2019.01.22
音楽家に学ぶ、プレゼンで生きる緊張対策術|アガリ症の問題にも役立つ方法を伝授
ここいちばんのとき、緊張してしまう人も多くいるでしょう。今回は、何度も観衆の前に立つ音楽家が自身の経験をもとに実践する緊張対策を紹介します(写真:iryouchin/iStock)
筆者はホルンという楽器を演奏している。
このホルンという楽器、西洋音楽で用いられる楽器の中でも最もコントロールが難しい楽器のひとつで、「音が外れやすい」ことで有名だ。
非常にレベルの高いオーケストラでも、ある程度本格的な曲目になれば、演奏会でホルンの音が外れるのを実際に耳にすることができるだろう。あのベルリン・フィルだとしても、だ!
筆者は6歳のときにピアノを習い始めたが、中学生のときに始めたホルンという楽器の「思い通りのいかなさ」には大いに苦労した。
もともと子どものころから、人前に立つことは得意だった。
私事で恐縮だが、子どものころは子ども服のモデルをやっていたこともあり、少しテレビに出演したり、ファッションショーに出たり、カメラを向けられ大人に凝視されるということには訓練されていた。
そんな自分でも、初めてピアノの発表会に出演したとき、当日の朝からずっと得も言われぬ重たく暗い感覚に押しつぶされそうになった。6歳の子どもには、それに「緊張」や「恐怖」という言葉をあてがうこともできなかったが、なんだかやたらと心臓がドキドキし、足元が真っ暗闇に感じるような強烈な感覚的体験だった。
その現象は、発表会の会場に着くとさらに強まり、リハーサルになるともう一段、自分の出番の3つ前になって舞台袖に呼ばれるともうピークに達した。逃げ出す、という選択肢を考えることも当時はできなかったが、記憶を辿ると、泣きたいような叫びたいような気持ちでいたのを覚えている。
「闇から光へと踏み出し生まれ変わる」ような体験
……しかし、ここから不思議なことが起きた。
出番が近づくにつれ、心の中から、ワクワクするようなゾクゾクするような別の気持ちが芽生え始めたのだ。そしていよいよ自分の出番になると、舞台袖から舞台へと一歩踏み出したときに、何か体がフワッと浮き上がって、「よし!やるぞ!」という決意のようなものを強く感じたのである。
暗闇の舞台袖から、光の当たる舞台へ。その境界線をまたぐときに、何か生まれ変わるような感覚さえあった。
本番の演奏は、ドキドキしたし手も震えたが、とにかく思い切って演奏しようという気持ちが最も強く、それまでのピアノのレッスンで弾いたどのときよりもスケールの大きな演奏ができた。聴衆と自分の心がつながっているように感じて、楽しかった。
以後、演奏のたびにこれと似た体験を繰り返した。
中学2年のあの日までは――。
中学に入って吹奏楽部に入部したわたしが担当することになった楽器がホルンだった。
ホルンという楽器の魅力に中学2年生になる頃にはすっかり取り憑かれた。この楽器を完璧に格好よく演奏したいと強く願うようになった。そうすることで、女子にモテたいとも思っていた(笑)。よくいる男子中学生である。
念願叶って、初めて自分の演奏が目立つある大きな舞台の演奏のチャンスを得た。このときのわたしの妄想では、CDで聴いている偉大な演奏家のお手本と同じように完璧に演奏し、そして会場中がわたしに注目するはずだった。
ピアノの演奏でよく知っていたドキドキや震えは、いつもどおりやってきた。しかし、それまでとちがってわたしは、「これだと上手に演奏できない!」と焦り始めた。どうすればよいのかわからないまま舞台にあがったが、うまく音が出せず、ボロボロになってしまった。
この日から、わたしの「人前で演奏するときの緊張」との長く苦しい闘いが始まった。何度も何度も、音大生になってからもプロになってからも、緊張に呑まれて酷い演奏をしてしまうことがあった。
一方で、初めてピアノの発表会で演奏したときに経験した、「闇から光へと踏み出し生まれ変わる」ような体験も、やはりホルンの演奏でも何度もした。
失敗体験と成功体験の両方が、緊張とアガリに対する打開策を考えさせた。
緊張とアガリの乗り越え方を紹介
以下では自身の経験に基づく緊張とアガリ症の乗り越え方を紹介する。この方法は、筆者のところにレッスンにやってくる多くの生徒さんの同様の問題に役立っている方法でもある。
世にあるさまざまな有益な方法の中の1つとして、ぜひ参考にしてほしい。
もしこの先、人前に立つ機会があるのなら、その日に備えてやってみていただきたいことがある。それは、
(1).人前に立って行うコミュニケーションの中身を意識化する
(2).人前に立つことに伴うさまざまな肉体感覚の変化に対応する
ことだ。この2つを組み合わせて臨んでみてほしい。
まず(1)。
人前に立つとき、それが社内でのプレゼンであれ取引先へのあいさつであれ、そのときにあなたがその場にいる人たちに伝えたいこと、共有したいメッセージが何であるかをまず時間を作って考えてほしい。
・新製品の開発が会社の利益につながるのだ
・今年、職場環境の改善をして同僚たちの役に立ちたいのだ
といったことが考えられる。
人前に立つときに大切なのは、「うまくしゃべる」ことでも「ミスをしない」ことでもない。何かを伝えにきたから人前に立っているのであって、それをどうにかして伝えるのが役目なのだ。
その上手・下手は、技術や経験の問題であって、人前に立つときに考えることではない。いや、考えてはならないのだ。
その上手・下手は、技術や経験の問題であって、人前に立つときに考えることではない。いや、考えてはならないのだ。
人前に立つとき、あなたはミスをしても思ったようにいかなくても、そのことの分析や自己評価で忙しくなってはならない。それは全部終わった後にやればよいことで、「伝えたいことを伝える」という目的に絶えず集中力を向け続けなければならない。
◎ 伝えたいことを意識化し
◎ それを伝えようとするアクションに集中する
それが、あなたが人前でやらなければならないことだ。集中力が続かないかもしれない。途中で怖くなったり、何度も噛んでしまったりもするかもしれない。その場にいる人たちの反応が悪いかもしれない。
でも、何が起きても、伝えにきたことを伝えるアクションを、上手でも下手でも、うまくいってもうまくいかなくても、あなたはやろうとする必要がある。
奇妙なことに、それこそがそのときの自分の技量や状況の範囲内での最善をもたらす可能性を最大化する。
人前に立つことの肉体感覚の変化に対応とは?
