軽くなる。
公的年金等控除は、年間1000万円までは年金給付額が増えるほど控除額が多くなる仕組み(2020年以降)だ。今なお手厚く設けられており、その分、所得税負担が軽くなっている。そこで、高所得高齢者に限定して、給付が増えても公的年金等控除が増えない形で控除を縮小するとどうだろう。
現役時代に高所得を得ている夫は、所得比例で払う厚生年金保険料を多く払っている分、厚生年金の給付も多く受け取れる。加えて、その妻が第3号被保険者なら、保険料を払わずに基礎年金が受けられる。そこで、厚生年金を多くもらう夫により多く所得税を払ってもらうことで、妻が保険料を払わなかった分の負担を、形を変えて負ってもらうことができる。
第3号被保険者問題は、こうした合わせ技で働く女性と専業主婦との間の無用な対立を避けつつ、解消する方向に導くことができるだろう。
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