メニュー閉じる

リンククロス シル

リンククロス シルロゴ

2018.11.19

37歳「離婚1年半」双子の母が起業できた理由


離婚から起業まで1年半、その顚末が著書にもなった(筆者撮影)

離婚から起業まで1年半、その顚末が著書にもなった(筆者撮影)

今後の人生を「シングルマザー」として生きようと決める女性は後を絶たない。金銭的には豊かとは言いがたい状況かもしれない。それでも懸命に生き、前を見据えて力強くほほ笑む姿がある。そんな彼女らの生きざまのリアルに迫る連載の第4回。

今回は、中学2年生の双子兄弟の母、ナカヤタエさん(37)を取材した。タエさんはRe婚(リコン)相談所を主宰し、離婚準備支援協会でも代表を務める。

待ち合わせは横浜にある某ホテルの入り口そばのラウンジ。一息ついていると、「こんにちは」と早足で入ってきたナカヤさんは、物腰が柔らかく、優しい雰囲気が漂う女性。ピンク色のバラが描かれたワンピースがとても似合っている。

記事画像

この連載の一覧はこちら ※外部サイトに遷移します

彼女は、離婚後1年半足らずで、離婚から起業までを書いた著書を出版。今回の取材にあたって、事前に本を読ませてもらったが、なかなか赤裸々な体験が書かれており、興味深かった。

12年間の結婚生活にピリオドを打った後、1年3カ月で起業。離婚相談所でなく「Re婚相談所」とすることで、より創業の目的でもある「幸せに向き合い、結婚生活を見直し、向上・改善すること」に近づけたという。起業に至るまでは紆余曲折あったが、何より「円満離婚」できたことが最大の経験だったようだ。

円満離婚できたからこその、夫の理解

現在、離婚する夫婦の9割が協議離婚と言われている。協議離婚では夫婦の間で「こうする」と決めたら、何でもアリだ。

「離婚当初、私はコールセンターの週3のパートを週4に変更し、そうすればどうにか生きていけるように、元夫へ離婚の条件をお願いしました」

養育費はいくらと一律でそろえることも多いが、ナカヤさんは「子どもたちが小学校卒業までの1年半はいくら必要、でもその後は私がこう働くから減額して○○円で大丈夫」と期間を区切り、条件を元夫に理解してもらったという。

「自分の働き方を説明し、相手が理解してくれるかどうかで、生活はだいぶ異なってくると思います」

これは「円満離婚」にもっていけたからこそ、夫の理解が得られた例だ。だとすれば、「円満離婚」の価値は、計り知れないものということになる。

元夫も1年半後は養育費などの負担が減るので、ナカヤさんが自立することに関しては賛成だった。この時はむしろ、「離婚後の生活は元夫と2人で乗り越えた」感じさえあったという。

離婚が2015年8月、その後スッキリしていたのは1~2カ月のみだった。

「私は7年後、双子が高校を卒業する頃に離婚相談所を作りたいと思っていました。その間の準備として、宅建と行政書士の取得を考えました」

もともと不動産に興味があったこともあり、宅建は興味があった。しかし、シングルマザーになったばかりのナカヤさんは、資格取得のためとはいえ、勉強にお金はかけられない。

「何が何でも独学で資格を取らなくては、と思いました」

離婚問題が片付き、ひと段落した同年9月から勉強を始めた。

「早起きしてコールセンター出勤前の1時間を勉強に充てました。出勤中は、不動産業を兼業している同僚の隣の席に座り、勉強した内容を話して復習。子どもが元夫のところに遊びに行っている間は、近所のカフェで朝から夜中まで必死に問題集や参考書を開いて勉強しました」

宅建の試験は同年10月18日。ガムシャラな勉強が結果に結び付き、見事2カ月弱で宅建に合格した。

コンペに応募、2社同時設立、起業までの道のり

「宅建受験後、友達に離婚報告をしに行きました。最後は『離婚相談所と離婚活動(略して離活)を便利にするためのアプリを作りたい』と夢を話し、明るく終わるのがいつもの定番でした」

