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2019.02.06

幼少期に「冴えない子」の意外に明るい未来| 「子育ての成果」を焦る親たちに伝えたい事実


今の日本では、子どもたちはいろいろな面で急かされている(写真:Fast&Slow/PIXTA)

今の日本では、子どもたちはいろいろな面で急かされている(写真:Fast&Slow/PIXTA)

今の日本の子育ては「促成栽培」が主流になっています。子どもたちは早くから優秀であることを求められ、いろいろな面で急かされています。生活の面でも早くから何でもしっかりできることを求められ、できないと叱られ、「自立、自立」と追いまくられています。勉強や習い事についても同じで、親たちはとにかくわが子を早くから勝ち組路線に乗せようと一生懸命です。

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でも、何でも早ければよいというものではありません。成長が早くて小さい頃は優秀で目立っていたけど、だんだんそれほどでもなくなってきて、やがては普通になり結局は意外と伸びなかった、などということもよくあるからです。

「十で神童 十五で才子 二十過ぎればただの人」ということわざもあるくらいで、こういうことはよくあることなのです。英語にも「A man at five may be a fool at fifteen.」(5歳で大人並みの子は15歳で愚か者になる)ということわざがあるくらいで、世界中でよくあることです。

世の中には大器晩成の例もたくさんある

その反対に次のようなこともあります。成長が遅くて小さいころはほかの子に後れを取り、何かと手がかかって大変だったけど、自分のペースでじっくり成長し、年を追うごとに伸びていきやがては大きく花開いた。あるいは、何か1つのことをきっかけに一気にやる気が出て爆発的に伸びた……。こういう大器晩成の例も世の中にはたくさんあります。

この「大器晩成」は中国の老子の言葉です。同じような言葉は英語にもあり、「Great talents mature late.」「Great talents are slow in maturing.」などです。そして、そういう人のことを表す「a late bloomer」「a late developer」などの言葉もあります。日本独自の表現としては、「大きい薬缶は沸きが遅い」ということわざもあります。ということで、これもまた世界中でよくあることなのです。

例えば20世紀最高の物理学者と言われるアインシュタインは、子どもの頃言葉による表現が苦手で、思ったことがうまく話せませんでした。ほかの子と遊ぶのが嫌いで、運動など体を動かすことも苦手でした。単語のスペルを間違えることも多く、語学や歴史などの暗記科目も超苦手でした。両親はずいぶん心配していたようです。

発明王エジソンが、子ども時代に学校にうまく適応できなかったことは広く知られています。彼は、好奇心が旺盛すぎて常軌を逸した行動やへんな質問ばかりしていたので、小学校を3カ月で辞めさせられました。ところが、彼の母親が偉くて、彼の好きな科学の実験をとことんやらせてくれました。母親の応援のおかげで彼は能力を伸ばすことができ、後に発明王と呼ばれるようになったのです。

進化論を打ち立てたダーウィンは、子どもの頃昆虫採集や狩猟に夢中になり、勉強をまったくしなかったそうです。当然、学校の成績はひどくて、彼は「ダーウィン家の恥」と言われていました。

『天才たちは学校がきらいだった』(トマス・G・ウェスト著、講談社)には、こういった話がたくさん出ていて、偉大な芸術家、作家、科学者など中には学習障害など何らかの障害のある人たちがたくさんいたそうです。本書には、作家ではアンデルセン、シェークスピア、フロベール、詩人ではイェイツ、芸術家ではロダン、レオナルド・ダ・ヴィンチなどが挙げられています。

歴史を動かしたあの人も幼少期は親泣かせだった?

大器晩成の実例は日本にもたくさんあります。坂本龍馬は、小さい頃泣き虫で、近所の子どもたちに毎日泣かされていました。それに、14歳くらいまでおねしょをして、親たちはずいぶん心配していました。ところが、成人してからは日本を動かす大人物になりました。

昭和を代表する芸術家の岡本太郎も、小学校では先生に叱られてばかりで学校になじめず、「先生は自分の敵」としか感じられなかったそうです。

私は、本人がテレビで「授業中はずっと先生をにらみつけていた」と語っているのを見たことがあります。そして、1年生の1学期が終わったとき小学校から追い出されました。その後も、あちらこちらの小学校で転入学を繰り返し、最後に落ち着いた慶應義塾幼稚舎という小学校でも成績は52人中の52番でした。でも、岡本のことをよく理解し受け入れてくれた位上清先生のおかげで楽しく過ごせるようになりました。

「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士であり、おもちゃ博物館館長でもある北原照久さんは、小学生のとき体育を除いてオール1だったといいます。とにかく勉強が嫌いで、小学校でも中学校でも全然勉強したことがありませんでした。中学生の頃、完全に落ちこぼれ、いじけてぐれてしまい、中学3年生で退学処分を受けました。本人が著書の中で「義務教育課程での退学は前代未聞でショックだった」と書いています。

それから、私立の高校に最下位の成績で入学したのですが、ある日、担任の先生に褒められて、それで急にやる気が出て勉強をやり始めました。その結果、だんだん成績が上がり、高校3年生のときには学年のトップになり、卒業式では全生徒の代表として謝辞を読む総代になりました。