次に(2)。
人前に立つのは、とても楽しいかもしれないし、とても怖いかもしれない。汗をかいたり、ドキドキしたり、吐きそうになったり、手足が震えたり……。
実は、これは音楽家にとっては日常だ。年間100回以上も演奏をする生活を何十年と続けているトップレベルの演奏家でも、上述したような緊張を経験することはよくあるのだ。
そこで役に立つのが、そういった肉体感覚の強烈な変化にアジャストし、うまくやり過ごしていく方法だ。筆者が、演奏のときも大ホールで公開レッスンをするときも使う、「アドレナリン・サーフィング」を紹介する。
ワシントン州立大学演劇学部主席教員のキャシー・マデン氏が考案したものだ。
アドレナリン・サーフィングは3ステップから成り立つ。
1:感じていることをすべて口に出す
たとえば、プレゼン当日、朝起きたら色んな気持ちや感覚が沸き上がるかもしれない。身体が重く感じたり、不安を覚えたり、あるいは楽しみでどうしようもないくらいかもしれない。身体で感じることも、心で感じることも、すべて声に出して言い続けよう。こうすることで、自分の現在地・現在状況とより接点を持てる。これは家でも楽屋でもリハーサル室でも、本番舞台袖や 本番中の休みの小節の間でもやっていることだ。
2:空間を感じ、感覚を活性化する
会場に着いたら、その会場の中を歩き回ろう。天井や床、壁など、あらゆる方向や場所を眺める。そうやって、まず視覚的に空間感覚的に、空間全体を自分の内側に取り込んでいく。次に、その場を音で感じよう。人の話し声や衣擦れ、空調の音などが聴こえるだろう。それらのさまざまな音が、その場にどのように響いているか、感じとろう。そういったことをしながら、空間を触覚的にも感じよう。
まず会場の温度はどうなっているだろうか? 場所によって温度や空気の感じが異なっているかもしれない。また空気が流れているのが肌で感じられることもある。床の堅さや材質を手や足で触れたりコツコツ叩いて感じることもできる。そうやって自分の内側と外側への感覚的な気付きに意識を向けてゆく。
義務感や恐怖感には良くない副作用がある
3:「~が好きだ」と声に出す
1や2をやってだんだん落ち着いてきたら、今度は本番に向けてエネルギーを高める。そのために、「~が好き」と声に出す。「~」は何でも構わない。好きな食べ物、動物、趣味、場所、季節など思いつくままに「~が好き」と声に出そう。その好きなものや好きなものと一緒にいるところを想像しながら。好きなことを考えることで、そもそも仕事をやっている根源的なモチベーションを思い出しやすくなる。
義務感や恐怖感というのは、確かに強いエネルギーで使い勝手が良いが、嫌になって疲れるという良くない副作用があり長続きしない。言うなれば石炭を燃やして燃料にしているようなものだ。対して「好き」「やりたい」という意欲・望みは、とてもクリーンで実は巨大なエネルギーだ。言うなれば太陽エネルギー。ただし、手っ取り早くはない。このエクササイズは太陽エネルギーを使えるようにしていくものだとも言ってよいだろう。
以上、1~3をそれぞれ2分ほどだけでもできるし、1時間ほど時間をかけることもできる。 何回でも好きなだけ繰り返すとよいだろう。
また、プレゼン当日はまだ先でも、すでに緊張や不安を感じているなら、毎日少しずつでもこのエクササイズを繰り返しておくと、さらに効果的だ。
幸運を祈る!
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提供元:音楽家に学ぶ、プレゼンで生きる緊張対策術|東洋経済オンライン