「そしたら、ある時、その話に興味をもってくれた知り合いのシステム会社の社長さんがいて。『それは資格がなくてもできるよ、作ろう』と提案してくれたんです」

しかし自分には資金がないし、社会経験も乏しい。専門家としての知識もなければ、資格も実績もない。自信も何もかもがなく、不安だった。

「しかしその社長さんが『独立準備するまでうちの社員として働けばいい』と提案してくれて。本当に感謝しています。全国的なコンペに応募したいと相談すれば、『全国規模で自由に考えればいいよ』とアドバイスをしてくれたので、数千万の規模のプロジェクトを勝手に組み立ててしまいました」

しかし、実際には家にパソコンもなく、資料作成は漫画喫茶へ。さらにエクセルもパワーポイントも全然わからなかったので、人の5倍は時間をかけて進めた。

「お金もないので、その後もパソコンをレンタルしながら進めました。しばらくしてから、ようやく中古パソコンを購入。そして、ド素人なりに本気でやろうとしたのが、2016年の4月から5月です。ゴールデンウイークにやりたいことを友人たちに語り、意見を聞き、ブラッシュアップさせていきました」

6月には起業のために創業支援のスクールに通い始めた。そして同年11月には、2社同時に会社を設立。続けて著書を出版。離婚から1年3カ月後の話だ。

「私はITのずぶの素人でしたが、今ではホームページが作れます。エントリーしてみた『富士通のAPIコンテスト』でもファイナリストになれました。もともと専業主婦しかしていないシングルマザーでも、『やろうと思えばやれる!』ということを知ることができました」

円満離婚をした後の子どもとの生活

「子どもは小6の時に不登校になりかけたのですが、何とか卒業式には出席できました。この頃、シングルマザーとして育児ですごく悩んだんです。子どもたちのことで何度も創業をやめようかと思いました」

「兄弟のけんかはすごくて『殺す、殺さない』とののしり合いながら、やり合うことも。ふすまは外れるし、救急車を呼ぶ騒ぎになったこともありました。私も身一つで子どもたちを抑えることに必死でした。でも、子どもたち自身が活躍するようになってから、自然にけんかは収まってきましたね」

双子の息子たちはITに興味を持ち、メンターに恵まれたことで、日本最年少の「IBM Champion」(IBMのソリューションやソフトウエアに対して、優れた貢献をしてきたエヴァンジェリストの認定)となった。現在は「子ども食堂」で子どもたちにITを教えたり、講師をしたりして、日本全国を飛び回っているそうだ。

さらに、息子たちは、数カ月に1回ほどパパにも会っているという。

「私は子育て中、どんなことがあっても息子たちにはパパの悪口を言わなかったので、それがよかったと思います。元夫も離れている分、昔より子どもたちにはマイルドに接しているようで、男3人でお風呂に入るなどを楽しめているようです」

元夫と息子たちの関係だけでなく、今では年に数回家族4人で食事をするくらい円満でいられている。

「場合によっては困難な状況もあるでしょうけど、子どものことに関してだけは、相手に相談できると、多角的な意見が採り入れられていいと思います。そういう意味でも、円満離婚は意味のあることだと思いました」

現在の彼女は、Re婚(リコン)相談所を運営しながら、面会交流で悩むママが多いため、保育園で行う父と子の「ワークショップ型面会交流事業」を行っている。また、結婚以前に個々の結婚生活の傾向と対策がわかる「DNAの相性診断システム」の研究も進めているそうだ。

「目の前の女性一人ひとりと向き合い、幸せと安心がある生活をサポートしたい」。ナカヤさんはこれからも持ち前の行動力で、ライフワークとして今の仕事を続けていく。

記事画像

【あわせて読みたい】 ※外部サイトに遷移します

1人でも「寂しくない」未婚者が増える背景

100年前の日本人が「全員結婚」できた理由

不倫夫と別れた専業主婦が直面する「貧困」

提供元:37歳「離婚1年半」双子の母が起業できた理由|パソコンすらちゃんと使えなかったけど|東洋経済オンライン

おすすめコンテンツ

関連記事

職場にブーツを履いていくのはマナー違反?

職場にブーツを履いていくのはマナー違反?

オフィスのデスク掃除、どれくらいの頻度でしてる?

オフィスのデスク掃除、どれくらいの頻度でしてる?

「機会があれば管理職にチャレンジしたい」と回答した女性の割合は?

「機会があれば管理職にチャレンジしたい」と回答した女性の割合は?

職場でのヒールの高さは何センチまでOK?

職場でのヒールの高さは何センチまでOK?

戻る