その後は、玩具という大好きな分野を伸ばして、コレクターとして世界的に有名になりました。また、おもちゃ博物館の館長でもあり社長でもあります。こういう話を読むと先生の一言も大きいと感じます。また、彼の母親もどんなときも見捨てることなく、常に温かい言葉でほめてくれたそうで、これも非常に大きなことだったと思います。

漫画家の水木しげるは幼少期にパッとしなくて、両親が尋常小学校入学を1年遅らせたくらいです。尋常小学校に入学してからも体育と図画以外は全然できなくて、中でも算数は苦手でした。学校を出て仕事に就いてもマイペースな性格で勤まりませんでした。

その後、絵の道に進むと決めて入った精華美術学院も辞めてしまい、次に受験した東京美術学校では50人募集の試験で51人が受験して彼だけが落ちました。次にやっと合格できた日本鉱業学校も成績が悪くて半年で退学させられました。

本田技研工業の創業者・本田宗一郎は、子どもの頃勉強ができませんでした。当然成績も悪かったので成績表を親に見せませんでした。そして、家の印鑑を自分で作って捺印し、あたかも親に見せたように装って学校に出していました。

女優でタレントの黒柳徹子さんは、幼少期に問題児扱いされて、尋常小学校を1年生のときに退学させられました。その後、一人ひとりの違いを尊重してくれるトモエ学園に入学することで、自由で伸び伸びした生活の中で自分を取り戻すことができました。その顛末は『窓ぎわのトットちゃん』に詳しく書かれています。成長してからの大活躍は、みなさん、よくご存じのとおりです。

分数の足し算を中3で覚えた彼の今は…?

こういった著名人だけでなく、私の同級生でも大器晩成の人はいます。中学2年生と3年生の時に同じクラスだったY君は、勉強が苦手でした。特に算数・数学はまったくわからず、中学3年生の時に分数の足し算が全然できなかったそうです。

ある日、担任で数学の先生だったS先生がリンゴを持ってきて、Y君の目の前で切りながら「いいか、Y。リンゴが半分で1/2個だろ。1/2個と1/2個を合わせて1個だろ。だから1/2+1/2=1なんだ」と教えてくれました。それで、ようやく合点したそうです。それがなんと中学3年生のときです。

なんとか入った高校をやっと卒業し、その数日後に「オレは東京で一旗揚げるぞ」ということで東京に出ました。そして、新聞配達の仕事から始めて、やがてIT関係の会社を立ち上げて社長になり、関連会社を5つ持つほどになりました。

また、幼少期の知り合いにMちゃんという女の子がいました。この子は、いつも起きているのか寝ているのかわからないような子で、ぼうっとしていました。当然、勉強もできなくて、運動も苦手でした。でも、その後、看護師になり、やがてある大きな病院の指導的立場の看護師として大活躍するようになりました。「あなたがあのMちゃんですか?」と聞いてみたくなるくらい大きく変貌しました。

私の教え子の女の子にもいます。彼女は子どものころ勉強はイマイチでした。大人になって仕事についてからも、どの仕事にもなじめず転職を繰り返しました。でも、30代後半に自分にぴったりの仕事に出会い、それから大活躍が始まりました。40代になって会社を設立し、今も自信を持って取り組んでいます。本人が言うには、「収入的には多くを望めない仕事だけど、自分の資質を活かせるので毎日楽しくてしょうがない」とのことです。

親としてできることは?

以上、いろいろな実例を挙げました。このように、子どものころパッとしなくても後で伸びることはよくあるのです。ですから、親も先生も子どもを長い目で見て待ってあげることが大切です。

目先のことにとらわれて、できないことを否定的に叱ってばかりいると、子どもは自己肯定感が持てなくなり、「自分はダメな人間だ。どうせ何をやってもうまくいくはずがない」と思い込むようになります。すると、後でやる気スイッチが入りそうな機会があっても、「やってみたいけど、どうせダメだろうな」ということで、スイッチを押せないままになってしまいます。

ですから、本人の資質を受け入れて自己肯定感を育てながら待つことが大事です。具体的には、苦手なことや短所には目をつむり、好きなことや長所を伸ばすことであり、よいところを見つけて褒めるということです。

実際、先ほど挙げた大器晩成の人たちも、よき理解者によって救われた例が多いです。エジソンには好きな科学実験がたっぷりできるように応援してくれた母親がいました。黒柳徹子さんにはトモエ学園の小林宗作先生。北原照久さんには母親と先生。岡本太郎には位上清先生です。

さて、最後にこれをお読みの読者の皆さん自身にも参考になる例をいくつか挙げたいと思います。『昆虫記』で有名なファーブルが、実際に『昆虫記』を書き始めたのは60歳からでした。カーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキンのフランチャイズ事業を始めたのは62歳。綾小路きみまろがブレイクしたのは50歳を過ぎてから。伊能忠敬は51歳で江戸に出て天文学を学び始め、全国の地図を作り始めたのは、56歳からです。双子のおばあちゃんアイドルとして大ブレイクしたきんさんぎんさんも、ブレイクしたのは100歳です。

ということで、皆さんも、まだまだ発展途上であり、人生のお楽しみはこれからということで、大いにエンジョイしてほしいと思います。

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提供元:幼少期に「冴えない子」の意外に明るい未来|東洋経済オンライン

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